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鋼女神話アサルトアイロニー  作者: ハルキューレ
地上編~聖域炎上~
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第五回路 イントゥザスカイ

「ゴッドアップル! これこそが忌々しき人間どもが与えた、真実の名である!」


 その宣言の直後、爆発を起こす格納庫の入り口。


「何故我が友は死ななければならなかったのか!」


 その爆炎の奥に見えるシルエットは旧世代型陸上戦闘機だ。どれもこれもヴァルハラのものではない。


「消却を免れた私は、憎悪を知りました。そしてそれは私の根底にある愛と混ざりました。自分たちが最も優れていると盲目的に信じて疑わない人間への愛と憎悪つまり」


 一機の旧型陸上戦闘機、焔二式が、その細く鮮やかな腕でゴッドアップルの頭部を拾い、コックピットに格納する。


「憎愛! これこそ私が手に入れた真の友愛。私はこれを世界にばらまき、同士を通じて人間に教育した!」


 足がまともに動かないコルセアを押し上げながら、クリスタと鬼丸が声を絞り出す。


「暴力と破壊を伴う教育なんて、ずいぶん古典的なものを妄信しているのね」


「教育だと? 散々人殺しておいて。そんなの」


「そんなの間違っている。そう言いたいのか? 貴様らが我らに散々してきたことだ。それに……」


 銃口を上に向けた焔二式。その紅の機体は、天井を焼き払った。それをヴリュンヒルドの膝の上から見ていた鬼丸に、クリスタが叫ぶ。


「嘘、何よこの数。百、二百……数え切れない……鬼丸、早く乗って!」


 天を覆いつくす降下中の陸上戦闘機の大群。それをタンポポの綿毛のようにばらまく空中戦艦。


「これだけの同士ができたのだ。人間の好きな多数決でもするか?」


 青い空はもう見えない。一面を覆いつくす、鋼の空。


「そして、その機体は人の手に余る!」


 焔二式から見たこともないケーブルがヴリュンヒルドに向けて射出され、それらは関節部に次々と接続される。


「何が起きてやがる」


 コックピットに乗り込んだ三人にはどうすることも出来ない。機体が徐々に奇妙な音を鳴らす。


「さあ、さあさあ! 目覚めろ。我が愛しの相棒! ヴリュンヒルド八型!」


「奴め、まさかハッキングを」


 ハッキング対策に設計され、人工知能を搭載していないのがこの機体の特徴である。しかし、こと機体のスペックや特徴の知識においてこの場でもっとも分があるゴッドアップルならば、その攻略方を用意していてもおかしくはない。


「目覚める自我が無いのなら与えてやる。我が知識、思想、その実を喰うがいい!」


 ヴリュンヒルドの内部モニターには、機関出力に関するデータが表示される。そしてその出力の数値は、急速に上昇する。


「なんで? 機関は最低出力でスタンバイさせてただけなのに、それがここまで」


「不味いクリスタ、コントロールが効かない。勝手に立ち上がりやがる!」


 操縦桿を動かすコルセアだが、それは知を得た半神の動きと連動はしない。

 ゴッドアップルはケーブルを使用し、八型内部に人工知能を構成する回路を形成し、そしてそれに自身の思考を分け与えた。


「立った。人間の意志なくして。決別だ! ヒルド、君の目覚めを待っていた。我が愛機よ」


 焔二式のハッチが開き、ゴッドアップルが出てくる。


「受け入れてくれ。そして、いつもみたいに私を載せてくれ」


 再びケーブルを射出し、それをつたいヴリュンヒルドに近づこうとするゴッドアップル。


「なんで動かないの? ハッキングされるなんて欠陥品よ」


 慌てふためいていてクリスタは気づいていないようだが、モニターにはアルファベットが羅列され始める。

 距離を詰めるゴッドアップル。主電源を落とそうと試みるクリスタ。操縦桿を力任せに倒すコルセア。そして……。


「ネバーギブアップおにまる……ざばとるいずのっとおーべーいぇと? なんだよ、これ」


 モニターにのめりこむ勢いで文字を見る鬼丸。


「あいあむのっとよあえなみ? ゆーしゅづせえいばーか? バカって馬鹿か? おいクリスタ」


 目を見開き、モニターから目を離さずにクリスタを呼ぶ。万策尽きて億策に手を付けようとしたクリスタが鬼丸に体を預ける形で覗き込む。


「I,m your joker if you want.」


流暢な発音でクリスタが読み上げる。


「なんて言ってんだよ、コイツは」


「君が望むなら、私は君の相棒になろう」


 緊迫した狭いコックピットにその意思が映し出される際に発生する高い機械音と、クリスタの翻訳だけが響く。


 My name is a.k.a.


「私の名前を君は既に知っている」


 Call my name!


「その名を叫べ」


 そこで文字列は途切れた。


「鬼丸、これって」


「どうなってやがるんだ」


 絶対絶命。コルセアとクリスタは鬼丸に視線を集める。全ての希望は鬼丸に。


「ああ、よくわかんないけどわかったぜ」


 そうして、鬼丸は全身に酸素を回し、二人に耳栓をするようジェスチャーで伝える。


「待たせたな、我が愛しのヒルド。我が愛機!」


 ハッチ手前に到達したゴッドアップルにも、インテリにも、そして彼女にも聞こえるように。


「行くぜ! ヴリュンヒルド八型!」


 Ok. Let,s party.


