4話
ローデはイオナの家からミデアの自宅に帰った後、柄に彫られていた印から剣を制作した鍛冶工房を探り、その工房を訪ねてみた。すると三十年前にその聖剣を制作した鍛冶職人が、引退はしていたが今でも存命で、生まれ故郷の村にいることが判明したのだ。
ローデは一日かけてその職人の家に向かい扉を叩いた。顔を出したのは白髪頭と白髭で赤ら顔の小さな老人だった。一目でわかった。ドワーフだ。ドワーフと言うのは東の大陸に多く住む、鍛冶と冶金に通じる種族である。
「どなたかね?」
老人はローデのことを知らなかった。ローデは軽く自己紹介してから聖剣の柄を見せた。
「親父さん。これはあんたが作ったもんかい?」
老人は手渡された柄を、隅々まで丹念に見つめた。
「たしかにこれは二十八年前にゼウクシスの依頼でわしが作ったものじゃ」
老人は思いの外はっきり覚えているようだった。
「ずいぶんはっきり覚えてるんだね」
「ドラゴンを倒した聖剣など、さすがのわしでも一度しか作ったことはない。忘れるわけがない」
老人はそう言うと白髭の間から歯を見せてニカッと笑った。そして、「ちょっと待っててくれ」と言うと部屋を出て倉庫に入り、しばらくの間、ガサガサとした音を立てた後に、古ぼけた粘土板の埃を手で払いながら倉庫から出てきた。
「こいつを見てくれ」
老人はローデに粘土板を見せた。
「ほう」
それは聖剣の詳細な図面を描いたものだった。
「よく残してたな」
「何しろ特別な注文じゃったからな。試行錯誤して何度も失敗作を出してからようやく完成した剣じゃ。再び同じような注文が来た時のことの考えて一応取っておいたのじゃ。結局、二度とはそのような注文はなかったがの」
「今からもう一度、同じものを作ってくれって言ったら出来るかい?」
「ぬしはドラゴンに挑むつもりか?」
老人は目を見開いた。
「そうだ」
老人は顔を紅潮させながら、かすかに唸り声をあげる。
「これが作れるのは、わしだけじゃ。しかし、残念じゃが、今は無理じゃな」
「どうしてだい?」
「材料がない」
「材料は鉄じゃねぇのかい?」
「普通の鉄では強度が足りん。わしらドワーフの故郷パンディアでのみ生産することが出来る特別な鉄でないとドラゴンの皮膚を貫くことは出来んのじゃ。パンディア産の鉄には適度に不純物が含まれておってな。それで作られた剣は、普通の鉄よりはるかに固いうえに粘りがあって折れにくい」
「それを手に入れられれば何とかなるか?」
「それと炭じゃ。安定して十分な火力を出すためには北方シュバリス産の樫と、パンディア産の松、その二種類の炭が必要じゃ」
「全部あれば出来るのかい?」
「出来る」
「わかった。三日で集めよう」
ローデには自信があった。面倒見がよく明るい性格のローデはもともと友人が多かった。全盛期ほどではないとはいえ、頼めばきっと無理を聞いてくれるような友人や知人は今でも少なくないはずだ。
§
実際には材料は二日で集まった。昔の仲間が駆け回って集めてくれたのだ。ローデのことを心配し、その復活を信じていた人々は思いのほか多かった。それはローデが全盛期のころに周りに集まって来たような人々ではなく、ローデが故郷からトゥリアに出てきたばかりのころに沖仲仕や用心棒をしていたころの仲間たちだった。
集まった材料を確認すると老職人の目の色が変わった。老人は現在では息子が経営している鍛冶工房にこもり、剣の製作を始めた。
ローデは熱心にその作業を見物に行き、老人がする話を聞いた。ゼウクシスのこと、そしてドラゴンのこと。ドワーフの故郷である東の国パンディアは、世界の東方におけるドラゴンの代表的な生息地でもあった。そのためドワーフのドラゴンの生態に関する研究は、アルペイオンよりずっと進んでいた。
「冬眠中といえどもドラゴンは完全に寝ているわけではない。常に半分覚醒している状態じゃ。だから油断してはいけない」
老職人の瞳には炎が赤く映っていた。
「きっかけがあれば、すぐにでも起きるっていうことかい?」
「そうじゃ。しかしドラゴンは冬の早朝、気温が低くて体温が上がらない間は動きが鈍くての、しばらくは飛ぶことはできんし、火を吐くこともできん」
「その間に決着をつければいいんだな」
「そういうことじゃ。だがな。ドラゴンは体内でガスを暖めて循環させる機能があるゆえ巨体の割には体が温まるのが早く、よく動けぬ時間はせいぜい四半刻にも満たんのじゃ」
「もし、戦ってる途中でドラゴンの体が温まっちまったら?」
「何も出来ることなどない。そうなる前に逃げろ」
十日後の夜、ついに剣は完成した。柄は洞窟に残されていたものを再利用してそのまま使った。月光を反射して鈍く光る鋼の剣は、想像していたよりずっと長く肉厚だった。
「問題はぬしがこれを扱えるかどうかじゃな。ゼウクシスが初めてこの剣に触れたときにはまともに振ることも出来ず、あらためて半年間の体力作りが必要じゃった」
「何でもないさ」
ローデは剣を軽々と右腕一本で持ちあげて前後左右に振り回した。老人はあきれて「それは両手剣じゃ」と言おうとして思いとどまる。ローデがその剣を利き腕一本で持って立つ姿が、存外に美しくバランスがいいように思えたからだった。
「この剣の名は?」
ローデは剣を掲げて見あげながら老人に訊ねた。
「ぬしのために作った剣じゃ。ぬしが好きなように呼べばよかろう」
「ゼウクシスは何と呼んでたんだ? 俺がゼウクシスから受け継ぐ剣だ。俺も志を果たしたらこの剣をまた後の世代に受け継いでいきたい」
ローデの言葉に、老人はわずかに表情を緩めた。
「イクレイプシスじゃ。ゼウクシスが戦ったドラゴンの名はニルガル。ニルガルとはエルフ族の言葉で、地を焦がし穀物を枯らす邪悪な太陽を意味する。それを制することが出来る剣という意味で日食を意味するイクレイプシスと、ゼウクシスは名づけた」
「イクレイプシスか。いい名だ」