第二十八海路 3 『人工知能と人間は肉体的、精神的に不可侵でなければならない』
「成程。我とこの小娘が敵側だと。無理もない」
「それで納得するのか……」
キル、ではなくヘルが腕寿司を訪れたタイミングで、新井は彼女の拘束を命じた。しかしヘルはそれに抵抗するでもなく、自ら椅子に座り、鬼丸に縄をかけさせた。
いきなりの拘束では流石にと言ったコルセアによって、拘束の理由が語られた。ヘルはさも当然のごとくそれを受け入れた。
「むしろ今の今まで野放しだったことに驚いている。兄上たちには危機管理が足りないようだ。まあ我がいればその心配もないが」
「心配のタネが自分自身だってわかってるか?」
「相変わらず兄上は面白いことを言うな!」
その緊張感のない兄妹のやり取りにしびれを切らせた新井が、咳払いをして話を始める。
「鬼丸の言った通り、今の問題はお前自身の存在だ。お前は自分を人工知能だと言うんだな?」
深刻な顔をして、感情を封じ込めながら質問をする新井に対して、態度を変えずあっけらかんと答えるヘル。
「その通り。我は上級人工知能、ヘルだ。だが勘違いするな。キルと我は別物と考えろ」
「別人?」
突拍子もない発言に少し驚き問いかける鬼丸に、首を縦に振るヘル。
「兄上の妹であることには変わりないがな」
「解離性同一性障害、多重人格ってことかしら?」
今度はクリスタが質問をする。解離性同一性障害とは二重人格や多重人格とも呼ばれる。主な発症原因は幼少期の心的ストレスに起因するとされ、陸戦の襲撃に怯える現代日本では三人に一人が発症していると言われている。
「一人の中に二人三人いるっていうアレか!」
手を叩き、理解をしたような態度を取るコルセアに、ヘルは溜息をつく。
「な、なんだよ」
「いやなに。共に機体を動かしていたものが、こうも早合点をするものだったとは、とな。確かに結果的には多重人格かもしれない。だが我とキルは全くの別物だ。体を共有しているに過ぎない」
「キルはそのこと知っているのか?」
鬼丸はヘルに聞く。彼女は首を横に振り、長くまとめられた赤い髪の束を振り回す。
「キルは我の存在に気付いていないだろう。いや、忘れていると言った方が正しいか?」
「結局お前は人間なのか? 人工知能なのか?」
再び新井が質問をする。
「人間でもあり、人工知能でもある。ハイブリットというヤツだな。因みにキルが人間だ」
「じゃあアンタの回路は何処にあるのよ。自分の発言に破綻が生じていること、気付かない?」
人工知能にはそれを構成する回路が必要になってくる。八型改はゴッドアップルによって初めに回路を形成されたために人工知能として成立しているが、キルが人間である以上ヘルが存在する部分がない。
ここから導き出される答えとしては、キルが大げさな演技をしているということに他ならない。クリスタは目力だけでそのことを伝えた。
「破綻も何も、回路ならここにあるだろう」
そう言ってヘルは自身の頭部を二度、人差し指で突いた。
「……結局アンタの一人芝居ってことね。役者にもなれるんじゃない? まんまと騙されたわ」
溜息をつきながら椅子になだれ込むクリスタ。その態度にヘルは不機嫌になり、眉間に皺を寄せた。
「何か勘違いしていないか?」
「勘違いも何も、回路のない人工知能なんて存在するわけないでしょ」
「いや、だからここに……」
今度は少し困ったように、不安そうに自身の頭をもう二回突く。その様子を見た鬼丸は、何かに気付いたような顔をした後、難しい顔をした。そして、
「ダメだ難しい。考えてもわからない」
と頭をあげた。そしてそのままクリスタに質問をする。
「なあクリスタ。人の脳に人工知能を入れられないか? てかそういう研究あるだろ?」
その発言は、沈黙を生んだ。的外れな発言をしたと思った鬼丸はそのまま矢継ぎ早に捕捉をする。
「いやだって、人工知能を人間の頭脳に入れれば人知超えた力が手に入らないか? お前がよく言ってる理論的に考えてってヤツだよ」