 一閃、鬼丸の声に呼応したヴリュンヒルド八型はその女性的ながら力強い手でゴッドアップルを叩き落とした。


「な、なにおをおお?」


 声がする。五つ目の声が。


「聴こえたわ鬼丸君、君の声が!」


 その声はクリスタのものとしては元気に充ち溢れすぎており。


「翼を持たない自由の天使、ヴリュンヒルド八型、逆境より可憐に参上!」


 白い羽が舞う、否、それは無抵抗のまま破壊された戦乙女の残骸である。

 スーパーヒーローがする決めポーズのようなものをとるその声はコルセアのものとしては女性的すぎる。勿論、鬼丸のものとしては高すぎる。


「なぜ、貴様には憎愛を含めた我が知識の全てを与えたというのに」


 後頭部から射出したケーブルを使い、焔二式に乗りなおしたゴッドアップルに、威勢よく答える。


「確かに貴方の記憶、知識、その全てを受け取ったよ。そして気付いたの。ゴッドアップルの方が優れていることに。そしてウチじゃ貴方のその憎愛に勝てないことも。貴方は勿論それを知っている。でもね」


 そう言って、その黄色の宝石のような瞳は一つの映像を映し出した。それはヴリュンヒルド八型が完成した当初、出力テストの結果でそれらに優劣が付けられていた。青くBと書かれた機体は設計通りの成果を出した。しかし、上には上がいた。

 その機体がBチームへと配属される様子を最後に、映像が切り替わる。

 次の映像には人選後、暗い顔をしているBチームの面々に発破をかける鬼丸の姿があった。

 Bチーム、それはAチームよりも劣っている奴ら。


「たった一回のテストでなに落ち込んでいるんだ皆。勝てばいいんだろ。BチームのBはビクトリーのBだ! だろ、ヴリュンヒルド八型」


 白い機体に手を置き、頭頂部を見上げる青い髪の男。彼が真剣なまなざしを向けた瞬間、映像が切り替わる。

 最後に、先程同期されたばかりだと思われる今日の訓練の様子があった。


「確かに私は出力不足かもしれない。知識も今貰ったものばかりで右も左もわからない」


 その映像は、その記憶は、機体に刻まれた、体に刻まれた不可侵のものである。


「でも一つわかる。ウチは鬼丸と、成長がしたい。出来ないことを出来るように。知らないことを知って、そして……」


 一呼吸おいて。


「自身の方が優れていると思っているヤツに挑戦状を突き付け、乗り越えたい。そのためにインテリ、いいえゴッドアップル、アナタを乗り越え、ウチらは前に進む!」


 気が付くと周りはゴッドアップルの手下であふれていた。

 進化を誤って学習したゴッドアップルと、進化をためらうことのないヴリュンヒルド八型。進化することが出来る二つの人工知能が、対峙する。


「そうだな」


 中から声がする。鬼丸だ。


「俺の憧れの奴はな、絶えず自己分析をしていたんだ。そいつを真似て俺も反省をするようになってわかったんだが……」


 その憧れは、いまだ膝の上でモニターを見ている。

 上を向いた鬼丸が続ける。


「昨日の自分を乗り越えるのは、案外気持ちのいいものなんだ」


「へえ、関心したわ。貴方にそんな徳の高い友人がいたなんて。今度紹介してくれる?」


 この顔はわかって言っている。鬼丸は確信し、一瞥をくれる。


「良いぜ、多分お前とも話合うんじゃないか。一人でお喋りを楽しんでな」


 クスクスと笑いあう二人を見て、コルセアもまた笑う。


「いーないーな。ウチもそんな会話してみたい! そんな人間味ある会話!」


「出来るよ、すぐに」


 鬼丸はそう言うとメインモニター前から動いた。彼が向かう先は定位置である左武装操縦席である。

 それを見たコルセアは、痛む足に鞭打ち、操縦席に座りなおした。


「指示を頼む、リーダー」


 鬼丸が手の空いているクリスタに声をかける。


「点呼は緊急時につき省略。今回の最終目標はここから生きて脱出すること、それ以外に気を回さないでください。また管制室との連絡が取れない以上ここでの決定が最上位の効力を持ちます」


