第二十七海路 2 一人じゃないから
だとしても、俺は、一人じゃないからな。多分何とかなるだろう。なんせこっちには、触れるモノ皆傷つける天使様がいるからな。
「そうか……そっちの俺はいい相棒を持ったんだな。彼女と繋がりすぎるな。あくまで自我を持ち続けろ。それが俺には、出来なかったからな」
ああ、任せろ。俺たちの無念……いや、お前たちの無念は、俺が果たす。だから見ていてくれ。功夫壱式、そしてキッド・カーリー。
「もう行きたまえ。相棒が待っているぞ」
相棒なんて言葉で纏められたら、どれだけ楽だっただろう。どれだけつまらなかっただろう。
アイツは、クリスタはどこまで行っても俺の超えるべき存在だ。
「羨ましいな。少しくらいなら……」
自分の意識が流体から人の形に戻ったような感覚に襲われ、目が覚めた鬼丸。先ほどまで、溶接跡だらけの体で星の海を漂っていたはずだが、気が付くと見慣れた天所が見える。
この島に来た時、そしてアレッサンドロに触れたて気を失った後に見た天井だ。
「あら、ようやくお目覚め? 今は真夜中よ。もしかして夜行性?」
ベッドの横で椅子に座り、自分のことを野生動物のように扱ってくるヤツの方へと目を向ける。部屋は照明が落とされておりはっきりとは分からなかったが、握られていた左手の感覚からクリスタが座っていることがわかった。
自分が何をしていたのか、思い出した。
「俺は野生動物かよ。エリート様」
体を起こしながら思ってもないことを言ってみた。何が流石なのかはよくわからないが、実際意識がはっきりしたことは間違いない。
「あと五秒遅ければ、アンタ今頃出棺されてたわよ」
顔を背け恐ろしいことを言ってくる。ただヘルの言葉が正しければ、彼女のお陰で意識が戻ったことは間違いない。
とりあえず感謝をしておくことにする。
「ありがとう」
「は? もしかしなくてもマゾヒスト? 本当に申し訳ないけど、アンタの期待に応えられるほど優しくないの」
急に声が張り詰める。昔の自分ならこれに恐怖をしていただろうが、今はそんなことはない。
実際、彼女は優しい。手を握ったまま離さずにいてくれる。鬼丸はそんなことを思った結果、顔が少し緩み、笑い声が鼻から漏れる。
「手遅れね。頭が痛くなってきた……」
「かもしれないな……ッてお前何して⁉」
クリスタは椅子に座ったまま、鬼丸の膝あたりに上半身を倒れこませる。一瞬負荷がかかり驚く鬼丸だが、意識がまだ完全とは言えないため、抵抗をしない。
「本当にアンタは手遅れよ。アタシもだけど……」
返す言葉が見つからずに黙り込む。かなり真面目な会話だとわかっていても、太ももにかかるクリスタの言葉がくすぐったく、鬼丸は冷静ではいられない。
「アンタは向こう見ずで危険なことするし、アタシは……」
そこで言葉を止めた後、クリスタは右を向き、鬼丸を見上げる。
「鬼丸、アタシね、多分アンタが思っているほどエリートなんかじゃないの」
「嫌味かよ」
くすぐったさに引きつった表情をごまかすように、雑に横を向く。直後、クリスタの左手が顔の向きを強制してきた。
近くなって初めてわかったが、彼女の目じりはほんのり赤く染まっていた。目にいつもの覇気と鋭さはない。
「多分今までは、アンタに追い付かれまいと必死になってただけ。だからもしアンタがいなくなったらアタシは……」
握られた手から力が少しずつ抜けていく。
「偉そうなこと言って、アンタに依存していただけなのかも。もしアンタがアタシの手の届かない所へ行ったらきっと、アタシは消えるわ。だから、お願い」
姿勢はそのまま、虚ろな目で見上げながら、その願いを口にする。
「何があってもこの世界を変えて。この戦いを終わらせて。例えそこに、アタシがいなくても」
自分が消えても、進み続けろ。それを自分の口から告げることが、どれだけ残酷なのだろう。彼女の体は、小刻みに震えている。
ならばその恐怖を、一瞬でも早く終わらせてやるのが……。
「……それが相棒としての務め、とでも言うのか?」
急に頭痛がした。頭を押さえる。表情がつぶれるほどの痛みだ。頭に声が響く。さっきまでの自分の声がしたような気がした。
「ちょっと、ねえ鬼丸? 大丈夫?」
ああ、やっぱりムカつくが、コイツは優しい。こんな時まで俺の心配を。
「多くは語らぬ。だが今一度考えなおせ。それがお前の意思か?」
「ああそうだよ。このエリート様の願いを聞き入れてやる。それに何の文句がある!」
「鬼丸、だれと話してるの?」
流石のクリスタも大きく取り乱している。そんな中でもその声は止まない。
「今のままでは雪の大樹には勝てないと言っただろう。それなのに戦力を減らしてどうする。それになぜ、お前の肩は震えているのだ!」
頭に響く声に指摘されて初めて気が付いた。自分の肩がその発言を拒否していることを。彼女の願いを聞き入れたくないことを。
「俺は……」
自分の気持ちに整理をつけるため、頭によぎった言葉を繋げる。
「ずっとお前が目障りだった。どれだけ策を練ろうが訓練をしようが、紙一重でそれを上回るお前が目障りだった。でも次第に、その壁に依存していたのかもな。それで……」
話したいことはたくさんある。でもそれを整理できるほどの余裕がない。ならば考えても仕方ない。
今一番思っていることを、ぶつけてやる。覚悟しろエリート様。どんなに頼もうが、どんな顔をしようが、お前の願いなんて……。
「俺は! お前の願いなんて聞かない! 抜け駆けなんてさせない! 同じ地獄で最後まであがいて貰う‼ お前が恐怖したなら右手を、逃げたくなったら左手を掴んで離さない!」
一気に思っていたことを放出した。それはまるでガトリングのような勢いで。息は切れ、別の意味で肩が震えている。さっきよりも優雅に雄大に。
「……最低ね。両手を握っていたら戦えないじゃない」
再び太ももに顔をうずめるクリスタ。しかしその声は言葉とは裏腹に、少しだけ笑っていた。
「本当はアタシも、最後まで戦いたい。世界を救ったヒーローが、アンタなんかじゃ締まらないでしょ?」
いつもの嫌味を混ぜることで、気持ちに踏ん切りをつけようとしていることがわかる。そうやって、後悔と決別をしていくのだ。ちょっとの心残りで足は止まる。ならば言葉で嘘をつき、その心残りをかき消すべきだ。
「それもそうだな。輪舞でも躍るか?」
「アンタと? 冗談言いたいなら黄泉の門くぐってからにして」
「「……」」
沈黙が、冗談で虚勢を張っていたいた二人を包み込む。鬼丸が気付いた頃には、あの声は聞こえなくなっていた。
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