031
トレーニングルームを出て、ディスの鼻にティッシュを詰めるリズム。
ウグッと呻くディスを見て、ニコが笑うように鳴いている。
そんなニコの頭を撫でながらリズムが言う。
「ディス……。あなた能力を使おうとしたでしょ?」
ディスは黙ったままバツの悪そうな顔をしていた。
やっぱりとその顔から思考を読んだリズムは、人差し指を突き立てて彼へと向けた。
「わかってるのディスッ! あなたが能力を使ったらそれだけ自分が苦しむんだよッ!」
廊下で説教を始めたリズムに続いて、ニコも「そうだよ!」と大きな声で鳴く。
リズムは声を張り上げて続けた。
それなのに、どうしてこんな危ない仕事――才能の追跡官などに志願したのだと。
「だから、それは……何度も言ってるけど、リズムに会うために……」
「アタシはそんなこと頼んでない……。あなたのほうが心配だよぉ……」
互いにそこから言葉を失い、立ち尽くす二人。
ニコはそんな二人を見て、ただ鳴くことしかできなかった。
苦労してここまで来たのに――。
足りない実力をコネを使い――ソウルミューにお願いしてまで会いに来たのに――。
ディスが顔を合わせたかった少女――リズム・ライクブラックは彼を歓迎していなかった。
終いには彼女を泣かせてしまっている。
(こんなはずじゃなかったんだけどな……)
ディスは内心でそう思いながら、ただ俯いていた。
そのとき、二人と電気羊がいた廊下を、無数の警備ドローンが物凄い速度で駆け抜けていった。
その様子は、白と黒でカラーリングされた郵便ポストが、一斉に動き出したかのようだ。
「ディス……この話はもうおしまいッ! ほら、早く行くよ」
「あぁ、だけど……これは一体なんの騒ぎ?」
「行ってみればわかるよ。お願いニコ」
リズムに声を掛けられたニコが敬礼のポーズを取ると、その豊かな毛を持つ身体が宙に浮いていく。
そして、宙に浮いたニコの足をリズムが両手で掴み、ドローンの後を飛んで追いかけていく。
これは、ニコの身体に反重力装置を内蔵しているからだ。
そうはいっても重量制限はあり、せいぜい自分と未成年一人くらい。
「署内で騒ぎなんて、一体何があったんだろ? おーい、待ってよリズム、ニコ」
飛んでいくリズムとニコの後を、ディスも走って追いかける。
いつの間にか鼻血も止まったのか。
廊下にあったゴミ箱に鼻につめたティッシュを捨てる。
それから警備ドローン、リズム、ニコを追って、署内の出入り口に辿り着くと、そこには真っ赤な燕尾服の集団が立っていた。
「赤い開拓者……? なんで署内に?」
ニコの足から手を離し、リズムが床に着地して呟いた。
そして、赤い燕尾服の集団の先頭にいる人物に視線を向ける。
「うちのもんがテメェらの世話になったらしいな。あんッ!」
そこには、同じく真っ赤な燕尾服を着た、人相の悪い幼女の姿があった。




