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3話

「そうか」


 少しの間、イオナは何かを思い出そうとするような表情を見せてから口を開く。


「三十年ほど前のこと。先代の巫女の時代じゃ。ニルガルという名を持つドラゴンを討伐したゼウクシスというエルフの英雄がいた。

その者の剣がここから歩いて半日ほどの場所の洞窟に、聖剣としてまつられておる。それを持ってゆくがいい。ドラゴンの硬い皮膚を寸断できる鉄の剣だという」


「いいのか? エルフの英雄の剣だろ?」


「エルフ族はあまり過去のことにはこだわらぬ。それが良いことであっても悪いことであってもな」


 ローデはイオナの案内で、聖剣が祀られているという洞窟を目指した。しかし、イオナがその洞窟の場所を正確に覚えていなかったため、最初に言っていたように半日では着かず、結局、ほぼ一日近くかかってしまった。

 夜明けを待ってからふたりは、岩と岩の間にひらいた狭い入り口から松明たいまつを持って身をかがめながら洞窟に入った。蝙蝠こうもりが一斉に洞窟から飛び立ち、ほこりが舞い上がる。


「前にここに来たのはいつだ?」


 ローデは手拭いで口を押さえながら尋ねた。


「先代が亡くなってすぐ後に一度来たが、それから十年は来ておらぬ」


「そんなにか……」


 ローデは少し不安に思った。


「十年というのは人族にとっては長く感じるかも知れぬが、長命のエルフにとってはそう長い時間ではない」


 ローデの不安に応えるようにイオナはそう言ったが、そういうことではないんだ、とローデは思っていた。


「イオナ、洞窟はどこまで続くんだ? 奥はどこだ?」


「すぐ、そこまで」


 意外に小さな洞窟だった。


「剣をまつっているのは一番奥か?」


「それの少し手前だと記憶しているが……」


「ないぞ」


 松明たいまつで洞窟の奥のほうを順番に照らしながらローデは言った。


「異なことよな。何処どこかにはあるはずじゃが」


 ふたりは無言になって剣を探した。もしかしたらどこかに落ちているのかもしれないとローデは思い、湿った地面を照らしていった。


「ん?」


 何かを見つけたローデは松明を近づける。


「これは何だ?」


 ローデの声に、イオナは半分土に埋まっているそれをつかみあげて見つめた。ローデは松明を近づける。


「これは……。これはたしか聖剣の柄。刻印に見覚えがある」


 青銅と象牙で出来た柄。しかし、先についているはずの剣がどこにもない。


「柄、しかないじゃねぇか」


「ふむ、刃はどうやら腐ってなくなってしまったようじゃ」


「鉄剣を十年も湿った洞窟にほったらかしにしたら、そらびるだろ」


 ローデはあきれた。祀られている聖剣というからには、もっと厳重に管理されているものだと思っていたのだ。


「そういうものなのか? 鉄は放っておいても永遠に無くならぬ物と我は思うておった」


 それを聞いたローデは吹き出し、声をあげて笑った。しばらく笑いが止まらず胃が痙攣けいれんを起こしそうになってイオナに背中をさすられた。


「こんなに笑ったのは久しぶりだ」


 落ち着いてからローデはしみじみと言った。少なくともアルラトゥに敗北して以後はこんな風に笑ったことはなかった。


「我はこんなに人に笑われたのは初めてのことじゃ」


 イオナは少しすねたようにつぶやいた。


「イオナ。巫女ってさ。もっと近寄りがたいくらい完璧な存在かと思ってたよ」


「我自身もそう思うておった。エルフの民たちから、女神の化身じゃ、女神そのものじゃと持ちあげられるうちに、自分が何か人とは違う特別な存在になったかのように思いこんでおった。しかし、振り返ってみると実際の我はこの体たらくじゃ」


「それは俺も同じだな。冒険者として実績を残していくうちにさ。皆が期待してる俺の姿は現実の俺からどんどんかけ離れたものになっちまった。それで期待に応えようとして背伸びしてるうちに自分を見失っちまってたのかもしれない」


「後悔しておるのか?」


「そうでもねぇよ。そうやってカッコつけて無理するのも俺だからな。どうしようもない。何の名声もなかったころの裸のままの俺があの時にいたとしても、結局、アルラトゥに挑んでただろうさ」


「やはり行くのか?」


「ああ。もう決めたんだ」


「他の者に任せておくという手もあろう」


「俺じゃないと駄目なんだ」


「なぜ、そう思う?」


「何もかも虚飾をはぎ取って素の状態で比べたら俺が一番強ぇからだ。ドラゴンと戦った経験があるのも俺だけだ。俺が行くしかないだろ」


「そうか……。ならば仕方あるまい。結局、我は何の力にもなれなかったな」


「そんなことはない。あんな強いドラゴンでも、剣で倒せるんだって分かったのは収穫さ」


 そう言うとローデは聖剣の柄を見つめた。ゼウクシスはよほど激しい使い方をしていたのだろう。その柄は頭の部分がひどくすり減っていた。英雄はこの剣を手にしてどんな気持ちでドラゴンに挑んだのだろうか、とローデは思った。


「こいつはもらっていくよ、イオナ」


「柄、をか?」


「幸運のお守りだ」


「あまり幸運そうには見えぬが」


「確かにな」


 ローデは笑った。でもドラゴンを倒した男の剣の柄には違いない。


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