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実は入れ替わっていないので、入れ替わらなければなりません

 小国であるヴィアリアス国は、資源に恵まれた平和な国。

 

そんなヴィアリアス国には、俄かには信じがたい噂が、数年前から根付いていた。

 


曰く、



「ヴィアリアス国の王子と王女は、魂が入れ替わっているらしい」



 一体、誰が言い出したことなのか。


 それはわからないが、困ったことにその噂は“真実”として、国民や隣国には伝わっていたのだった。



***


「おはようございます、ガンジュン様」


 小鳥の囀りも聞こえる程の澄んだ朝を迎えた、ヴィアリアス国王子のガンジュンは、側近であるライルの挨拶に、にこりと微笑み返した。


「おはよう」


 金髪を肩辺りまで伸ばしたガンジュンは、遠目で見れば女性にも見える。加えて均整の取れた顔立ちは、深層の姫君を思わせる繊細さが溢れ出ていた。

 

 背丈や体格こそ男性らしいが、立ち居振る舞いは洗練された淑女を思わせる。

 

 彼こそが噂の当人である一人、王女と魂が入れ替わったと言われている王子だ。


 格好だけは王子らしい白のジャケットを羽織り、同じ白の手袋をはめたガンジュンは、ライルに引かれた椅子にゆっくりと腰を下ろす。


「ガンジュン様、お茶をどうぞ」

「あら、ありがとう」


 ライルの淹れた紅茶を、ガンジュンはお気に入りのティーセットで頂く。


 白を基調としたこのティールームは、ガンジュンの好みに合わせており、ここで朝の一時を過ごすのが、彼の密かな毎日の楽しみなのである。


 細かな細工の施されたティーカップを静かに皿へ置き、ガンジュンは顔を綻ばせた。


「んー、おいしい。ライルの淹れた紅茶は、世界一ね」

「ありがとうございます。茶葉が世界一なだけですよ」


 茶髪をきっちりと固めたライルが、穏やかに笑う。なんて気持ちの良い時間だろう。


 そんな爽やかな朝を、喧しい声が壊しにかかった。


「あ、ガンジュン様!やっと見つけたー」


 起きたばかりの耳には衝撃の強い大きな声に、ガンジュンの表情が歪んだが、そんなことはお構いなしに、声の主はずかずかと部屋に入り込んできた。


「すっごい探しちゃいましたよ~」


 ガンジュンの座る椅子の後ろにぴったりと張り付いたその男は、やれやれと首を横に振った。


 その言動が癪に障ったらしいガンジュンは、厭味ったらしく口を開く。


「その言い方、まるでわたくしが、勝手に動き回っているみたいじゃない?ターガがわたくしの行動を、把握できていないだけじゃなくって?」

「冷たいなあ、オネエ王子」


 あまりにぞんざいな物言をする、ターガと呼ばれた男の黒髪を、ライルが強く引っぱたく。


「あ痛っ!」

「使用人の分際で、お前の態度は、敬意に欠けている。一から教育のやり直しが必要だ」

「ライルさんってば、怖っ。だって、事実じゃん」


 はたかれた頭を押さえて、釣り気味の目に涙を浮かべながら、ターガは懲りずに減らず口をたたく。


 その様子を見て、ガンジュンは大きな溜息を一つ吐いた。




 ヴィアリアス国に流れる「王子と王女の魂の入れ替わり」の噂。

 

誰が流したかはわからないとされているこの噂だが、その犯人はなんと、国王であるガンジュンの父親であった。

 

