華綾付属高校七不思議3
「華綾付属高校七不思議2」の続きとなっています。先にそちらを読むとわかりやすいです。
「裏サイトってあんじゃん」
ある日の昼、和胡さんが突然言った。
「ご存じない?」
「ご存じない。興味もない」
「あらー男前! 潔い!
んでさ、最近裏のオカ板覗いてみたのよ。何かそういうの? 探してるっぽいじゃん?」
「ん、まあ……」
私と小夜子さんが七不思議の探索をしてる事が、クラス内にじわじわと広がり始めていた。人目を避けているとはいえ、あれだけ校内中騒いで回れば当然の事だ。が、一応小夜子さんは今でも他生徒には仮面を張り付けているので、私としても公に言うような事はしていない。
何なら、私が主導で探してるっぽい空気にした方が良いだろうか。
小夜子さん。そう、小夜子さん。心の中では名前で呼ぶ事にした。実際にはまだ白塚さんと呼んでいるが、いつか名前で呼べる日が来る事を信じて練習だ。ぶっちゃけ苗字より遥かに発音が楽なので、早くこちらで呼びたい。
タコさんウインナーをポテトサラダの上でダンスさせながら、和胡さんは話を続ける。
「最近さー、誰もいない情報室のパソコンが動いてる! って話題になってるみたいでー。そしたら、情報室の幽霊! ってかなり昔からある七不思議みたいじゃん? どう? 調べてみなよユー!」
「あーうんありがとう、考えとく。てか食べ物で遊ぶな」
「これはタコさんの敦盛な舞いだから」
舞い終えると、ウインナーはひょいっと和胡さんの口の中へ消えて行った。
放課後。その話をする前に、小夜子さんに連れてこられたのは特別教室棟二階、情報室前。やはり既に聞き及んでいたようだ。
「鍵は預かってまいりましたが、まずは外から目視で、起動しているパソコンがあるか、確認しましょう」
少し背伸びをして、扉のはめ込みガラスを凝視する小夜子さん。「…ありました」と小声で言うと、鍵を差し込み、扉を開けた。
見つめる方向、最奥列の窓から二番目。デジタルな発光が壁を照らし、無人の椅子のシルエットを浮かび上がらせていた。
小夜子さんはツカツカと一目散に件のパソコンへと向かう。画面を眺め、マウスを何度か動かすと、周囲を見渡した。椅子を引き、机の下を確認。一つ移動して、同じように机下を覗く。
明らかに人を探している、幽霊ではなく、実在する人を。私は壁際へ移動し、小夜子さんから離れた通路を凝視した。
カタッ………
微かな音だったが、小夜子さんは振り返る。私も、音の出所を視認していた。
「ごきげんよう、『裏サイトの管理人』様」
「……白塚小夜子、取引をしよう」
立ち上がった人物の顔には見覚えがない。おそらく上級生だ。私としては中々強く出れないところだが、小夜子さんは物怖じする事無く対峙している。
「お久し振りです、阿賀様。やはりコンピ研の方々が管理していらっしゃるのですね」
「君がオカ板に入り浸っている事はわかっている。裏サイトの管理人は謎でなければならない。黙っていてもらう代わりに、我々が所持している『非常に信憑性の高い学校の怪談』の情報を提供しよう」
「まあ、それはとても魅力的です。具体的にはどのような?」
「今すぐに確認出来るものは『呪いの本』、これは実在しコンピ研の管理下にある。今なら図書館カウンターから左に二つ数えた壁際の棚のどこかに仕舞われているはずだ」
「あら、でしたら阿賀様は呪われていらっしゃるのでは?」
「いいや、本を読めばわかる、呪われない為に管理しているんだ」
「あの……すいません、話に付いていけないのですが……」
流石に訳がわからなくなってきたので、意を決して話に割り込んだ。阿賀先輩は「あー…」と唸りながら、点灯しているパソコンの前に移動する。手招きされたので、小夜子さんと共に横に立った。
画面には、『K付裏掲示板』の見出しと、ゴシップな話題が羅列されている。これが我が校の裏サイトらしい。
「裏サイトの管理人っていうのはな、正体がバレちゃいけないんだよ。だからこうやって、こっそり情報室からアクセスしてるわけ。個人所有のパソコンからやったら一発でバレるから。白塚小夜子みたいな奴に」
「APアドレスが学校所有のパソコンのものだったので、正直そんな予感はしておりました。情報室の怪談が出始めた時期と、裏サイト立ち上げ時期が似通っていたのもあります」
アーハーン……? 専門用語を除いても、小夜子さんが何か凄いやばい奴って事しかわからない。
「幽霊ってのは隠れ蓑に丁度良かったんだけど、こうやって暴かれたからには口封じしなきゃならない。ので、そっちが欲しそうな情報をこちらが提示できる、と取引を持ち掛けた訳だ」
