レイドの異常
勤務グループのメッセージを読んでいくと『具合が悪くて早退』している時と、レイドの異常が発生する勤務が一致していた。
もしかしたら、あの時の『俺』も具合が悪くなって帰るところだったのかもしれない。
そう、警備の『舘原』さんが、具合が悪くなって帰った日だ。
俺は気になって鍵を手に取って立ち上がった。
そして交換用の記憶メディア、現状それらはHDDが多いがSSDも増えてきた、記憶メディア保管庫に入った。
棚に入っている交換メディアを一つ一つ確認する。
「まさか……」
俺はある事実に気づいて、慌てて事務スペースに戻った。
サーバー管理で勤務している連中を勤務表で見ると全員が『バツ印』がついているのも気になる。具合が悪くて早退し、そのまま会社を辞めたことになる。
俺は唯一、連絡先を知っている『野川』に電話した。
課長は居ないが、夜勤組が出社してしまう。
「早く出てくれ……」
電話は鳴っているようだが、誰も出なかった。
二、三度掛け直したが、同じだ。
俺は席を立って、警備室に向かった。
「失礼します」
「サーバー管理会社の鈴井さん」
俺は何気ないフリをして言ってみた。
「舘原さんって最近見ないんですけど、どうなさったんですか?」
「ああ、えっと」
すんなりは話せないようだった。
「まあ、いいのかな。病気で亡くなったんだよ」
「えっ、マジですか?」
知らなかった。まさか、あの日、具合が悪くて早退した後だろうか。
「一週間ほど前だったかな。ここの勤務中に具合が悪くなったらしくて」
「どんな病気ですか?」
「あんまり個人的な情報だから細かいことは言えないけど、珍しい病名だったから皆んなで話してたよ。確か『石化皮膚症』とかいう病気だって。硬化した皮膚の下で炎症が続くことで、極度の貧血になるんだそうだ。体の動きが鈍くなるので、貧血で倒れた時に頭を打って死んでしまうことが多いとか。舘原も頭を打った形跡があるって」
個人情報とか言いつつ、よく喋る。そう思ったが、こっちには都合が良かった。
「待ってください。具合が悪くなった日に亡くなったんですか?」
「具体的に死んだ日付はわからない。連絡が取れなくなって二日後、課長が管理人と一緒に舘原の部屋に入ったら、中で亡くなっていたそうだ。労災なのか、そうじゃないのかかなり揉めているみたいだよ」
メデューサは『作り物』だったのに、何故、それと関わった舘原さんが死ぬのか。
「……」
このデーターセンターの環境のせい病気になるのだろうか。
俺のスマフォが振動した。
「ちょっとごめんなさい」
スマフォを取り出すと画面には『野川』と表示されていた。
「おお、俺だよ」
『ああ、勤務中でしたでしょうか。私、英介の母です』
野川って、英介って言ったっけ。俺は何故母親が電話をかけてきたのか意味が分からなかった。
「こちらこそ、すみません。野川くんが何で会社辞めたか聞きたかったもので」
『ああ、鈴井さんはご存知なかったのですね。英介は先日亡くなりました』
「えっ?」
そんなバカな。
突然の情報に、俺は混乱するばかりで、お悔やみの言葉一つ返せない。
『突然、石化皮膚症とか言う病気にかかりまして、あっという間でした』
「……あの、今なんておっしゃいました?」
『あっという間でした、と』
「そこじゃない、病名!」
俺は焦って、不躾な言い方をしてしまった。
話ぶりから野川の母は、かなりご高齢のようだった。
会話の『間』の中で、強く後悔した。
『ごめんなさい。英介は石化皮膚症と言う病気で』
「せきかひふしょう、ですね」
言いながら俺は部屋の中にいる警備の人の顔を見ていた。
警備の人も同じ病気だと気づいたようだった。
「お母様、遅れてしまいましたが、この度はご愁傷様でした。まさか英介さんがお亡くなりになられているとは、思ってもおらず、失礼いたしました」
『葬儀も済ませておりますのでご香典など無用でございます。この電話も今後は繋がらなくなりますが、ご容赦のほどお願いいたします』
「承知いたしました」
『では失礼いたします』
電話が切れた。
俺はさっき警備の人が言った言葉を思い出して言った。
「確か、珍しい病名だったと」
「いや、あまり聞く病気じゃないよね」
警備の人も、同じ病名をこんな短時間で聞くとは思っていなかっただろう。
「!」
俺は勤務表に記された『バツ印』の意味を考えた。
もしあれが単なる退職ではなく、野川と同じように『死んだ』事が理由だとしたら。
この職場に何か問題があることになる。
それとも佐々山先輩の『メデューサ』の話と関係するのだろうか。あの着ぐるみではない、本物の怪物がいて、人々を石化しているとしたら?
「まさか…… 石化とメデューサが関係しているとしたら、出来すぎてる」
「何の話です?」
「いえ、ありがとうございました」
俺は監視室を抜けて、事務スペースに戻った。
連絡先を探すと、同僚に電話した。
『何だよ』
「御嶽の退職のことで聞きたいことが」
次々と俺は電話をかけた。
『俺非番なんだけど』
「田代が退職してるけど、どうして退職した知ってるか?」
一通り、電話をし終えると、夕方になっていた。
勤務表にバツ印がついているのは、退職したんじゃない。全員『石化皮膚症』を発症して途中退社した後、自宅や病院で亡くなっていたのだ。
俺は勤務表を確認した。
今日の夜勤に、佐々山先輩の名があった。
「急がないと」
課長が面接の為に行っている支社に連絡を入れる。
「すみません、今日、荒川課長がそっちに行っていると思うんですが」
『ええ、いらしてますけど、ただいま面接中です』
事務の女性だろうか、と俺は思った。
「緊急なんです、つないでください」
『緊急って何ですか?』
女性がそこに突っ込んでくるとは思わなかった。
「サーバー故障が多発して一人じゃ対応出来ないんです」
『マニュアルに従って対応できないですか?』
俺は焦っていた。
佐々山先輩が出社したら、話を聞かれてしまう。
「とにかく課長に繋いでください」
『……少々お待ちください』
頼むから早く繋いでくれ。
保留音として聞こえてくるエルガー『愛の挨拶』が、妙に苛立たしい。
俺は聞こえてくる音楽のリズムを無視した速いテンポで、机を指で叩いていた。
「早くしてくれ」
俺は目を閉じ、祈るように天井を見上げた。
『なんだ鈴井、サーバーがどうした』
「課長、なんでこの職場で『石化皮膚症』が多発しているんですか?」
課長がこの実態を知らないわけがない。
『……サーバーの障害はどうした』
「とぼけないでください。この一週間で何人やめているんですか? しかも同じ病気にかかっている」
『障害じゃないなら切るぞ。面接の途中なんだ』
「何か隠してますよね!」
俺の声が伝わったかわからないタイミングで、電話を切られてしまった。
「……」
電話を机に置くと、背後に人の気配がした。
俺はゆっくりと振り返った。