「アタシそんな頭の悪い人が考える頭いい人みたいな発言、したことあったっけ?」
確実にないと確信しているクリスタは強い口調で問いただした後、本題に入る。
「人工知能三原則の最後、復唱してみたら?」
「『人工知能と人間は肉体的、精神的に不可侵でなければならない』だったか?」
「アンタとおんなじことを考えたバカが、大昔にも結構いたのよ。その研究のために多くの人間が亡くなったことに対して、当時のSF作家佐々木・J・エクスが風刺をこめて作品内で示したの。といってもこれは入職の手引きにも書いてあったから、勿論ご存じですよね、戦の天才さん?」
後半から言葉一つ一つに力を込めて鬼丸を煽る。その顔はやはりどこか人を下に見るような挑発的な顔である。
「それぐらい知っている。『電気羊の大迷宮』だろ。それなら穴が空くぐらい読んだ。でもあれは間違っているって話だろ?」
鬼丸の指摘通り、『電気羊の大迷宮』の一節から抜き出された人工知能三原則を、ヴァルハラは否定的に扱った。その全ては、人間が人工知能の上位に位置していることを一切疑っていない。
凝り固まった思考が戦場で命取りになる。軍隊あがりのヴァルハラ創立メンバーはこのことを肝に銘じており、世間一般では常識として扱っているこの三原則を正面から受け止めなかった。
結果としてその用心深さと独自の視点は、ヴァルハラを業界最大手へと導いた。
「……なんだ。ちゃんと勉強してるじゃない。でも世間はそうじゃない。アタシ達が異端なの。だから人工知能を脳に移植しようなんて思いついても誰もやらなかった。今じゃ一種の禁忌ね。ついでに言っておくとヴァルハラはこの研究を倫理的観点から禁止しているわ」
そのため人工知能の人体移植を行う勢力は、表面上消え去った。
「コハクの件もある。法だ倫理だで話を片付けるのはナンセンスじゃないか? 天才さん⁉」
先ほどのお返しとばかりに、同じような言い回しでクリスタの顔を覗き込む。
「ッ! アンタの意見を認めたくはないけど、確かに早計かもしれない。流石、常識を破ることに関しては一級品の頭脳ね」
親指を口に咥え、自身の思考を落ち着かせたクリスタは、嫌味とも皮肉とも称賛ともとれるように告げる。
「兄上の頭が柔らかくて助かった。今の話の通り、我の回路はキルの脳内に存在する」
「さっきキルが忘れているって言っていたが、その口ぶりだと初対面じゃなさそうだな?」
鬼丸が思い出したかのように聞く。
「ああ。我とキルは初対面ではない。しかしメモリに不調が生じていて、いつ会ったのか、どのような関係だったかはわからない」
その言葉を最後まで聞いた新井は重い腰を上げ、嫌々そうにヘルの縄を解いた。
「ん? もう終わりか? と言ってもこれ以上話せることもないがな」
「そろそろ鮫島が帰ってくるだろう。奴ならこの状況を見て虐待だなんだと騒ぎ立てそうだ。それが面倒なだけだ」
「中身はアレだが見てくれは成人女性そのものだろうに。何を心配しているんだか」
そう言いながらヘルは椅子から立ち上がり背伸びをする。その一連の動作によって、彼女のスタイルが平均以上のものであることを、面々は再確認した。
台所で話を流しながら聞いていた大将と隼人は、その姿にくぎ付けになる。
「キルちゃんが割と子供みたいだから忘れがちだが……」
「結構あるんですよね彼女。ナニがというわけではありませんが」
背伸びを終えると組んでいた手を勢いよく解除し、
「そうだ兄上。我はそろそろ眠りに就く。何かあればキルの額に手を当ててくれ。そうすれば連絡が取れるだろう。なに心配するな。そこの眼鏡に我は消せん。我らがあの戦乙女に必要不可欠な存在であることくらい、既に理解しているからな」
と髪をかき上げ額を見せた。そのまま眠たそうにあくびをした後、再び椅子に座り、机に体を預け眠りについた。
その直後、付け根から彼女の髪色が赤から水色に変化した。
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