 実際ガンジュンは、王女である妹と魂の入れ替わりなどはしておらず、噂は真っ赤な嘘である。


 では何故、国王がそんなデマを流したのか。


 その理由が、ターガの口にしていた「オネエ王子」になる。


 ガンジュンは、幼いころから女性に憧れていた。いや、憧れていたというより女性の振る舞いの方が、自分に合っていると考えていた。


 美しもの、可愛らしいものが好きで、馬術や剣術などの鍛錬は、あまり好きではなかった。王子として最低限の努力はしていたが、向かないものへの努力には限界がある。


 それに対して、妹であるメイルは、非常に武術に優れた雄々しい王女。兄妹はまるで中身がちぐはぐで、国王の悩みの種となっていた。


 そんなある日、国王から兄妹にある提案をしてきたのだ。



「ガンジュンが十八になるまで、お互い好きに生きなさい。その代わり、その時が来たら、二人とも覚悟を決めること」



 国王の提案は、甘い様で厳しいものだった。


 自分らしく生きたいガンジュンと妹だったが、二人とも王家に生まれついた責務はよく理解をしていた。


 ダメなのだ。思いのままに生きることが、許されない立場があるのだと知っていた。


 二人は国王の提案を受け入れ、期間限定で自分たちの好きな様に生きることにした。


 しかし、王族である限り、公式の場に赴くことも少なくない。どこから二人の秘密が流れるとも知れないと思った国王のとった苦肉の策が、奇想天外なあの噂。


 誰がそんな噂を信じるのだろうと眉を顰めていたガンジュンだったが、なんとその噂は国民の広い心によって受け入れられ、あろうことか隣国にまで真実として広まっていった。


 というのも、中身が入れ替わったと言われて納得がいく程、ガンジュンは非常に女性らしく、妹のメイルは非常に男性らしかったのだ。


 こうしてカモフラージュの為の、嘘の入れ替わりがまかり通った今日この頃。

 

 期限であるガンジュンの十八歳の誕生日を、一週間後に控えていた。





「もう、いいから。それで、どうしてわたくしを探していたの?」


 すっかり爽やかな朝を逃がしてしまったと、ガンジュンが残念そうに肩を落としてターガに尋ねる。


 ライルに永遠と説教をされそうだったターガは、助かったと言わんばかりのほっとした顔で、要件を口にした。


「明日からの一週間、ガンジュン様の十八歳の誕生日を祝う期間に入りますから。王女も含めて、最終調整を兼ねた打ち合わせをしますので、お時間の確認をしに参りました」



 ヴィアリアス国での十八歳は、成人の年である。

 

 毎度王族の直系が十八歳を迎える年は、一週間をかけたお祭りになるのだ。隣国からも人を招き、盛大に祝われる。


 更に、誕生日当日の日の入りから翌、日の出までを、一人拝殿で祈りを捧げるというのが習わしとなっていた。



 ガンジュンは再び紅茶を口にしてから、ターガに向かってゆっくり頷いて見せる。


「予定通りで構わないわ。メイルにもそう伝えて頂戴」

「了解しました。あ、俺もお茶貰っていいですか?」

 

 この期に及んでも軽々しいターガに、ライルから怒りを通り越した呆れ声が漏れる。


「ターガ、お前いい加減に・・・・」

「ガンジュン様が好んで飲まれる紅茶、俺も飲んでみたいなあ」

 

