ケーブルの恐怖
サーバールームの強烈なファンの音に耳を塞ぎながら、会話をする。
『こちらXCC警備室、館原です』
「私、長澤データ管理株の鈴井です」
『ああ、サーバー監視している方ですよね。わざわざ外線でどうなされました?』
「二階のサーバールームに不審者が!」
警備室の監視カメラなら、何か映っているはずだ。
『えっ? カメラには『あなた』しか映ってないですよ?』
「えっ?」
俺はサーバーラックに入っているから映らないはずだ。
『それとも、このカメラに映っているのか不審者ですか? 二階のカメラを全部見ましたが、カメラに映っているのは、スマフォを左手で持って通話している人だけのようですが』
確かに、左手で持って通話しているが、監視カメラに映っているのは『俺じゃない』はずだ。
俺は自分自身がサーバーラックに逃げ込んでいることを説明したほうがいいのか?
「あの、説明しずらいんですけど、俺が監視カメラに映るはずないんで」
『どういう意味ですか?』
「とにかく二階に来てください! 助けてください!」
電話の先で考える時間があった。
「あんた警備なんだから、見に来たっていいでしょ!」
『承知いたしました』
ようやく、納得してくれたらしい。
俺はスマフォを切ると、網目の扉から前方の床を見た。
蠢いていたケーブルがなくなっている。
サーバールームの轟音に混じって、例の湿った足の裏が滑らかな床面を叩く、嫌な足音が聞こえてきた。
初めはゆっくりだったが、次第にテンポがあがっていく。
ついには走ったような音がする。
このサーバールームを走り回っているのだろうか。
自分が見ていない者からは見られてない、そんなことを信じてしまう幼い子供のように、俺は瞼を閉じ、息を潜めた。
その時、扉が開く音が聞こえた。
聞こえてくる音の大きさから、遠い方の扉だ。
さっき電話した、警備の人が来てくれたのだ。
「鈴井さん?」
まさか俺の名前を呼びかけてくるとは思わなかった。
「誰だ!?」
大きな声で誰何する声が聞こえた。
やばい、と俺は思った。
警備員は、あの怪物と遭遇したに違いないからだ。
「なっ!」
驚きの感情が、その声から聞き取れた。
俺はラックを飛び出て助けに行くか、それともこの間に逃げてしまおうか、二つの相反する気持ちがせめぎ合って、動けない。
「ガッ! んぁ……」
苦しそうな声が響く。
だが、俺はまだラックの中で震えていた。
だめだ、なんて奴なんだ、助けに行かないと。俺のせいで、あの警備員の人がやらてしまった。
何度も心の中で、自分自身を奮い立たせようとする。
今なら、ニ対一だぞ、今行かなくてどうする!
俺は決意して、デッドボルトを動かし、扉を開けた。
サーバーの列を抜けて、壁沿いに進む。
「……」
何も聞こえない。
気配そのものがない。
どうなってしまったのか。
俺は慎重に周囲を確認しながら進む。
灯りのついていない側の扉まで来たが、警備員もあの怪物もいなくなっている。
俺は灯りのスイッチに手を置き、滑らせるようにして点けた。
LEDの光に照らされた室内には、なんの痕跡すらなかった。
「そんなバカな」
俺は慎重に扉を開け、通路を確認する。
通路には人の気配がない。
どこかに連れ去ってしまったのだろうか。
俺は通路を走った。
端にある階段を下り、一階の事務室の前に戻った。
事務室の扉、レバーに手を掛けた時、俺はすごく嫌な感じがした。
中にいる。
何か、そういう確信めいたものが頭にあった。
臭い、音、微妙な配置のズレ。
俺は事務室の扉をゆっくりと開け、その隙間から中を確認した。
俺の机、先輩の机、室内を端から見ていく。
もう少し扉を開くと、そこにさっきいた怪物がいた。
怪物の髪、頭から伸びたイーサネット・ケーブルが、ある場所に向かっている。
俺はその先を見ようと、体を動かした。
「!」
さっきの警備員。
その口いっぱいにケーブルが突っ込まれている。
ケーブルが蠢くと、それに反応するかのように警備員の体が痙攣した。
スマフォを取り出す。
「け、警察、いや、救急し……」
と、口を開く直前、首の後ろに何かを感じていた。
そして急に思考が止まり、後ろを振り向くことが出来ないまま、俺は意識を失った。