第二十八海路 1 初めての御使い
「いや、私も配慮に欠けた言動であった。すまなかった」
翌日、新井とクリスタは秘密裏に和解した。お互い多少なりとも後ろめたさを持っていたため、可能な限り迅速に、丁寧に関係は修復された。
「それで本部長、鬼丸があの時、変な夢を見たって言うんです。アタシはそれが夢に思えなくて……とにかくアイツの話を聞いてくれませんか?」
「わかった。私も色々と伝えたいことがあったから丁度いい。この後すぐにミーティングを行う。皆を集めてくれ。場所は……大将の所でいいだろう」
数分後、クリスタの呼びかけで鬼丸、コルセア、隼人と大将が腕寿司に集められた。
「成程。行方不明のまま沈黙したユグドラシルが、か。あり得ない話ではないだろう。しかし我々には、それを探すすべはない」
鬼丸が自身とクリスタの見立てを交えながら、昨日の出来事を話す。
「それからキルのことなんですけど……」
もしもキルがインテリ同様、スノウ・ユグドラシルの手下だった場合、ミーティングに参加させること自体危険になる。
寝首を掻こうと思っているのなら、今頃自分たちは死んでいるという考えも最もだが、前例があるため厳重に動かざるを得ない。
当の本人は現在――。
「キルちゃん! こっちこっち!」
カイナ島に住む少女、マリンに連れられ島を散歩していた。キルの身長は百七十センチ近くあるため、子供に連れられている親のような構図である。
「図書館、こっちでいいの?」
鬼丸やクリスタがいないと自主的な行動を起こさないキルだが、「このメモに関する本を見つけてきてくれ」という鬼丸の頼みを受けて、この島に来て初の単独行動をしている。
今日の服装は、島民に警戒されないように一般的な白のワンピースを着用している。
また鬼丸は万一の事態を想定し、鮫島に頼み、彼女の様子を影から監視、録画をしてもらっている。
(これも仕事。シャークフォース隊長たるもの、これくらい……)
クリスタの指示で、鮫島と気付かれないように変装をさせられている。その姿というのが……。
「ねえキルちゃん、あの黄色と黒の縞模様の服の人、何処かで……もしかして隊長さんかな?」
「鮫っぽい顔なのに虎。ちょっと怪しい」
変装を指示したのはクリスタだが、そのコーディネートは鬼丸も携わっていた。グレーの短パンとトラ柄の半そで。それにボサボサのかつらを被らさせられたあげく、目には黒いサングラス。右手に大きな文字で氷と書かれた袋を、そして左手には黄色い風船を持たせられた。
その袋の中には、小型カメラが内蔵されており、その様子は後々鬼丸達が確認する。
鮫島はその姿に似合うように、歩き方は次第に蟹股となっていた。
「う~ん。隊長さん、もっと姿勢良くていい人そうだったから、人違いかな?」
「あのオッサン、鮫島と全然違う。何か颯爽とした意思を感じる」
何とか注意を外すことが出来た鮫島は、そのまま図書館へと入っていったキルたちを追う。入り口で色々と注意をされたが、サングラスを降ろし、
「有事だ。見逃してくれ」
と言うと強引に中に入る。この島で鮫島は半ば英雄視されているため、そのやり取り以降、図書館の職員は鮫島には関わってこなかった。
「それで、キルちゃんのお兄さんは何の本を探しているの?」
「これ」
手に握られたメモをマリンに手渡す。そこには鬼丸の字で、『北欧神話関係の本』と書かれていた。また裏には、それよりも読みやすい字で『わからなければ職員さんに聞くように』と書かれていた。これはクリスタが出際に追加したものであった。
「北欧神話……聞いたことないなぁ。どこにあるんだろう」
周囲を見回すマリン。彼女は普段からこの図書館を利用するが、児童書コーナー以外はあまり訪れないために、すぐにはわからない。
「……兄さんに聞いてくる」
そう言って出口に向かうキル。
(不味い。マリンちゃんはこの目的を知らないから、キルを足止めはしないだろう。今彼女に戻られたら……)
何とかしてキルを図書館へと留めようとする新井は、周囲を見回す。すると一人の女性職員と目が合った。
キルたちに見つからないよう、書架に身を隠しながらその職員の元へと行き、
「あそこの二人が本を探しているらしい。案内してくれ」
とサングラスを下げ自分だとわかるように告げる。
普段体を張りこの島の平和と安全を守っている鮫島の頼みを、その職員は快く引き受けてくれた。アイコンタクトで彼に了解を告げると、書架整理作業を中断しキルたちへ声を掛ける。
「何かお探しですか?」
「それが……」
その職員に連れられ、二人は奥の書架へと向かった。一安心した後に鮫島は二人の後を追う。
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あと3……