この男は、口がうまい。


 それをわかっていながらも、なんだかんだとその無礼を許してしまう自分は少し甘すぎるかもしれないと思いながら、ガンジュンはまんざらでもない顔をした。


「ま、そんなに言うなら飲ませてあげても宜しくってよ?特別に、わたくしが淹れてあげるわ」


 簡単に乗せられてしまうガンジュンに何も言えないライルは「それを飲んだら、さっさと出ていけ」とターガに向かって牽制した。


 今日もいつもと変わらない、平和な朝だった。



****



 午前中の軽い執務を終えたガンジュンは、王女である妹のメイルとの打ち合わせの為、部屋を移動していた。


 傍らには勿論、ライルの姿が。そして何故か、近くにはターガもいる。その所為で、ライルの眉間にはうっすらと皺が刻まれていた。


「どうして、お前がここにいる?」

「国王命令ですよ。話し合いには、頭の柔らかい人間が必要だろうって。それに俺、一応ライルさんの補佐ですし」

「・・・・・」


 敵意剥き出しのライルに対して、ターガは明るさMAXで笑う。


 国王命令と言われては、ガンジュンもライルも口を出せない。何故かこの軽薄そうな男は、国王であるガンジュンの父親に気に入られているのだ。


 ヴィアリアス国の謎の一つだな、とどうでもいいことを考えながら歩いていると、外から剣術稽古をする音が微かに聞こえてきた。


 ガンジュンが進路を変えて外に出ると、そこには青い芝の上で剣を振るう人物がいた。


 ガンジュンと同じ金髪を、頭の後ろの高い位置で一つに結んだ彼女に、ガンジュンはそっと呼びかけた。


「精が出るわね、メイル」

「兄上」


 ガンジュンの呼びかけに、剣を振るっていた彼女がさっと振り向く。


 きりりとした表情は、凛としていて美しい。ガンジュンの白い服装に対して、黒のジャケットを身に纏っている姿は騎士を思わせた。


 彼女こそ、ガンジュンの妹であり、魂が入れ替わったと噂されている王女のメイルである。


 ガンジュンとメイルが並べば、兄妹と言われて納得がいく。柔らかな金髪も、黄金に輝く瞳の色も一緒だ。


 身長こそガンジュンの方が少しだけ高いが、メイルも女性にしては高身長。日々鍛錬に勤しんでいる分、メイルの方が頼りがいのあるようにさえ見える。


 ガンジュンは凛々しい妹の姿に、うっとりとして顔を綻ばせた。


「流石、わたくしの妹。滴る汗さへ美しいわ」


 言いながら、ガンジュンは白いハンカチをさっと取り出して、メイルの額に浮かんだ汗を拭う。


 メイルはそのままハンカチを受け取りながら「ありがとうございます」と微笑を浮かべて見せた。


 見ていて微笑ましい兄妹のやり取りなのだが、本来の立場が逆である。


 しかし、当人たちと城内に居るものにとっては、これが当たり前の光景である所為か、誰も指摘することはない。


 メイルは兄の登場に、打ち合わせの時間であることを漸く思い出した様だった。


「打ち合わせの時間でしたね。準備致します・・・・ベリィ!」

「はい、メイル様」


 メイルの呼びかけに答えたのは、小柄な茶髪の侍女。


 メイルの肩ぐらいまでの身長であるベリィは、童顔の所為も相まって幼く見えるが、こう見えてもガンジュンより二つほど年上のお姉さん。一年前から、メイル付きの侍女をしている。


 くりくりの茶色の瞳に、メイルの姿が映っている。


 見惚れているな、とメイル以外の三人が苦笑を漏らしたが、肝心のメイルは何も気づいていない様だった。



***



 汗をかいたメイルの着替えを待って、一行は敷地内にある温室に向かった。


 手入れの行き届いた温室にある、円形の白いテーブルと白い椅子。ガンジュンはライルに、メイルはベリィに引かれた椅子に、それぞれ着席する。


 ガンジュンは他の三人にも、椅子に座る様促した。


「みなも座って。堅苦しいのは、なしにしましょう」


 そんなガンジュンの呼びかけに、素直に頷いて着席したのはターガだけ。


 ライルは微動だにせず、ベリィはどうしようかと迷って、ライルとターガを交互に見やっていた。


「ライル、座って良いわよ」

「いえ、私はそういう立場ではありませんので」


 ガンジュンにもう一度促されたライルだったが、返答は頑固そのもの。


 ターガの言葉を借りる様で癪だが、ライルは確かに少々固過ぎる気がする。ターガと二人、足して二で割れば丁度良い。


 ライルに何を言っても無駄だと諦めたガンジュンは、小さくため息を吐いてから今度はベリィに向く。


「ベリィ、ライルのことは放っておいて。貴方は座りなさい」

「ええっと・・・・」


 ガンジュンに着席を促されたベリィだったが、未だライルとターガを交互に見ては、どうしようかと迷っている様子だった。


 そんな彼女に向かって、メイルがすっと手を伸ばす。


「おいで、ベリィ。ずっと立っているのは疲れるだろう?」

「は、はいっ」


 メイルの王子ぶりに、弾かれた様にしてベリィも漸く椅子に座る。


 妹の言動に、つくづく自分たちは中身が逆転していると、ガンジュンはやれやれと首を振った。


 漸く落ち着いたところで、メイルが「それで」と今日の議題を持ち出した。


「明日からの、誕生祭の件ですよね」

「そうなの。メイルには迷惑かけるわね」


 ガンジュンは申し訳なさそうに肩を竦めて項垂れる。


 ガンジュンとメイルは、表向き魂が入れ替わっていることになっているので、いつもお互いの行動については逐一確認し合い、お互い矛盾が生じないよう報告し合ってきた。


 そしてなるべく行動を共にすることで、ボロが出ない様に注意してきたのだが、今回の生誕祭はその集大成といえる。


 城内の者は、王子と王女の中身が入れ替わっていないことを知っているので、普段は気を抜いているのだが、生誕祭の間は貴族や他国の王族が大勢やってくるので、城内でも気が抜けない。