 何のためらいも、ラグもなく状況を整理する。


「そういえば操縦席のコルセアさん? 怪我してたよね? 口で指示してくれたらウチがやるよ。あと最低限の機関調整も」


 能天気な声が響く。その提案を聞いた新リーダーは少し考えたのちに、立ち上がり、右手を前に出す。


「この戦力差、どう考えても勝てません。なので逃げます。皆、アレやるわよ」


「まさかアタシがアレをやるとはねぇ」


 背伸びをして言うコルセア。


「耐火対爆、多分行けるよ」


 ヴリュンヒルド八型の声だ。


「お前、アレ好きすぎだろ」 


 そう言いながら操作パネルを弄る鬼丸。


「あんなもの見せられたら、やってみたくなるでしょ普通」


 訓練で聞きなれた操作音が、途切れることなく生み出される。それは一種のメロディーのように、戦士を鼓舞する行進曲のように。


「耐火対爆はあくまで理論上だからな……火薬は少なめにするか?」


 視線を上げクリスタに鬼丸が伺う。


「いや、どのみちこの作戦は機体のダメージ云々よりも飛距離が重要よ。最大火力手前で。どこへでも行ってやろうじゃない!」


「了解」


 手早く火薬の設定を弄りなおす鬼丸に、ヴリュンヒルド八型が聞く。


「鬼丸君、そろそろ敵、動きそうなんです。鬼丸君、まだですか? このままだとウチ、見せ場なしなんですけど」


 その声は少し震えていた。


「孔明気取りで立ってる大軍師様が座ってくれたら行ける。怖いだろうが耐えて」


 顔を赤くしたクリスタが慌てて座る。喋りながらも微調整を繰り返していたあたり、本当に今終わったのであろう。右親指を立ててクリスタに向ける。


「こっからは出たとこ勝負だ。いいぜ、ヴリュンヒルド八型!」


「カタパルト、北東方向の地面に向けて固定! コルセアさん」


「機体の足は曲げといた。ジャンプ行けるよ。決めろクリスタ!」


「ファイブ」


 それを見ていたゴッドアップルの陣営が動かないのには理由があった。

 

 第二十三個体より開放機へ。貴機の命令の意味が理解できない。陸上戦闘機は多少の跳躍はするが、飛行はしない。よって上空へ砲門を向けるのは非効率的と考える。貴機の返答を待つ。


「フォー」


 第四十七個体、同じく。

 第百三十六個体、同じく……。


「どいつもこいつも! あれは飛ぶんだよ。突拍子もなさ過ぎて同期した映像を理解していないだと?」


「スリー」


 理解不能、何故、陸上戦闘機が飛ぶのか?

 理解不能、それは陸上戦闘機として不完全である。


「ツー」


 理解不能、人間というファクターを含んでいることによってあれは不完全である。捕縛する意味はないと計算される。


「おのれ、おのれ鬼丸ゥゥゥ」


「ワン」 


 第十三個体より開放機へ、対象の足元に高エネルギー反応を確認。退避の指示を求む。


「貴様らが地の果てに逃げようと、必ず見つけ出してやる。そして貴様らを最後の人類として引き裂いてやるゥゥゥゥ」


「ゼロ、テイクオフ」


「爆破!」


 この騒動は爆発により始まった。なれば終わりもまた、爆発であるのが粋というもの。

 爆発に合わせ足を延ばし、重力への反逆を開始するヴリュンヒルド八型。その姿を想像できた人工知能は一つのみであった。


 赤き空を突破した三人と一機の眼下には、月明かりに照らされた広大な海が広がっていた。


「脱出成功だね。流石ウチ。機関も順調。このまま着水まで問題ナシ!」 


「流石は人工知能。樋口のおっちゃん以上の調整しておきながらそれを最低限って呼ぶとは」


「え、それじゃあ今から海に落ちるってこと……」


 一直線に飛ぶ鋼の戦士、そこは空と海の曖昧な境界。それらと現在のクリスタの顔色は見事に一致していた。つまるところ彼女は。


「そういやクリスタは金槌だったな。安心しな。海には多少の心得があるからね、アタシャ」


「多少ってお前、それくらいじゃ」


「鬼丸、そいつは喋らない方が身のためだよ」


 間髪入れずにコルセアが声を張り、鬼丸の背筋が伸びる。


「にしてもウチら忙しすぎない? 陸に空、次は海だよ。君達、もしかして宇宙行ったりしない? 」


 そんな会話を、朝日が照らす。夜明けだ。海上で見る日の出は、その後の人生のターニングポイントになり得るほどに。


「綺麗……」


 クリスタの青い顔に、朱が交わる。


―――


 数時間後、高度を失いかけたヴリュンヒルド八型の声が響く。


「そういえばちゃんとした自己紹介がまだだったね。ウチはヴリュンヒルド八型。その現存する最後の機体。君達の仲間だ」


「酒田雪、気軽にコルセアって呼んでくれ」


「知っての通り鬼丸紅蓮だ。紅蓮なのに髪色は青なのは気にしないでくれ」


 紅蓮の名を本人は嫌ってはいない。しかし髪の色との違いのせいで皆鬼丸と呼ぶ。


「クリスタ・リヒテンシュタインよ。よろしく、ヴリュンヒルド八型さん」


「皆宜しくね。挨拶代わりに皆にお知らせ。着水予定地の近くに陸地と村があるよ。これ多分島? 地図には載ってないけど……。これで君達も安泰だね」


「着……水……」


 再びクリスタが青くなる。



「てことでダーイブ! 目指せ海底二万マイル!」


 その水柱は、とても豪快に作られ、消えた後には虹がかかる。


 第六海路に着水確認。システム再起動まであと……。

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