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鋼女神話アサルトアイロニー  作者: ハルキューレ
海上編第三部~海上神秘~
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第二十六海路 6 相対的な悪

 八型改に乗り込んだ鬼丸とクリスタ。道中イナバ百式の改造のために持ち逃げした道具を運んでいたユナに出会い、それらを強奪してきた。その為彼らの足音は金属音の拍子を刻む。


「さて、何か言うことはあるかしら?」


「速めに陰謀なりゲロった方が身のためだぞ。お前の設計は知り尽くしている」


 二人はコックピット内の思い思いの場所にプラスとマイナスドライバーを突き付ける。


「さ、さあ? なんのことですか?」


「あくまでしらを切るんだな。おいクリスタ」


 鬼丸の目配せに無言で頷き手にもったマイナスドライバーをくるくると回転させ始める。そしてそれをそのまま、内部カメラに近づける。


「え? ちょっと何してるんですか? あ、まってまって待ってください! カメラは!」


「まず視覚、次に聴覚。嗅覚……が存在するのかは知らなけど、その後はそのやかましい口ね。予告しておくわ」


その姿に背筋を凍らせた鬼丸、ついさっきまでは冤罪のきっかけを作った八型改に怒り心頭であったために気付かなかったが、クリスタを不機嫌にさせると大変なことが起きる。

 現に、彼女の行動は相手が人間だった場合、取り返しのつかないことになっている。やはりあのあだ名、紅の天使(ブルート・エンゲル)は伊達ではない。

そんなことを再確認していると、不意に端末が鳴る。新井だ。


「も、もしもし本部長?」


 クリスタへの恐怖で、声が若干上ずっている。


「あ、そこはダメッ。飛んじゃいます、データ飛んじゃいます……」


「やかましい。先にスピーカー消した方が良さそうね。アタシ、悲鳴は好きじゃないの」


 後ろでは、様々な勘違いが起きそうなやり取りが行われている。更に変な汗が鬼丸の背中を冷やす。


「……少し面倒なことが起きた。今すぐコハクの場所まで来い」


(無視した! この人強い)


 新井がツッコまないことに安心した鬼丸は、息を漏らした。


「……どうせクリスタとモドキもいるのだろう。一緒に来い」


―――


「面倒とは言ったものの、大体予想はついていた。端的に言うと、このまま拘束をし続ける他ない」


海に浮かび、鎖で拘束されているコハクに立つ新井の話によると、手は尽くしたがコハクの回路を解析することが出来ない。その為それを破壊するための電波も流せない。

八型改は、手のひらを夜空に向け、二人の足場となっている。

 その話を聞いたクリスタが、何かに気付いたように呟く。


「それで、鬼丸……」


 自分の名前が呼ばれた理由が分からず、聞き返そうと振り向くと、そこには今まで見たことのない表情をするクリスタがいた。なにか芯が抜けているような顔をした彼女に、質問を戸惑ってしまった。


「でもあれは危険過ぎます!」


「しかし今、彼に頼る他はないことくらい理解しているだろう」


 表情を一瞬で怒りに染めたクリスタが勢いだけで新井に怒鳴る。それに対し新井は終始落ち着いている。まるでこのやり取りに台本があるか如き落ち着きであった。


「でも、確実性もありません。再現性が低いものを、アタシは事実と認めません」


 自身の胸に手を当て、必死に何かを訴える。


「再現性が低いのなら、あのような結果になることはないだろう。何をためらう?」


「それは……」


 図星を突かれたのか、言葉を詰まらせる。この時初めて、クリスタが口で負けた瞬間を見た。理論武装を完全にした彼女に対抗するには、負けを認めて頭を下げるか、皮肉の通じないマヌケになるかのどちらかだった。

