第二十六海路 5 なんだかんだ似た者同士
やばいヤバいヤババイバイヤバい。鬼丸はそんなことを思いながら、音を立てないように立ち上がろうとする。
時を遡ること数十分前。急用が出来たと言い八型改が端末との接続を切った。入れ替わりのようにやって来たユナと雑談をしながら風呂に浸かっていた所、接続が切られたはずの端末から声が聞こえた。不思議に思い話の内容を聞いていると、八型改の口から数々の爆弾が発射された。おまけにあのエリート様は精神異常者に認定してくる。
(自分だって他企業との合同作戦の時に倉庫で陸戦に話しかけてただろ)
そんなことを思いながらも、その話から耳を離さなかった。ちなみにこの時ユナは既に風呂を上がっていた。なんでも長湯はあまり得意ではないらしい。
「ウチと一緒にこれからも戦ってください!」
女湯へと向けられた言葉に、それをわかっていながら返事をした。
「当たり前だろ。ここまで来たんだ。最後まで一緒だ」
鬼丸にとってヴリュンヒルド八型は仕事道具であり、戦う力であり、そして心の支えにもなっていた。生死を共にした仲間とも、相棒とも違う。まるで自分の一部のようで、それでいて自分以上の存在。
そんな存在に頼み込まれて断れるほど、鬼丸は計算高くはない。生死の天秤にかけたとしても、彼は八型とともに行くだろう。
「最高の気分よ」
「アイツはもっと素直になれないのかよ」
素直になれないという点で、彼女と自分は似ている。その為強くその発言を批難することは出来なく、少し自嘲気味に呟いた。
鬼丸クンも大概ですよ。そんな八型改の声が聞こえた気がするが、空耳だろう。しかしこの時、異変に気付くべきであった。そもそもなぜ、八型改と女性陣の会話がこうして聞こえているかなど、議論の余地は十分にあった。しかし疲れていたためか、普段なら考慮できるそれらをスルーしてしまっていた。
「喧嘩上等、やってやろうじゃない。アタシもアイツに借りがあるから。その喧嘩、乗ったわ!」
「レディースかなんかか? エリートだったり忙しい奴だな。……ま、俺もだけど。安心しろ。戦の天才は、喧嘩にも強いんだぞ~」
体をだらけさせ、そして再び自嘲気味に呟く。なんとなく月に向かって手を伸ばしたくなった。湯から手を出し、綺麗な月に手を伸ばす。
「それと鬼丸クン!」
「ハ?」
何故今、自分の名前が呼ばれた? まさかこれ、向こうに聞かれていたか?
「「ハ?」」
「え? 兄さん何処?」
そして現在に至る。
(不味い不味い。偶然とはいえこれは一種の盗聴。アイツらの反応的にこっちの声は聞こえてなさそうだが、今の一瞬で警戒が強まったと考える方が自然だろう。物音は厳禁だ)
今すぐここを抜け出し、速攻で髪を乾かすことでアリバイを作り、八型改の勘違いとする。鬼丸が立てたシナリオはこうだ。
疲れとちょっとしたパニックで、真実を話して謝罪するという選択肢まで思考リソースが回っていない。最も気がついたらそっちの声が聞こえていたなんて、クリスタは信じないだろう。
「ねえ、鬼丸? いるんでしょ」
なだめるように、優しいクリスタの声が脱衣所の戸にかけた手を打ちぬく。
「ただどうしてこんなことになってるのか、アタシはそれが知りたいだけなの。ね、話なさい。怒らないから」
透き通るような声が壁を貫通し、圧を掛けてくる。その不思議と聞いていたくなる声に制された鬼丸は、壁の前に土下座をし、陳述を始めた。
何度も言うが鬼丸は、疲れで正常な判断が出来ていない。
「すいませんでしたァアァァァ」
反射的に大声で謝る。
「……声的に、頭は下げているようね」
何アイツ、音の反響で相手の姿勢わかるとかソナーかなんかかよ。そんなツッコミも、皮肉も言えないくらいに錯乱していた。
「んで、どの辺から聞いてたの?」
クリスタの声にドスが帯び始めた。
「八型改が俺の過去曝露している所とか、ですかね。いやでも、これは俺がやろうとしたことではなく……」
ふと、口が止まった。いやなんで俺、頭下げているんだろう。そんな考えにやっとたどり着くことが出来た。
「おいちょっと待て。俺も気がついたら声が聞こえていたんだ。これは自然現象だ」
「……なに、じゃあこれはアンタの意思じゃないの?」
クリスタが自身の口に手を当て思考を始める。彼女は鬼丸がこんなしょうもない嘘をつく人間ではないことを知っている。
嘘をつくくらいなら開き直り、勢いで押し通しそれを真実に変える。アイツはそういう奴だと確信していた。
「その通りだ! なんだったらさっきまで一緒に居たユナに証言してもらってもいい。俺に不審な動きはなかったはずだ」
「いかにも……ね。それじゃ……ない」
急にクリスタの声が遠くなった気がした。
「アンタ死にたいの?」
何故だかそこだけはっきり聞こえたが。
「すまんクリスタ、よく聞こえない」
とりあえず事実を伝えた。それ以降、彼女は黙り込んだ。その間に、事実を整理する。まず第一に、この通信端末が勝手にクリスタの端末と繋がっていた。そして次に、急用が出来たと言って帰っていった八型改が女湯に居た。
そして今、クリスタの声が小さくなった。
「まさか、あの子!」
クリスタが驚いたように大声をあげたことで、全ての黒幕が判明した。鬼丸も立ち上がり、転ばないように気を付けながら脱衣所に向かう。
急いで体を拭いて、タオルを首に巻き手早く着替えてそこを後に駆け出す。
「アイツか!」
青い暖簾をくぐり外へと出る。カイナ島と言え夜は冷える。そんなことを感じる暇もなく、全力で走り出すと、右を並走するクリスタがいた。
「最初から気付くべきだったわ。実態を持たないってこうも恐ろしいのね」
「な、これで俺の疑いは晴れた。奴をしょっ引くのに協力してくれ!」
息を切らしながら、契約を意味する手を差し出した。
「上等。人間の恐ろしさ、思い知らせてやるわ」
その手を強く握り、足を速める二人。黒幕の触媒である端末は沈黙を貫いている。ならヤツは、あそこに。
「「八型改ィ!」」
いつまでも素直にならないからですよ。少しは反省してください!