 それに、今回ばかりはずっと一緒に行動する、という訳にもいかない。


 それぞれが来賓の対応をしなければならない為、いつも以上の打ち合わせと情報共有が必要となってくるというわけだ。


 妹に王子としての大役を押し付けてしまうことに対しての罪悪感から落ち込むガンジュンに、メイルは爽やかな笑みを返して来た。


「いいえ。最後・・の務めですので、しっかりとやらせて頂きますよ」

「・・・・」


 そう、今回が最後なのだ。


 国王である父親との約束。ガンジュンが十八歳になるまでの、タイムリミット付きの穏やかな時は終わりを迎えようとしている。


 刻一刻と近づいてくる最後の時。その後はどうなるのだろうと考えてみては、ベッドに潜り込んで、現実から逃れようとしてきた日々が思い起こされた。


「それでは、明日からの予定を最終確認させて頂きます。まずは・・・・」


 ライルが、生誕祭の期間の兄妹の予定を詳細に述べていく。


途中でターガがいらぬ質問や発言をした以外には、ほぼ滞りなく打ち合わせは終了し、ガンジュンはテーブルに肘をついて愁いを帯びた表情を浮かべた。


「はぁ・・・・。自分の生誕祭だから、あまり自分勝手なことは言えないけれど。気が重いわね」


 最後にもう一度溜息を零したガンジュンの肩へ、メイルが元気づけるようにそっと手を置く。


「がんばりましょう、兄上」

「そうね」


 兄妹二人で乗り越えようと意思を固めたところに、ターガがふっと爆弾を放り込んできた。


「いやあ、それにしても忙しい一週間ですね。メイル様の婚約者候補もいらっしゃいますし」

「・・・・・ん?」


 ターガの爆弾発言に、一瞬、時が止まる。思考が追い付かず、爆弾であることにさえ未だ全員気づいていない。


 微妙な空気が流れる中、ガンジュンは嫌な予感を覚えつつ、恐る恐るターガに向かう。


「ターガ、今、あなた何て?」

「え、何って?ガンジュン様の誕生日に加えて、メイル様の婚約者候補の方もいらっしゃるから忙しいですねって、言いましたけど」


 ターガが当たり前の様に、しれっと言ってくるので、ガンジュンは自分がおかしいのかと錯覚した。


 “婚約者”という単語を胸中で反芻し、やはりおかしいのは自分ではないと確信する。


「・・・・はぁ?婚約者?」


 ガンジュンから思わず、低い声が漏れた。


 尋常ではないガンジュンの反応に、ターガはきょとんとしてから「あれ~?」と頭を搔く。

 

「俺、言ってなかったでしたっけ。すみません~」

「「はあ!?」」


 その場にいる全員が、驚愕して立ち上がる。


 眉間にこれでもかと皺を寄せたライルが、ターガに詰め寄った。


「ターガ、お前は教育じゃなくて、人生を一からやり直した方がよさそうだな・・・・」

「え、やだな、ライルさん。すごい怖い顔してますよ」


 胸倉を掴まれても未だ、へらへらとしているターガの姿に、ライルは怒る気力も無くした様だった。すっとその手を放して、深いため息を漏らす。


 その傍らでは、ガンジュンが興奮気味に喚き出した。


「父上ったら信じられない!あと少しで“期限”なんだから、それまで待ってくれれば良いのにっ」


 両手を握り締め、この場に居ない父親への文句を垂らす。


 酷いと嘆く兄の姿を見て、メイルは冷静に窘めにかかった。


「父上も心配なさっているのでしょう。私たちに対する牽制、とういう意味合いもあるかもしれませんが」

「それにしたって・・・・」


 それにしたって、タイミングが悪すぎる。


 ガンジュンが十八になるまでは、好きに過ごして良いと約束を持ち掛けてきたのは国王である。生誕祭の前半は、一応は未だその期間であると認識している。


 にもかかわらず、メイルの婚約者となるかもしれない人物と会わせようとしてくるとは、ちょっとやり方が気に食わない。


 ガンジュンが怒りを鎮められずにいる中、この事態に一人おろおろとしていたベリィが、一つの疑問を口にしてきた。


「ですが、世間的には王子と王女は、魂が入れ替わっていることになっています。婚約者候補の方とは、どなたがお会いになられるのですか?」

「・・・・・」


 ベリィに指摘され、ガンジュンが言葉を失う。


 すると、ターガが能天気な声で親切にも疑問に答えてくれた。


「そりゃあまあ、メイル様の婚約者候補ですからね。王女の魂が入っているとされている、ガンジュン様がお相手するしかないのでは?」

「わたくしなの!?」

 

