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5話

 ローデがイデュイア山に向けて出発する時、数十人ほどの人が見送りに来てくれた。ほとんどはローデの古くからの知り合いだ。三日前に街をあげて送り出されたペイディアスたちの討伐団に比べるとまるでささやかなものだったが、おかげでローデは変に気負わずに。穏やかな気持ちで出発することが出来た。


 ローデが現地の高原に張られていた天幕に着いたのは、その討伐団がアルラトゥの巣に夜襲をかけて、なすすべなく敗れたちょうどすぐその後のことだった。


「あんたがあの時、アルラトゥにおびえていた理由がよくわかったよ。ありゃあ人間に倒せるようなもんじゃねぇ」


 前にローデのことを負け犬と呼んだ若い冒険者が言った。彼は両脚を失っていた。ローデはイオナから持たされていた薬と包帯で応急処置をする。その怪我の深刻さから長くはないなとローデは思った。


「遅れて悪かったな」


 ローデはそう言うほかなかった。怪我人たちを一通り、治療し終えるとローデはすぐに天幕を出ようとする。東の空が白みはじめていた。

 そのときローデの右腕を、別の若い冒険者がつかんだ。彼は右足を引きずっていた。ローデの知らない顔だった。


「あんた、ローデだろ? 今から行くのか? しかもひとりで。無茶だろ。俺たちがやられたばっかだぜ」


 冒険者は白い息を吐きながら言った。怪我の痛みと緊張のせいか顔がひどく強張こわばっている。


「だからこそだ。アルラトゥは賢い。賢いからこそお前たちと戦った日のすぐその朝にまた襲ってくるバカがいるとは思わんはずさ」


「しかし……」


 そこでふとローデは、ペイディアスの姿が見えないことに気づいた。


「ペイディアスはどうした?」


「あいつは逃げた。今どこにいるかもわからん。出発前は一番張り切ってたけどよ。あいつが戦鎚を何度ふるってもアルラトゥにはまるで通用しなかったんだ。

 そうやってるうちにアルラトゥの体が温まって動きが良くなってきやがってよ。それで前衛が蹴散らされて洞窟の中に肉塊と血の雨が降ったときに、いつの間にか洞窟からペイディアスは居なくなっていたんだ。やられたわけじゃない。逃げたんだ。まあ、あいつが逃げなかったところで結果は同じだけどな」


「そうか」


 ローデは、何はともあれペイディアスが生きていることを知って安堵あんどする。


「まあ、あの状況じゃあ、恥も外聞もなく逃げちまった気持ちもわからんでもねぇけどよ。それにしてもあんた、よくまた行く気になるよな。前に一度戦ってるのに、あの恐怖ともう一度向き合おうなんてバカだろ。怖くはねぇのか?」


「怖い。でも俺がやらないと他に誰がやるんだ?」


 そう言うとローデは、肘をつかんでいた若い冒険者の手をそっと離した。


 §


 薄暗い中ローデは剣と盾を背負ったまま、音を立てないようにそっと岩肌を登ると、崖の中腹にある洞窟に忍び入った。ドラゴンが出入りできるような洞窟だから、入り口も大きい。冷たい風が洞窟に吹きこむ音が耳を切り裂いた。


 ゆっくりと奥へと歩きはじめる。洞窟は奥に行くほど暗くなっていく。神経が高ぶっているせいかあまり寒さは感じない。壁から石が落ちる音がした。胸の鼓動が高まる。気を落ち着けてから、再び少しずつ進む。屠殺台に向かう家畜のような気分だ、とローデは思った。


 徐々にドラゴンの寝息の音が近づいてくる。それはまるで地の裂け目からもれてくる地獄の音のように聞えた。ローデは一度深呼吸をしてから上着で両の手のひらを拭くと、剣を静かにさやから抜き、鞘をそっと地面に置いた。

 右手に握った剣をじっと見つめた。暗闇の中に少しずつ剣の形が浮かび上がってくる。ドラゴンを倒すためだけに特化して作られた剣イクレイプシス。それが今回のローデの勇気の根拠だった。


 暗さに目が慣れてくると洞窟の一番奥に、小山のように巨大なドラゴンのシルエットが見えてきた。影は寝息に合わせてゆっくりと上下している。ローデは盾を構え、寝息に歩を合わせながら、慎重に近づいていった。

出来ればアルラトゥが目を覚ます前に仕留めたいと思っていた。ローデはドワーフの老職人が言っていたことを思い出す。


「ドラゴンのうろこは頭の方向から尻尾に向かって生えている。その鱗はあらゆる金属よりも固く、表面をいくら剣で斬りつけたところで傷ひとつつけることはできぬ」


「じゃあ。どうすればいいんだ?」


「ドラゴンの鱗は生えている方向の逆から見れば、つまり尾のほうから見るとほんのわずかじゃが隙間があるのじゃ。その隙間に剣をこじ入れて突き刺す。方法はそれしかない。しかし背中や腹だと、厚い脂肪と筋肉に守られて致命傷にはならん。かといって頭蓋骨がある頭を狙うのも無理じゃ。狙うとしたら首。それもやや鱗が薄い腹側の首、つまり喉を狙え」


「つまりドラゴンの喉を、鱗の逆目から剣で突けってことか」


「そういうことじゃ。ドラゴンは喉を突くことが出来れば大量に出血し、いずれ死に至ることは過去の例で見ても確かなことじゃ」


 ローデはあと数歩でアルラトゥの喉に剣が届く距離にまで近づいた。アルラトゥは僅かに顔を傾けて目をつぶっていた。うまく行けば喉を突けそうだ。ローデはひと突きしたらすぐ、出来るだけ安全そうな位置にまで避難するつもりで、一瞬だけ後ろを向いて退路を確認する。

 その時、暗い洞窟の隅の陰の部分にいる者と目が合った。それは逃げたはずのペイディアスだった。

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