「実際のところ、取引などなくても口外する気はありませんが。情報のプロであるコンピ研が所有する確かな怪談情報には非常に興味をそそられます。もう聞かずには帰れません」
「……まあ、で、呪いの本って、どんな七不思議なんです?」
「簡単に言えば、気が狂った奴の日記だよ」
「イジメられていた生徒達が心情を綴る秘密の相談ノート、だったのですが、ある時から非常に憎悪に満ちた内容となり、込められた怨念の強さから読むと呪われると言われている黒いノートが図書館に存在する、という怪談です。ノート自体が実在する事は不思議ではないのですが、呪いという部分には懐疑的な面があります」
「うん、そのノートな。内容はとても口に出せないから、証拠としてこの後チェックしておいで」
「はい。……で、他にもございますよね?」
「欲しがりだなあ。あるけどさ、とっておきのが」
ずり落ちかけたヘッドホンを肩に乗せなおし、阿賀先輩は裏サイトを閉じて、更にマウスカーソルを……時計が表示されている位置へ移動する。
「『六時』だ。いつも、六時丁度に、画面にノイズが走る。ほんの一瞬。他にも、『天井の目玉』とか『自分と違う動きをする鏡の中の自分』とか『走る影』とか、全部六時に起きてる。
この学校は、六時丁度の時間だけおかしくなるんだ」
「ふむ……?」
「ソースとか詳しい話は……今度、部室来い。何なら入部しろ」
「申し訳ありませんが、放課後は幽霊探しと決まっていますので」
「うん……良い友達が出来てよかったね」
阿賀先輩は同情の目で私を見た。
小夜子さんは微笑みながら、「それでは呪いの本を探しに参りましょう」と入り口へ向かう。扉の前で先輩に向かって一礼し、戸を開けた後は何事もなかったかのように鍵を閉め、傍の階段を降りていく。
特別教室棟の北、更に別棟で建てられている図書館。何でも学校創設時からある建物らしく、趣のあるレンガ造りが特徴だ。
小夜子さんの足取りは迷いない。脇目も振らず、言われた通りの本棚に直行する。私も後を付いて、黒いノートとやらを探した。
「……ありました」
本と本の隙間から、薄い漆黒のノートが出てきた。タイトルはない。表紙の黒は、炭のようなもので塗りつぶされているみたいだった。
「………」
小夜子さんが、ページをめくる。何となく架線が見える事で大学ノートだとわかったが、書いてある文字はほとんどが解読不能だった。たまに『呪』とか『死』とか人物名があったりしたが、文章としては読めない。
が、最後のページだけは様相が違っていた。
『このノートが処分された時 お前は呪われる ノートを図書館から出すな』
赤い文字で、筆跡がわからない字で、そう書かれていた。
普通、こんな怪しいノートは図書委員の蔵書整理の際に捨てられてしまうだろう。それが今も残っているのは、これを見た誰かが今まで必死に隠して来たから。今、その役目を担っているのが、コンピ研――コンピュータ技術研究会というわけか。
「これを守り続けているから、誰も呪われていない、と……悪魔の証明みたいですね」
人目がない事を確認し、小夜子さんはノートを元の場所へ戻した。
信じるかどうかはさておき、これで私達もこの七不思議の一端となってしまった訳だ。
少し、背筋が寒くなった。
「さよ……白塚さん」
「何ですか、黒檀さん。……今、何と言いかけられました?」
思わず心の中だけでやっていた名前呼びが表に出てしまった。しかも気付かれている。恥ずかしい。
「……友達、ですものね。下の名前で呼んだ方が、親しみがあって良いと、クラスメイトの方々も仰っていたと記憶しています」
そう言うと、小夜子さんは沈黙した。そのまま図書館を出て、教室棟へ戻って、何故か階段の踊り場で、くるりとこちらを振り返る。
「……旭日さん。わたくし、誰かを下の名前のみで呼ぶのは……家の者含めても、旭日さんが初めてです」
はにかんで、少し頬を赤くして……とびきりの美少女が、そう言う。
ああ、私は何を躊躇っていたんだろう。彼女と比べれば、よっぽどこちらのハードルの方が低かったじゃないか。先に言いだすのは私であるべきだったのだ。
「……そんなに緊張する必要ありませんよ、小夜子さん。友達、でしょう?」
私も、にっこりと笑って返す。ふふっとむず痒そうに笑って、小夜子さんは小躍りで階段を駆け上がった。
契約的な友達関係。それでも多分、小夜子さんにとってこの学校で初めての友達が私だ。
大切にしよう、月並みだけれど、そう思った。