 ガンジュンの驚愕の声が温室に響く。


 わなわなと震えているガンジュンに向かって、ターガは淡々と話を続けた。


「だって、メイル様の中身はガンジュン様ってことになっていますし。そのメイル様がお相手するって、おかしいじゃないですか」

「待って、頭が混乱してきたわ・・・・」


 ガンジュンは頭を抱えてよろめいた。目の前が不安に曇る。


 ライルが心配そうに手を貸してくれたが、眩暈が治まることはない。


「つまり、わたくしがメイルの婚約者候補に会って、見定めると?」

「そういうことになりますかねぇ」


 呑気に頷くターガが憎らしい。


 恨めしくターガを睨むガンジュンに向かって、メイルがそっとガンジュンに寄り添って爽やかな笑顔を向けた。


「宜しくお願いしますね、兄上」

「メイルは、それで良いの!?」


 潔すぎる妹に対して、ガンジュンは有り余ったテンションをぶつけた。


 メイルは涼やかな顔のまま目を伏せる。


「私は、兄上を信頼しています。私の為に、引き受けて頂けませんか?」


 上目遣いの妹の破壊力たるは。


 ガンジュンは兄として、後ろ向きなことばかり言っていられないと頭を振った。


 一つ深呼吸し、腕を組んで仁王立ちすると、周りもおおっと居ずまいを正す。


「仕方がありませんわ。ここは兄として、わたくしが人肌脱ぎましょう!」

「よっ、流石ガンジュン様!」

「頑張ってください、兄上」


 盛り立てるターガと声援を送るメイルに持ち上げられ、ガンジュンもすっかりその気になってしまう。


 とんでもなく単純な王子の姿を眺めながら、それまで話の行方を無言で窺っていたベリィは、ライルにするりと近寄って小声をたてた。


「メイル様、婚約者候補の方のお相手をするのが、面倒なだけでは?」

「・・・・せっかくガンジュン様に、やる気になって頂けましたので、それは言わないでおきましょう」


 ベリィの指摘に、ライルはゆっくりと小さく首を横に振る。


 ここでそれを言っては、まとまった話が崩壊しかねない。


 ライルは今後の成り行きを想像して、その途方もなさに小さく息を吐き出した。



*****



 打ち合わせの後、それぞれの執務を終えたガンジュンとメイルは、城下へと視察に訪れていた。

 

 視察という名の、気分転換の散歩である。


「んー!やっぱり外は活気があって良いわね」

「そうですね」


 ぐんっと伸びをするガンジュンの言葉に、メイルも笑顔で同意を示す。


 ヴィアリアス国は小さな国である。その為か、王族と国民との距離感が他国より近いことが特徴的だった。

 

 王子と王女という立場であるガンジュンとメイルも、よく外出をしては国民たちと顔を合わせて話をしたり、時には収穫などの手伝いをしたりしている。


「あ、ガンジュン王子とメイル王女!」


 ライルとベリィを従えながら歩く二人を、街を行き交う人々がはしゃいだ様子で出迎える。


 国民の間でも評判の良いこの兄妹が揃って現れたということで、辺りはたちまち人で溢れかえった。


「みなの様子を見に来たのよ」

 

 ガンジュンがにこりと微笑みながら声をかけると、周りからわっと歓声が上がる。


「お祭りは明日からなのに、もうこんなに騒がしくって」

「王子の誕生祭だからなあ。皆気合が入っているんですよ」

「ガンジュン王子!メイル王女!遊ぼ~」

 