 しかし新井は、真正面からクリスタを受け止めた。


「そもそも再現性が低いのだろう。お前が危惧している事態が起こらないと自分で言っているのに、なぜそんなに焦るのだ?」


 声すら出ない。クリスタは下を向いた。その姿は鬼丸を見下すそれとは、決定的に違う。


「状況が理解できない。説明求む」


 あれだのあのだの、指示語ばかり使われていたため、鬼丸にはさっぱり理解が出来ない。彼は手元の端末から八型改に問いただす。

 しかし彼女も口を開こうとしない。


「モドキに聞いても答えは出ない。何なら私が教えてやる」


 目に影を落とした新井が鋭い声を投げつける。その声にはどこか、とげがあったように感じられた。


「ッ、それは待って、待ってください……ウチが説明します」


 八型改が口を開いた。依然としてクリスタは口を開く素振りを見せない。


「……元はと言えば、お前たちが説明しなかったんだ。自分の始末くらい自分でしろ」


 そう告げると新井は背中を向けた。大きく溜息をつき、一仕事終えたような雰囲気を醸し出す。


「鬼丸クン、アレッサンドロに触れた時のこと、覚えていますか」


「……黙りなさい」


 いつも通り、キレのある声でけん制をするクリスタを無視して、八型改は続ける。


「鬼丸クンがアレッサンドロに触れて気絶したあと、彼の回路は機能を停止させました」


「黙りなさいって言ったのが聞こえないの‼」


 顔を勢いよく上げ、白き巨体を睨むクリスタ。

 普段、といってもここ数日だが、八型改とクリスタの間には、信頼関係が築かれていたと感じていた鬼丸には、この光景が異様すぎて理解が出来ず、立ち尽くしていた。


「ウチたちは君が、陸戦の機能停止に関わりがあると考えています。危険しかありません。でも今は、これしかないのです」


 あえて抑揚を押え、淡々と話す八型改。彼女の説得を諦めたクリスタはすぐさま鬼丸の右手を掴み、握られていた端末を足元へ払いのける。


「ダメよ鬼丸。何があるかわからない以上、アンタが危険を冒す必要はないわ」


 必死に訴えかける。肩を上下させ、何が何でもこの手を離さない。そんな意思が感じられる。


(アレッサンドロに触れた後見たあの夢、あれはもしかして夢じゃなくて……。ならなおさら)


 鬼丸はクリスタの両手に左手を当て、落ち着かせる。そのまま足元の端末に向かい、いくつか質問をする。


「俺が気絶したあと、奴の回路は停止した。他の要因とかは当然検討したんだよな」


「現場でアレッサンドロを監視していた職員の話では、それ以外変わったことはないと」


 質問のたびに取り乱すクリスタを抑えながら続ける。普段冷静な彼女がここまで焦るのだから、相当危険なのだろう。

 それもそのはずである。実際彼は、陸戦に触れただけで意識不明の重体になってしまった。前回目覚めたからと言って、今回もそうとは限らない。それこそ、奇跡だ。


「俺しか出来ない。お前はそう考えているんだな」


「現状、鬼丸クンが頼りです。悔しいですが、ハイとしか言えません」


 この頃から、八型改の声に感情が戻ってきたように思えた。そしてクリスタも、落ち着きを取り戻し始めた。

 きっと二人は、自分を不安にさせないために、あえて話してくれなかったのだと理解した。上手く誘導して、スリープモードの陸戦に触れなければいいだけの話。


「……わかった。やろう」


 鬼丸はクリスタの手を解き、彼女が何かを言う前にコハクの頭部へと降りた。そして腕をまくり、コハクの表面に手をかざす。


「……本部長、それから八型改も。何があるかわからないんだろ。危ないから離れてくれ」


 あの日見た夢。あれは夢ではなく、アレッサンドロの記憶だ。多分だけど、間違えはない。それならきっと、コハクに触れればコハクの記憶も覗ける。

 きっと彼の記憶は、相当過酷で悲しいものだろう。存在を認められない違法存在。そんな記憶を見せられて、果たして冷静でいられるだろうか?

 そんな不安から、鬼丸は彼らを遠ざけるような言葉をかけた。しかし、その言葉に従い距離をとるものは一人もいない。


「寝言は気絶してからにしろ。貴様が倒れたら、誰が島まで運ぶと思っているんだ」


 気絶は確定なんだ。


「鬼丸クン一人に戦わせはしません。クリスタさんも……それでいいですか?」


 端末を拾い上げたクリスタは、黙って首を上下に動かすだけである。視線はこちらに送ってくれない。


「……さっきは、大声で怒鳴ってしまい、ごめんなさい。それから、辛い役回りをさせてしまったことも謝罪するわ……」


 小さく、ぽつりと八型改に何かを言ったように聞こえたが、ちょうど波がぶつかる音にかき消され、鬼丸には聞こえなかった。


「大丈夫です。ウチに出来ることをしたまでですから。仲間なんですから、助け合ってナンボです!」


 声を高くしてクリスタの謝罪を受け取る姿に、鬼丸は心の底から安心した。新井も八型改も、事実を伝えるために悪役にならざるを得なかっただけである。そしてその悪役も、先程までの取り乱したクリスタから見た、相対的なものでしかない。


「それじゃ、始めるぞ」


 コハクの透き通った琥珀色の表面に手を触れようとした瞬間、前回のことを思い出した。前回自分の意識が帰って来られたのは、あの左手があったからだ。ならば今回も。

 振り返り、手を伸ばす。


「クリスタ、手を、握っていてくれ」


ここまで読んでくださりありがとうございます。感想、評価を何卒お願いします。レビューもお待ちしております。

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