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怪物

 スイッチをつけ損ねた為、部屋の向こう側半分だけが明るく、こちら側は暗い。

 ケーブルが全てサーバーラックの陰に引っ込むと、嫌な足音が聞こえた。

 まるで裸足でこのリノリウムの床を進ような、少し粘り気のあるような音。

 俺は動くことが出来ず、そのラック列の端を凝視していた。

 そして、ついに姿を現した。

 逆光の為、半ばシルエットではあったが、それは人の姿をしていた。

 ただ、髪の毛に相当するものが、太く、蛇のように(うごめ)いている。

 さっき右手に絡みつき、床を這っていた、あれに違いない。

 そこまで識別すると、俺は逃げることを考え始めた。

 扉、そうだ、その照明スイッチの横にある扉から出よう。

 扉へ進もうとすると、すでに床にケーブルの束が伸びてきていた。

 こっちの扉は使えない。

 反対側まで逃げないと……

 俺は思わず伸びたケーブルの根本(ねもと)、怪物へ目を向けてしまった。

「顔が……」

 姿は人間のように頭、胴、手足があり、髪はLANケーブル、だが顔が……

 顔がない。のっぺりと皮膚があるだけで眉も、鼻も、口もない。

 そこまで見て、恐怖で顔を背けた。

『メデューサだって話だ』

 俺は今、先輩が言っていたことを思い出した。

 神話の怪物の呼び名だ。

 それと同じなら、目が合うと石にされてしまう。

 だが、目を合わせようにも、そこにいる怪物は目がない。

 俺はもう一度、視線を戻した。

「!」

 目はあった。

 人の顔で言うと鼻の辺りに、通常の10倍はあろうかという、大きな目が一つ。

 眉もなく、瞼を閉じていたから気づかなかったのだ。

 そして今、瞼が動き始める。

 俺は扉とは反対側の壁に向かって走った。

 そして、壁に手をついて、90度左に方向を変えた。

 怪物とは反対側の壁ぞいを進んで、部屋の明るい側の端まで逃げよう。

 走りながら、俺は横目でサーバーラックの列を見た。

 奴は来てない。

 部屋の明るい側に着くと、再び、壁に手をついて90度左に向きを変えた。

「えっ……」

 すでに扉の前にイーサネットケーブルが蠢いていた。

 俺は『コ』の字に走っていたが、奴は扉側の壁沿いを移動するだけでいいのだ。

 それに加え、髪の代わりのイーサネットケーブルを伸ばせは、さらに移動距離は短くていい。

 もう一度、反対の扉に走るか、悩んでいた。

 俺は、すでに息が切れている。

 同じことをしても、結果は見えているからだ。

 奴を扉とは反対側に誘き寄せる必要がありそうだ。

 俺は扉の反対へ向き直り、壁まで戻った。そして右を向き、サーバーラックを一列分だけ移動した。

 こちら側は明るかったが、俺はスマフォを正面にかざしていた。

 スマフォの画面にはバックカメラの映像が映っている。

 これなら先にメデューサがいても、直接目が合わない。

 そのサーバーラックの列に進むと、扉の側に伸びていたケーブルが戻り、俺のいる列へ入ってきた。

 ケーブルが出たらめに俺を追ってくるなら、サーバーラックを縫うように動いて、ケーブルを絡ませればいい。しかし、動きを見る限り、絡まないようにしっかりコントロールされていた。

 俺を目掛けて伸びてくるケーブル。

 俺は後ずさり、サーバーの列を暗い側へ一つズレて中に入った。

 ここからでも、奴の『本体』が見えない。

 同じようにケーブルが『本体』側に少し戻ると、俺を見つけて曲がってくる。

 また繰り返しだ。

 俺は考えた。ケーブルを、ギリギリまで引きつけるべきなのか? 俺はそのままケーブルへ向かって進んだ。サーバーラックの中程まで進むと、ケーブルが届くのか様子を見た。

 一瞬、ケーブルがピンと張ったように思えた。

 が、すぐにケーブルは左右にうねりながら、進み始めた。

「ダメか」

 ケーブルと距離を取りながら、後ろに下がる。出来るだけ引きつけてから、一気に扉へ走れば……

 さっき見た、一瞬伸び切った瞬間だ。

 俺は一本調子にならないよう、緩急をつけて後ずさる。

 来たッ。

 このタイミングしかない。

 俺は急いで振り返った時、何かに足を取られた。

「しまっ……」

 背後にもケーブルが迫っていたのだ。

 俺は前後、どちらからもケーブルが届かない位置に動くと、鍵束を取り出し正面のサーバーラックの鍵を探した。

 そこは、たまたま空きラックになっていて、棚も何も入っていない。

 サーバーラックであり、通気の為に扉は網目になっている。だが、網目はRJ45のプラグよりは小さかった。

 鍵を見つけると、レバーが飛び出した。

 ケーブルに足を取られないように、足をバタバタ上下させながら、飛び出したレバーを回すと扉が開いた。ラックの中に入ろうとしたが、棚板もないラックは床部分も抜けていた。

 両端に足を引っ掛けるようにして、なんとか入り込むと扉を閉め、デッドボルトを直接動かしてグレモン錠を閉めた。

 閉めてから、俺は気がついた。

 これだと外側のレバーは飛び出したままになるのだ。

 怪物に知能があったり、この扉に関する知識や経験があった場合、簡単に開けられてしまう。

 しかし、レバーを収めてしまうと、内側からデッドボルトを動かそうとした際に引っかかるのではないか? つまり、自分の力で出れなくなってしまう。

 サーバールームの強烈な空調の中にいるのに、異常に汗が出てきた。

 とにかく、このままケーブルが、怪物が通り過ぎるのを待とう。

 俺は息を潜めて待った。

 両端からきたケーブルが俺の目の前で、出会った。

 これで怪物に『俺がいない』ことがバレただろう。

 待っているだけではなく、何か出来ないか、俺は考えた。

 今なら、ケーブルに足を取られないため、時間的余裕がある。

 スマフォを取り出すと、電話帳のリストを眺めた。

「そうだ、警備室!」

 俺はサーバーラックの中から、このデーターセンター内の警備室に電話をかけていた。




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