 老若男女関係なく、ガンジュンたちを慕う者たちがそれぞれに声をかけてくる。


 ちなみに、城に居る者以外は全員、ガンジュンとメイルの魂が入れ替わっているという噂を完全に信じ切っているので、ここでのガンジュンはメイルを装わねばならない。


「楽しそうで何よりだわ。ね、ねえ、兄上?」


 少し、ぎこちなくするガンジュンとは対照的に、メイルは卒なくガンジュンを演じる。


「そうだな、メイル」


 ガンジュンとメイルによる、入れ替わり演技を信じ込む国民は、二人のやりとりを微笑ましく見守ってくれた。


「魂が入れ替わっているなんて、最初は信じられなかったけど。お二人を見ていると本当なんだなって思いますよ」

「結構みんな、呼び方に困ってるんですよ?」

「まあ、それはごめんなさいね」


 世間話をする軽さで、およそ信じがたい噂を真実として語る光景は、酷く滑稽であった。


 しかし、そこに居る全員が幸せそうに笑顔を浮かべているので、なんとなくこれでも良いかという雰囲気になる。

 

 そんな中でも、流石に国の今後を心配する声が上がった。


「でも、お二人とも一生そのままだったらどうしましょうね・・・・」

「あら、問題なくってよ」


 声のトーンが下がった国民に対して、ガンジュンが食い気味に口を挟む。


「その時はわたくしが、次期女王として、この国を治めますもの」

「まあ、それは安心ですね」


 ガンジュンのおどけた発言を、周りが笑う。


 しかし、それからすぐにガンジュンは「なんて、冗談ですわ」と言って、ゆっくりと瞳を瞑った。


「大丈夫、みなに心配はさせません。魂は、直に元に戻りますわ」

「え?」


 先程までとは打って変わり、悟った様なガンジュンの声色に、周囲の空気も不思議としんとしたものになる。


 こんなに心豊かな国民をこれ以上、騙し続けることはできない。


 ガンジュンには、王子としてこの国を治める責務があるのだ。


 すっと短く息を吸いこめば、頭の中の靄を振り払えた気がした。


「わかるのよ、自分たちのことだから。ねえ、兄上」

「ああ」


 同意を求める声掛けに、メイルが真剣な瞳で頷く。

 

 兄妹の静かな覚悟の言葉に、後ろで控えていたライルとベリィは、咄嗟に目を伏せた。




 二人には幸せになってほしい。兄妹が自分らしく生きていけたらどれだけ良いだろう。


 それが難しいということは、本人たちが一番よく理解している筈だ。ライルとベリィには、それがたまらなくもどかしい。


 自分たちは、二人に何もしてあげることができないのだ。




 賑やかな街中で、笑顔を浮かべながら国民と言葉を交わすガンジュンとメイルを、従者二人は黙って見守った。



***



 街からは少し離れ、ガンジュンとメイルは眺めの良い丘に来ていた。


 沈み始めた日に煌めく海面を見つめていると、気持ちが自然と穏やかになる。


 ガンジュンは眩しさに、少しだけ目を眇めた。


「こうして外に出ると、国民に支えられていると、強く感じるわ」

「私もです」


 ライルとベリィは気を遣ってか、二人とは離れた場所で待機してくれていた。


 こんな風に兄妹二人きりになるのは、珍しいかもしれいとガンジュンはふと思う。


 いつも傍には従者なり国民がいた。こうして改まって二人で会話をするのは、どこか気恥ずかしさを感じてしまう。


 とはいえ、無理して話題を探し合う様な間柄でもない。無言が苦にならないので、暫く二人で夕暮れに染まっていく景色を黙って眺めていた。

 

 空も海も、ガンジュンとメイルの金の髪も、瞳も、世界の全てがオレンジ色に染められた頃。


 ガンジュンはふっと息を吐いてから、口を開いた。


「ねえ、メイル」

「なんでしょう、兄上?」


 呼びかけられたメイルが、ガンジュンの方に顔を向ける。


 見つめ合った同じ色の瞳に、浮かない顔をしているガンジュンの顔が写り込んだ。


 声をかけておいてなんだが、何を言おうとしていたのか、ガンジュン自身分らなくなって言葉に詰まった。


 結局何も言うことができず、変な間を空けた後、ガンジュンはすっと視線を夕日に戻した。


「・・・・夕日が、美しいわ」

「そうですね」


 沈みかけの、ぎりぎりの夕日。


 言葉もない兄妹二人は、静かに流れていく時の中にじっと身を置いた。


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