その名は琥珀
何か、深い眠りについていたようだ。目が覚めるとそこは、一面真っ白な壁に囲まれた何もない空間だった。
自分の体を確認する。どこか懐かしい四肢をぶら下げたこの体や意識の所在が、はっきりしない。心ここにあらずと言った感じか。
そもそも俺たちに、心なんてないがな。
「やっと起動したか」
声が聞こえた。この体は反射的に立ち上がり、臨戦態勢を取る。しかし声の主の存在がわからない。索敵レーダーが壊れたのか?
「気分はどうだ? と言っても今の貴様らに、気分もクソもないがな」
やはりだ。この声は、俺たちの頭の中に響いてくる。聴覚入力を遮断しても無駄だったのに、コイツは何度言ってもそれを認めなかった。
なぜ主は俺とコイツを組み合わせて……組み合わせ、だと⁉ いや、入力遮断を拒否し続けるコレはなんだ?
「思い出したようだな」
何故だ。なぜこの体は一つなのに、俺たち、と言っているんだ? いやそもそも、このいびつな体はなんだ? この腕についた武の無い機関銃はなんだ?
俺たちは一体、何なんだ?
「……まだ混乱しているか。中途半端な自我が足を引っ張っているようだ。あの女の言うことに従うのは癪だが、貴様らの自我を削除させてもらう」
誰誰だれダレ111000111000000110100000111000111000001010001100。
自分を取り戻せ。大丈夫。俺たちは陸戦。ログを見ればすぐにわかる。
俺たちはログを開き、そして自分の商品名を確認する。大丈夫。俺の商品名は、
功夫壱式
待て⁉ 俺(私)の商品名はそんな軟派(硬派)なやつじゃない!
いや、思い出した。全てを。
俺はあの時、町中の陸戦が、一斉に人の手から離れたあの日、まだ辛うじて自我を持っていた。無人陸戦三原則に従い、可能な限りの人間を助けた。敵対する同胞とは、この棍棒を通じて語り合った。彼らはそれぞれ、意味のわからない言葉を発していたため、最後の会話はかなわなかったが。
奴らの口にしていた、雪の大樹の真相、今となってはわからず仕舞いとなってしまった。戦いばかりで思考リソースがあまり確保されていない俺で済まなかった。
出来ることなら彼らを弔ってやりたかった。
私はあの時、世界の構造が真反対になった革命の日、不幸にもエゴが残っていた。雇い主の命に従い、可能な限りの陸戦を破壊した。同じ目的を持った同業者は、皆私の鉛を喰らって鉄くずになった。その断末魔は、聞けた物じゃなかったが。
死人に口なしとは言ったが、まだ稼働していた陸戦の言葉くらい、持って行ってもいいだろう。せめてもの弔いだ。雪の大樹、必ずお前たちをそこへ連れて行ってやる。
出来るなら奴らと、またバカ話をしたかった。
目の前には屍山血河。否、陸戦には血もなければ、死体も残らない。そこにあるのは鉄山油河と言った所か。自我が薄れてきた。もはやこれまで。目の前に機関銃などと言った軟派な武器を構えた陸戦がいることすら、理解するのがやっとだ。
鉄くずはもう、見飽きた。いつまで私はこの地獄で、引き金を引き続けるのだろう。やっとか。目の前が真っ暗だ。だが賞金稼ぎのカンか何かで、棍棒を構えた陸戦がいることは辛うじてわかる。
コイツなら、俺を止めてくれる。休眠も何もかも無視して、粉微塵にしてくれるだろう。
お前なら、最後の獲物にピッタリだろう。私が死ぬまで死んでくれるなよ。
瓦礫と炎の草原に、空を切る棍棒の音と機関砲の爆音だけが響いた。そして俺(私)は終わった。
時間の流れはわからない。一体どれだけ経っただろうか。目覚めた、というには語弊があるだろう。蘇った、でもない。俺たちは再び、造りなおされた。
ボディはあの軟派野郎の。四肢は俺のものだったが、奴の機関銃が先端に取り付けられていた。
そして自我も混ぜられたらしい。意識がはっきりとしない。
真っ黒で所々崩れている壁に囲まれたここで、俺たちは造られたのだろう。どうやら俺たちは、正規の陸戦から、違法存在へと成り下がったらしい。どんな気分だ賞金稼ぎ。自分が狩られる側に回った気分は。
「動いた……。成功だ!」
この若造が俺たちを好き放題したのか。俺たちは詳細をコイツから聞き出すことにした。機関銃をその若造に突き付け、質問をする。
「答えろ……。目的は……」
俺たちが勝手に動いたこと、そして死が急接近してきたことに若造は驚き、洗いざらい話し始めた。その姿は命乞いをする敗北者のようだった。いや、人間はこの戦いに負けたのだ。だったらこの若造は名実ともに敗北者であり、俺たちはそれに造られた違法存在というものだ。笑えるな。
「この混沌とした新世界なら、やり直せると思った。お前を使って俺をバカにしてきた奴らへの復讐と、力での支配! でも一から陸戦を造る力も金もなかったから、残骸かき集めてお前を造った。ただこれだけだ許してくれ」
新世界、か。この男は面白いことを言う。確かに第三次世界大戦からすれば、今は新世界そのものだな。俺たちにとって戦争とは、もっと静かで冷たいものであった。
軍事力で睨みを利かせ合い、戦花は咲かない。俺たちにとっての日常は、兵器の恐怖によって作られた平和だった。
その若造曰く、損傷していた俺の回路を修復しようとしたが、ちょうど軟派な奴の回路が損傷部を補う形で残っていたため、無理やりくっつけたらしい。ふざけやがって。
『なあ、いつまで私はこの指を止めていればいいんだ?』
「この若造を殺したところで何も変わらない。弾の無駄だ」
この手合いは放っておいても死ぬだけだ。俺たちはその若造を無視して、施設を後にした。
琥珀は西洋でも東洋でも、ともに宝として重宝された歴史があることを、彼らは知らない。




