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レイドのトラブル

 シフト勤務の俺たちは、サーバーラックを回って異常がないか目視でも監視する。

 当然、通信でも監視している。

 だが、現物のランプでも監視するのだ。それと、定期的にテープドライブの交換を行ったりする。

 巡回開始の時間になった時、いくつかのサーバーからトラブルが報告された。

 異常音声を停止してから、コンソールの画面を見る。

 見た瞬間、佐々山先輩は

「チッ」

 と舌打ちした。

 俺は画面を覗き込むと、赤いラインが十行近く表示されていた。

「三、四…… 十二発か」

「レイドの障害(※)ですね…… こんなに同時にレイドの障害出るんですかね?」

 ※データを記録するドライブを複数に分けることで耐障害性を高める技術。ここではレイド自体が故障したのではなく、レイド構成で使用していたHDDの一部が故障したことを指す。ホットスワップが可能なら、故障したHDDを交換するだけで復旧する。

「しらねぇよ。一晩でこの本数は初めてだ」

 先輩は別画面を開いて、保管庫にあるHDDの弾数(たまかず)を確かめていた。

「お前もレイドの交換できるようになってくれよ」

「頑張ります」

「つーことで、巡回は頼んだ。確認まで含めると、おそらく朝までかかる。巡回終わったら、HDDを発注しておいてくれ」

 突然、巡回に一人で行くことになり、一瞬『井下』さんのことが頭をよぎった。

「帰り道を同じルートで」

「そうだ。特に一人の時はより規則を守ることが大切になる」

「わかりました」

「俺はレイドの復旧に行ってくる」

「お願いします」

 俺も交換用のテープドライブを、予め用意していたトレイからバッグに移すと、巡回ルートを確認し、サーバーの点検を開始した。

 最初のフロアは先輩が復旧しなければならないレイドの障害が発生しているラック群だった。

 HDDのところに、赤色のLEDが光っている。

 持っているチェックシートに、ラック番号とユニット位置などを記録していく。

「これを全部交換して、レイドが復旧するまで待っていたら、今日寝れないんじゃないかな」

 俺は一人でそう言いながら、ラックを回った。

 そのフロアを終えると、障害になったHDDの数を数える。十二本で間違いなかった。

 階段を上がって、次のフロアについた。

 身分証兼、アクセス(キー)代わりのカードを扉の横のリーダーに当てると、扉の鍵が開いた。

 中に入ると、奥の一部の灯りがついていた。

 誰かいるのかな、と思ったが、気にせずにそのままマイクロスイッチの上に指を滑らせ、フロアの明かりを全て点ける。

 テープドライブを交換するサーバーのラックで少し手間取ったものの、俺は順調に点検を進めていった。

 奥まで来たが、誰もいなかった。

 俺は首を傾げたが、サーバールームでの作業者が、一時退出や帰ってしまう時に、明かりを消し忘れることは良くあった。

 だから、そのまま特に気にせずに灯りを消して、俺はフロアを出た。

 上のフロアでも同じように、テープの交換や点検を終えると、チェックシートの確認も兼ねて、同じルートで帰る作業が始まった。

 二階に戻って来て、部屋に入った時、灯りがついていた。

「あれ、消したはずなのに」

 マイクロスイッチだから、一度押すと灯りが点き、もう一度押すと灯りが消える。

 間違えて端から指を滑らすと、オンとオフを綺麗に反転させることができるが、そう言う状態でもない。俺のいつもやっているやり方だと、こんな半端な灯りの点け方にならないはずだった。

