織姫と彦星か
「絶対に、我慢ならないと思うのよね」
妻が唇を尖らせ呟いている。
「一年一度どころか、一か月に一度……ううん、週に一度しか会えない状態だって我慢ならない」
「……うん、そうだね」
内示を受けた転勤先は県を跨ぐどころか海を渡った先だ。国内だけど。
仕事を持っている妻。
ローンを組んだばかりの新居。
どう考えても、単身赴任案件だ。
「ごめんな」
会社から単身赴任手当は出るけど、住宅ローンと単身赴任先のアパートを借りたらカツカツで、週に一度どころか月に一度も無理かもしれなくて、年に一度会いに戻ってこれるかどうかかもしれない。
「ごめん」
ふくれっ面の妻を抱きしめると、どすどすと腹を叩かれ「おうふ」と声が出た。
「なんで置いていくつもりなの? 一緒についてきてって言って」
ばさりと妻の手から落ち足元に散らばった紙束は、新居を貸し出すための資料とか引っ越し先の物件資料の山だった。
「あっちでパートでもなんでも仕事を探すから。一緒にいてって言ってよぅ」
怒って涙目になっている妻を、もう一度、強く抱き締めた。
「俺も、年に一度とか無理。月に一度も、週に一度だって我慢ならない」
「うん」
「だから、苦労させるけど、いっしょについてきて欲しい」
「うん、うん」
ありがとう、って続けたかったけど、それ以上言葉にならなかった。
*後日*
ご機嫌の妻に、ぴらりと紙を見せられる。
「なにこれ……え?!」
「リモートワークOKして貰った♡」
イエーイと親指を突き立てるのは、やめなさい。
何歳なんだ、君。
「月に一度は戻ってきて出社しないと駄目っぽいけど、年に一度しか会えないよりずっといいよね!」
飛びついてきた妻の抱き締めて、その温かさと柔らかさから離れないで済んだことにホッとした。