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データーセンター業務

 空調の効いた寒いくらいの室内。

 フリーアクセスの床に、高さ二メートルほどの黒いラックが整然と並んでいる。

 ここはデーターセンターのサーバールーム。

 俺は目視での確認のため、巡回ルート通りに回っていた。

 ちょっと前までは、そんな、いつもの業務をこなしていたのだ。

 しかし、今、目の前に現れたのは、怪物だった。

 シルエットは人の姿だった。

 頭髪のある頭、胴体に手足がついている。

 だが、のっぺりした顔には、眉も、鼻も、くちもなかった。

 その状況から、人の顔と比較することが難しいが、輪郭は人と同じで、大きさもほぼ同じだった。

 しかし、鼻があるべき位置に目が一つだけあった。

 目は人の目に比較して10倍はあるだろう。

 髪はドレッドだった。ドレッドに見えたと言うべきか。

 ドレッドの髪束は一つ一つ、赤、青、黄色、緑のように原色でカラーリングされている。

 髪束というより、イーサネット・ケーブルそのものだった。

 髪のようについているケーブルは、するすると床にのびると、それが蛇のように這い伸びてきた。

 足に絡みつきそうになるところを、必死にかわすと、俺は逃げた。

 何が目的かわからない相手に、俺は恐怖した。

 頭の中に、ちょっと前に聞いた言葉が浮かんでくる。

『メデューサ』

 そうか、これが先輩が言っていた『怪物』なのか。




 事務スペースで、俺は先輩と一緒に課長からの指示を受けていた。

「宿題にしていた業務の効率化、なんなアイディアあったか?」

「いえ、前回の打ち合わせからは特に変化ないです。この提出する書類が多すぎるから、同じ内容は二度も三度も書かないように……」

 先輩が言いかけると、課長はそれを止めた。

「クライアントからの要求で書類があるんだ、そこは必要な業務なんだよ」

「しかし、こっちのフォーマットを受け入れてもらえるようにクライアントと調整してですね」

鈴井(すずい)はどうだ」

 課長が先輩の話を遮って、俺に話を振ってきた。

「サーバー室の巡回ですけど、この手順はなんで同じところを戻ってくるルートになってるんですかね? 一度見たんだから、反対から抜けて通路を戻ってくればいいのに」

「ああ、それか」

 課長はまた失望したようだった。

佐々山(ささやま)、しっかり後輩を教育しておけ。あと、この効率化は一人一つ出すのがノルマだからな、しっかり自分の業務を見つめ直せよ」

 課長は、そう言うと挨拶代わりに手を上げて部屋を出ていった。

「おつかれさまでした」

 時計を見ると、十一時を過ぎている。

 課長は日中の仕事で、俺や先輩はシフト勤務で、今日は、これからの夜中が勤務時間だった。

「なんだよ、それくらいしか思いつかねぇっての」

 先輩がぼやくようにそう言った。

 俺は気になったので聞いた。

「なんで行き帰りで同じ道を通るんですか?」

「ああ、それか?」

「非効率だし、さっき見たものを見ながら帰るの馬鹿馬鹿しいでしょ」

「当初はそうやってたんだよ。だけど、あの課長がシフト勤務だったとき、ラックの扉の閉め忘れやテープドライブの置き忘れ、そう言ったことを散々やらかしたから、同じルートを戻ってくるようになっちまったんだ。それを業務改善だ、とか言って上にアピールしたから課長だよ。課長になったきっかけの話だから、止めさせたくないんだろ」

 先輩は言い終えるとため息をついた。

「それと」

 ああ、クソな仕事だ。

 俺は先輩が何か続けようとした話には興味がなかった。

「……」

 勝手に先輩は話を止めていた。

 ぼんやりと聞いていたが、気になった。

「なんですか、続けてくださいよ」

「聞いてないだろ」

「聞きますよ」

「本当だな」

 めんどくさいことになったな、と俺は思った。

「ええ」

井下(いした)先輩っていたの、お前も知ってるだろ?」

 俺は頷いた。

「どうなんだよ」

「知ってますよ。このデーターセンター内で巡回中に亡くなったって」

「井下さん、どうやら規則を破ったらしいんだよ」

 間がある。

「規則って、この同じルートを戻ってくるってやつですか」

「そう。この帰りのルートの規則を破ると、酷い目あうんだ。先輩は、さっさと事務室戻って、休憩したかったらしいんだけど、帰りのルートを外れたその場所で『出会って』しまったらしいんだよ」

「何と『出会ってしまった』んですか。なんか勿体ぶってないで、はっきり言ってくださいよ」

 先輩は真剣な顔で言う。

「このデーターセンターには、何かいるらしいんだよ」

「何か、って例えば『幽霊』とか、そういう類ですか?」

 なんだ、と思ってまた半ば興味を失ってしまった。

「メデューサだって話だ。目が合うと石にされてしまうと言う、あれ」

 先輩は続ける。

「いいか、ここのデーターセンターは監視カメラ映像をAIが見ている。本来なら、その監視カメラの転倒検知機能で、巡回員が倒れればすぐに連絡が入るはずだったんだ」

 試しに同期の奴が、どんな感じで検知するか、やってみたことがあった。

 何度やっても見事にカメラが『転んだ』ことを検知し、警報が鳴りまくって大騒ぎになった。

 その話を聞いて、俺はカメラをかなり信用していた。

「映像でしっかり『井下さんの転倒』が映っていた。普通の転倒シーンだ。試しに、もう一度、その映像を判定させれば転倒検知するのにだよ? 警報はならず、発見が遅れた」

「それとメデューサがどういう関係が」

「救急車で運ばれる時、うわごとのように言っていたそうだ『メデューサ』って。だから井下さんは『メデューサ』に殺されたって言われてる」

 たった一度、そんなことがあったからだけで、そんな非科学的なことを信じろと言われても、無理がある。

 その時の俺は、怪物の存在に対して非常に懐疑的だった。




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