011
バーテンダーは聞こえていないのか。
パロマのことを無視して、両目を瞑って椅子に座っている。
まさか仕事中に寝ているのかと思ったパロマ。
客商売なのになんたる態度だと、無視された怒りも合わさり、彼女の顔中に無数の青筋が現れる。
そして、店内に流れる音楽をかき消さんばかりに声を張り上げた。
ここでようやくパロマとムドに気が付いたバーテンダーは、なんだと言いたそうな顔で、二人に顔を近づける。
「この女を知らないか」
パロマは指に付けていた機器を使い、そこから立体映像で、捜している女の姿を見せた。
彼女はブラッドが共有したチルドの情報から、すでに彼の恋人のことを調べていたのだ。
だが、声が聞こえづらいのか、バーテンダーは耳をパロマに突き出す。
その怠そうで不機嫌そうな態度が、パロマをさらに苛立たせた。
「このホログラムに映っている女を知らないかと訊いているんだッ!」
ようやく話を理解したバーテンダーは、その女なら今さっきトイレに入ったと答えた。
パロマは何か注文してくれとでも言われると思ったが。
どうやら目の前にいる男は、仕事をする気がないらしい。
パロマはそんなバーテンダーに怒鳴るような礼を言うと、フンッと鼻を鳴らしてカウンターから離れた。
ムドはそんな彼女の態度にヒヤヒヤしながら、店員の男に笑顔で会釈
そして、トイレへと向かったパロマを追いかける。
「おいおい、教えくれたのにあの態度はねぇんじゃねぇか?」
うしろから声をかけてくるムドを無視して、パロマは歩きながら考える。
このパブはそこまで広くない。
バーカウンター、立ち飲み用テーブルが四つに、椅子がある席が二つが置けるくらいのスペースだ。
その狭い空間に、出入り口は自分たちが入ってきたものと、カウンター内にあるものだけ。
もし万が一相手が逃亡を図っても、二つの扉から出ることを想定していれば逃げられることはない。
「ムド」
「なんだパロマ?」
「お前は私たちが入ってきた扉を気にしていろ」
「うん? どういうこと?」
「相手が逃げるかもしれないから警戒しろということだ」
「あぁ、そういうことね。了解~」
パロマは思う。
扱いやすいが頭が悪いのは面倒臭いなと。
「しっかり見てろよ」
そして、彼女は腰に帯びた軍刀へと手をやる。
この軍刀の名は夕華丸。
パロマが使う高周波ブレードの原理で動く日本刀。
ストリング帝国――現ストリング王国で剣術を学び、それからかつて世界を救った英雄の一人――女剣士クリア·ベルサウンドのベルサウンド流を独学で覚えたパロマが、才能の追跡官の開発部に頼んで造られたものだ。
彼女がこれを受け取ったときに、夕日があまりにも鮮やかだったために名付けられた。
剣へ手をやり、目標がいると聞いたトイレの前へと向かう。
だがそのとき、突然ムドが声を張り上げる。
「おいパロマッ! なんかヤバい連中が店に入って来たぞッ!」




