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6話

「え?」


 ローデは突然のことに驚いて、その場でつんのめってしまう。蹴躓つまずいた石がカランと音を立ててアルラトゥのほうに転がった。


「しまった……」


 アルラトゥの目が、ゆっくりと開いていくのがローデに見えた。実際にはゆっくりだったわけではない。その時のローデにとってはそう思えたのだ。


 目が開かれるとすぐに、アルラトゥは尾を一閃いっせんした。ローデはそれを転がることで間一髪で避ける。転がった先はペイディアスのすぐ近くだった。ペイディアスはローデの腕をつかんで、物陰にローデを引っぱりこんだ。そこには大人の男がふたり入るとぎりぎりくらいの大きさの、地面に空いた縦穴があった。


「何をしてんだ? お前は」


 ローデは穴に逃げ込むなりペイディアスにそう尋ねた。暗くてペイディアスの表情まではわからない。


「前にアルラトゥと戦った時、戦鎚を振り回してたら、たまたまこの穴に落ちて脚をくじいたんですよ。それで動けなくなって、戦いが終わっても逃げることも出来ずに、やむなくそのままここに潜んでいたんです」


「脚はもういいのか?」


「完全じゃないですけど、痛みはだいたい治まったんで逃げ出すタイミングを伺ってました」


「それで目が合ったのか」


「先生はアルラトゥを倒しに来たんですね。俺が邪魔しちゃったみたいですね」


 ペイディアスは、昔と同じようにローデのことを先生と呼んだ。


「そんなことはいい。すまんが、しゃべっている時間はないんだった」


 ローデはすぐに穴から這い出ようとする。アルラトゥの体温が上がりきるまでに仕留めなければいけないのだ。


「お、俺も手伝いますよ」


 ペイディアスは慌てて言う。


「助かる。アルラトゥの背後から出来るだけ気を引いてくれ」


 ローデは振り向いて言った。


 アルラトゥはローデを見失っていた。尾を左右に動かし、身をくねらしながら周囲を警戒している。穴から出たローデは渾身こんしんの一撃を与えようと、何度も暗い壁伝いにドラゴンの喉元に近づこうとするが、アルラトゥが動きまわるためにうまく行かない。あきらめてローデは岩陰に隠れてチャンスを待つことにした。


 ローデはアルラトゥが火を吐くことを恐れていたが、老職人によるとドラゴンが洞窟の中で火を吐けば自らの身を焼く恐れがあるから、おそらくないだろうということだった。いずれにせよ、体が温まるまではドラゴンは火を吐くことは出来ないからそれは考えなくていい。恐ろしいのはその牙と猛烈な勢いで振られる尾だけだ。


 ローデがアルラトゥの喉元に近づけずに苦闘していると、遅れて穴から出たペイディアスがドラゴンの背後になんとか回りこんでその尾に戦鎚を振り下ろした。それはドラゴンからすれば蚊に刺されたほどのことだったのかも知れないが、結果アルラトゥは尾を激しく振り回した。ローデは今だと思って、岩陰から飛び出て一気に距離を詰めようとしたが、アルラトゥが暴れたことで洞窟の壁や天井から石や岩が剝がれ落ちて頭上に降って来たためにそれはかなわなかった。


 ペイディアスはローデが言ったとおりの事をしてくれている。あとは自分次第だった。ドワーフの老人が言っていたように寝起きのドラゴンは動きは完全ではなかった。以前見た完全な状態に比べれば、どこか動きが一拍遅れている。これならばローデにとっては、ぎりぎりなんとかなる速さだった。


 しばらくしてペイディアスが、もう一度アルラトゥの尾に一撃を加えることに成功した。アルラトゥは首を伸ばして、自分の背後にいる不快な存在を確認しようとした。そのためローデのがわからはアルラトゥの喉元があらわになる。これは千載一遇のチャンスだと、ローデは思った。その気持ちが焦りを産んだのかもしれない。


 ローデはとっさに岩陰から走り出ると、アルラトゥの首に一気に肉薄する。その瞬間にたまたまペイディアスの姿を背後に見つけたアルラトゥが、その方向へ尾を激しく打ちつけたために洞窟内に振動が起こった。一瞬よろめくローデ。なんとか体勢を立て直しつつローデは、アルラトゥの首の下から喉元にイクレイプシスを突き入れた。


 アルラトゥは喉元に痛みを感じたその瞬間、激しく首を横に振った。ローデはその勢いに投げ出され、洞窟の壁で背中をしたたかに打ちつける。



「しまった……」


 ローデはアルラトゥが首を振ったことで剣から手を放してしまっていた。アルラトゥは喉に剣が刺ささったまま暴れ回っている。正直、手ごたえは微妙だった。突き刺す前によろめいたせいか下半身が安定せず、腕の力だけで突いてしまったのだ。


「せめて盾を捨てて両手で剣を持って刺すべきだったか……」


 そう思ったが、あとの祭りだった。腰にいていた短剣を抜く。しかし、こんな短剣で何ができるというものではない。


 アルラトゥも体温が上がってきたのか動きがかなりよくなってきている。もはやその攻撃を躱すのが精いっぱいだった。討伐はあきらめて、ペイディアスと共に生きて戻ることだけを考えるべき時が来たのかもしれない、とローデは思ったその時、


「先生!」


 ペイディアスの声と同時に戦鎚が放物線を描いて飛んできた。自分の得物をローデに投げ渡したのだ。これを使えということだろう。ペイディアスはアルラトゥの尾の一振りで怪我を負ったのか、いながら脚を押さえていた。ローデが戦鎚を手にするとペイディアスは、「あとは頼みます!」と叫んで再び穴に転がりこんだ。

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