1話
英雄王ローデ。人々の間に伝わる教訓的な伝承とは異なり、実際の彼は陽気で親しみやすく、大の女好きの男だったという。堅苦しいだけの男なら千年語り継がれる英雄になどなれはしないのだ。
月の女神の巫女イオナは、自分のもとに訪れたローデを勇者に任じた時、この頃たびたびトゥリアの空に現れて、民を恐怖の渦に巻き込んでいるドラゴン、アルラトゥを倒すことを要求した。
「それが誓約の試練ってやつかい? イオナ」
ローデはイオナにそう尋ねたという。
「そう受け取って構わない。我がそなたを聖王として任じるためには、少なくとも四獣のうちのひとつをそなた自身の手で倒してもらわねばならぬ」
「四獣って、ドラゴンの他はなんだい?」
「獅子と野牛と鷲じゃ」
ここで言う獅子というのはライオンではなくライオンに似た怪物のことである。体長はライオンと同じくらいで動きが非常に素早く、尾に体を痺れさせる毒針を持つ。
野牛は牛に似た肉食の巨大な怪物のことだ。雄牛の倍の体長と、岩をも砕くとてつもない突進力と角を持つ。そして鷲と言うのは、不死鳥とも呼ばれている巨鳥のことである。いずれもがドラゴンに匹敵する怪物だ。
「それら四獣のいずれかを倒し、証しの品を持ちかえれば、我がそれを黄金の林檎と交換しよう。その黄金の林檎をそなたが月の女神キュマトレゲに捧げれば、そなたは女神に聖王として認められたことになる」
四獣を倒したことを証明する品とは、ドラゴンの場合は体内の存在するという丸い石。つまりドラゴンストーンだ。獅子の場合はどんな刃も通さぬその毛皮。野牛は豊穣の角、鷲はその尾羽根である。
「その中ならまだ、獅子か牛のほうがいいなぁ。ドラゴンは飛ぶし、どうやって倒したらいいのか想像もつかねぇよ」
「古代エルフ族の間では、獅子を倒して王の座についた者は権力に溺れ、牛を倒して王の座につけば自らの肉体的な力に溺れると言われていた」
「ドラゴンを倒して王になった者は?」
「誇り高き王となる。そなたが本物の王として認められるには、やはりドラゴンを倒すほかはないであろう」
「けど、普通のドラゴンじゃねぇんだろ?」
「然り。アルラトゥは四百年前から生存する古龍。四百年生きているということは、それだけの間、誰にも倒されたことがないことを意味する」
「ふう」
ローデはため息をついた。
「ローデよ。四百年の古龍を倒し、その骨を国の礎とすれば、その王国は四百年続く。そなたはアルラトゥを倒し四百年の王朝の祖となれ」
その後、ローデはイオナからドラゴンについての講義を受けた。ドラゴンは群れをつくらない。飛ぶことは出来るが、その巨体ゆえ長時間連続で飛ぶことは出来ない。
活動するのは春から秋の間のみで、冬のあいだは簡単には立ち入れないような高山などに作った巣で眠る。冬眠するのである。
よってドラゴンを倒す一番安全で可能性が高い方法はドラゴンの巣を特定し、冬眠中を襲撃することだという。
しかしローデはその言葉を守らなかった。正確に言うと守れなかったのである。
「ローデ様。あなたの活動資金はすべて我らから出ていることを、ゆめお忘れなきよう」
後援者たちとの会合で、ローデは商人たちからそう忠告された。ローデを後援するミデア市の新興商人たちは、誰にも見られないような場所でドラゴン討伐が行われることを望まなかったのだ。続いてローデを支持している若手の政治家が口を開いた。
「ローデ様。アルラトゥの討伐はミデアから歩いて行ける距離のコリュテス山の麓で行うことにしてはいかがですか。せっかくのドラゴン討伐です。人々の歓心をかき立てる一大興行に仕立てあげましょう」
「でも、そんなとこで戦って、もし住民に被害でも出ればよう……」
ローデは躊躇していた。正直、アルラトゥに勝てる自信もあまりなかった。
「心配いりません。軍も全力であなたをサポート致します。いくら最強のドラゴンでも最新の兵器にはかないませんよ」
今度はミデア軍の青年将校が言った。ミデア軍には東方の国から最近導入した新兵器があった。バリスタである。バリスタはクロスボウを巨大にしたような弩砲で、石の城壁ですら貫通する威力があるとミデア軍によって喧伝されていた。将校はこの新兵器の威力を実戦で試してみたかったのだ。
作戦はこうである。アルラトゥは、ミデア付近に現れた時はいつもコリュテス山の麓にある同じ岩山で羽を休める癖があった。その岩山の周辺に数台のバリスタを隠しておいて、アルラトゥが飛び疲れて降りてきた時に縄のついた極太の矢をバリスタによってアルラトゥに打ち込み、飛び立てないようにした上でローデが仕留めるというものだった。
もともとお祭り好きで派手好きなローデは、その提案に乗ってしまった。青年将校の案内で実際にバリスタが試験発射されるところを見学し、その威力を見て、これならいけると確信したからでもあった。
しかしその作戦は失敗に終わった。バリスタでアルラトゥに矢を打ち込むところまではうまくいったのだが、アルラトゥは口から炎を吐き、いとも簡単に縄を焼きちぎったのだ。
手負いのアルラトゥは怒り狂い、バリスタをすべて焼き払うと、過去最大の被害を都市と住民に与えた。ローデは都市のがれきの中で、悠々と飛び去っていくアルラトゥを茫然と見上げるしかなかった。
戦いが終わったあと、これまでローデを褒めそやしてきたミデアの人々は手のひらを返して、一斉に彼を非難し始めた。ローデが持ちあげられて調子に乗りすぎたために、無謀な作戦を実行したのではないかと噂したのだ。それはあながち間違ってはいなかったが……。
彼の周りにいた人々も離れていった。夜の街には毎日のように酒と女に溺れるローデの姿があった。人びとは彼を落ちぶれたと嘲った。