 本当にまだ誰かいるなら、返却されていない作業申請書があるはずだ。

 俺はスマフォを取り出して、確認した。

 しかし、誰もいない。

 今の時間はおろか、今日の作業申請自体がない。

 じゃあ、誰が電気を点けた? レイドの障害が出ているのは、下のフロアだ。したがって先輩が灯りをつける理由はない。では、誰がいると言うのか。

 周囲を見回しても、人のいる様子はない。

 耳を澄ましてみても、サーバーやスイッチの内蔵ファンやフロア空調の吸排気の音が、轟々と響くだけで、人がいるかどうかがわからなかった。

 気味が悪かったが、俺はフロアの灯りを全て点けて、行きに通った同じルートを戻り始めた。

 一列めのラックを点検し終えて、次のラックの列に入った時だった。

 カチカチとマイクロスイッチを押す音が聞こえ、フロアの灯りが端から消えていく。

「えっ?」

 思わず声を出してしまった。

 次の瞬間、フロアが真っ暗になる。

「……先輩!? いたずらはやめてくださいよ」

 先輩の姿を見たわけでもないのに、俺は決めつけたように言った。

 言わないと正気を保っていられないからだ。

 消えた一瞬は、暗闇に見えたが、サーバーやL2スイッチなどの光が、ラックから漏れ出ていて真っ暗闇ではなかった。

 俺はスマフォを取り出して、ライトを点けた。

「この状態でも、ルートを外れたらだめなんですかね?」

 反応はない。

 だが、灯りを消したのが先輩だという前提で、俺は話し続けていた。

 スマフォを上から下へ、下から上へと動かしながら、チェックシート通りに確認していく。

 音がしてその音のする方向にスマフォを向けた。

 前方の壁までは遠く、光が届かないため、はっきりと見えなかった。

「そこにいるんですか?」

 そう言いながら、俺はあえてその方向を意識しないようにして、サーバーの点検を続けた。

 その列の半分以上を点検し終えたところで、再び物音がした。

 俺は慌てて音のする方向にスマフォを向けた。

「!」

 何かが、動いたような気がした。

 少し前とは違い、距離が近くなっているせいで、よく見えてきている。

 床に何かが這っていたように思えたが、なんだったかまでは見えなかった。

「先輩?」

 呼びかけるが、やはり反応がない。

 俺は耐えきれなくなって、巡回ルートを離れ、照明スイッチが集中している扉付近に戻ることにした。

「だいたい、照明を消したのは先輩ですよ。暗かったら巡回できないじゃないですか」

 俺は見てもいない先輩に、ダラダラと愚痴を言いながら、扉付近に戻った。

 全ての照明スイッチがグリーンで表示されている。照明に関して、グリーンがオフ、赤がオンを示していた。つまり、全部の照明は、現在オフだと言うことだ。

 スイッチの端から端へと押しながら手を動かし、連続的に照明をつけていく。マイクロスイッチの手応えが気持ちいい。

「!」

 スイッチを押しながら動かしていた手が、何かに当たった。

 点けた灯りは半分を超えていたが、俺がいる付近の灯りはまだついていない。

 俺はおそるおそる手が触れているものの方へ、顔を向けた。

「うわっ!」

 手に当たっていたのは、イーサネットケーブルだった。

 RJ45のプラグがついた、あれだ。

 データーセンターであるから、そんなものは見慣れているはずだった。

 しかし、あり得ないことにそのRJ45のプラグを頭に、ケーブルが俺の右手首に巻き付いて来たのだ。

「な、なんだよ!」

 右腕がケーブルごと、グイグイと引っ張られる。

 ケーブルを目で追っていくと、サーバーラックの列の先へ伸びている。

 左手で巻きついたケーブルを外して、気づいた。

 (うごめ)くケーブルが床に何本も伸びてきている。

 赤、青、黄色、緑。

 色はさまざまだった。

 ケーブルはプラグ部分を頭のように持ち上げ、まるで蛇のように動く。

「ひっ!」

 俺の足に絡みつこうとしているのか、ケーブルがさらに伸びてきた。

 ケーブルと反対方向へ逃げると、ケーブルは伸び切って止まってしまう。

 すると諦めたかのように、ケーブルはサーバーラックの先へ戻っていく。

「……」




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