▼6階・エレベーター内
▼6階・エレベーター内
「ったく……わけわかんねェ」
エレベーターに乗り込んだ舜平が悪態をつく。
開閉口にある操作パネルの1階ボタンを殴るように押し、ついで『閉じる』ボタンも押した。そして大鏡が取り付けられている奥壁へと進み、スロープに両手をついて項垂れる。溜息を肺が空になるまで吐き出すと顔を上げ、鏡に映る不機嫌な自分の表情と向き合う。
「まさか正則がくだらんオカルト信者だったとはなァ。……つゥーか、去り際にゴミムシとか罵ってやがったな、あの野郎。一階に着いたら『お化けに取り憑かれた~』とか言って抱きついてやるか? このくそっ」
不服な気持ちを紛らそうと、足の爪先で内壁を軽く蹴った。
ダーーーンッ!
「うおッ! な、なんだァ!?」
ものすごい音が轟いたのは、ドアの開閉口側からだった。
舜平が瞬時に振り返る。
閉じようとしていたエレベーターのドアは、完全に閉まりきっていない。中央で重なり合うギリギリ手前のところで停止し、わずかに隙間が生じている。通路側からエレベーターの箱の中へ、何かが差し込まれていることにはすぐに気づいた。
不揃いで短い8本の棒形状のモノ……ドアの縁から這い出たそれらが、内壁で波打つようにうごめき、まるで幼虫の動きのように見えたため、人間の指であると認識するのに少しだけ時間がかかった。
――『エレベーターに乗るときに一緒に入り込んで取り憑いてしまう』
正則の言葉が脳内に甦り、ドキリとする。
しかし、
「もしも~し、中に誰かいるんですか?」
と、ドア向こうから聞こえてきた声が、陰気さとは無縁の快活な若い女性のものだったため、舜平はハッと我にかえる。
「は、はい! い、います!」返答の声は慌てたため裏返った。
「あっ、よかった、よかった。すみませ~ん、私も乗りたいんで、ドアの『開く』ボタンを押してくれませんか? なんかここからビクとも動かなくなっちゃって~」
どうやら声主は、飛び込みでエレベーターに乗ろうとしていた人物のようである。胴体を入れるのには失敗したものの、閉じるすんでで、なんとか両手の指先だけは滑り込ませ、ドアの縁を掴んでいたところだったのだ。
奥壁を離れた舜平が、開閉口の操作パネルまで移動し、『開く』ボタンを押す。
「ありがとうございま~す」
開かれたドアから入ってきたのは、中学生ほどの少女である。おそらく6階に入院している患者なのだろう。入院着ではないものの、ピンク地に白い水玉模様のパジャマを着用していた。
「指、大丈夫? 挟まれなかった?」
相手が年下と判断して、舜平はタメ口に変えて尋ねた。
頭一つ分低いところにある少女の顔がにっこり笑い、「うん。平気平気」と細い指を開いたり閉じたりして見せてくる。そうしたあと、長く伸びた黒髪を払い、「ていうかさ~、人が挟まれそうになったらふつう感知して自動で開いたりするよね、不親切なドアだな。古いせい?」と、馴れ馴れしく話しかけてきた。
敬語を使わないのが少々癪ではあるが、ぷくっと頬を膨らませている顔立ちは整っていて、可愛らしい。ろくに陽に当たっていないような白白とした肌をしているけれど、たしかに血が通った色合いでもあった。
通路側を向いていた彼女の顔が、舜平に向き直り、不思議そうな顔つきで見上げてくる。
「ねえねえ、他に誰もいないけど? ドア、閉めないの?」
細い指がさす先を目で追い、舜平は『開く』ボタンを押しっぱなしにしている自分の指にいきつく。「いっけね」と急いでボタンから人差し指を離し、扉は左右からゆっくりと閉まり始めた。
若干の挙動不審な動作を見てとった少女が、いたずらっぽく小首をかしげる。
「お兄さん、私の美貌に見惚れちゃった?」
「……違うって」そういうわけではない。
舜平は気まずさに操作パネルへと顔をそむけた。
含み笑っていた少女が、首から下げていた小さなポーチを持ち上げる。
「2階までお願い。コンビニまでプリンを買いに行くんだ」
黒猫の顔をあしらったそのポーチは、がま口の財布のようだ。
小刻みに振られた中で小銭がこすれる音が聞こえる。
天井から降りそそぐ照明で、黄色い瞳の飾りがキラリと輝いた。
ここって院内コンビニが入ってるんだな、と舜平は思いながら『2』のボタンを押す。
浮遊感をともない、エレベーターが動き出した。