第二十六海路 3 誕生日のない少年
「それで、何しに来たの? 不愉快な講義は終わったの?」
五右衛門風呂に入ったクリスタ。ちょうどキルとコルセアに挟まる形である。自身が馬鹿にされたことに苛立ちを覚えている彼女に、コルセアは申し訳なさ半分、そしてもう半分は致し方なしな口調で答える。
「いや、申し訳ないとは思っている。ただそれ以上に水難事故はとても危険なんだ。アタシの仲間はそれで何人も死んでいった」
「だからって人の要旨をどうこう言う必要ある?」
このやり取りは比較的よく発生しているため、クリスタは半ばあきらめたように切り替える。
「でもクリスタが沈むビート版なのは確か。キルは、阿蘇山?」
自身の胸部とクリスタの胸部を見比べ、ちょっとした比喩を口にするキル。彼女の発言は割と的を射ていた。唯一と言ってもいい違いと言えば、ビート版にしては膨らみの部分が上にあり過ぎていた。
「その顔、悪気がないのがまた厄介ね」
それ以上の追及を面倒くさくなり放棄したことにより、三人の間には沈黙が訪れた。流れる湯が波紋を作る音だけが、夜空に反響している。
少しして、コルセアが思い出したかのように声を上げる。
「あ、そうだ。アイツのこと忘れてた!」
「何よ急に大きな声出して」
コルセアはクリスタを無視して、自身の足元に置かれた桶を持ちあげる。
「それって、アタシの端末?」
そこには鬼丸が持っていたものと同型の通信端末がタオルに巻かれて入れてあった。
「さっき脱衣所から声がするから見に行ったんだが、八型改が入れろって言っててな」
そう言いながら、クリスタに桶を手渡す。自身の荷物を勝手にあさられていたことに対して、睨みはしたが言及しても無駄なことを知っているため、小言は控えた。
「次から一言言いなさいよ」
側面に設けられた加圧式ボタンに力を軽く掛ける。新井の話では、防水機能もあるため風呂場でも安心だ。
「あ、やっと繋がりました。どうですかそちらは」
「上々よ。こっちに来てから中々気が休まらなかったから、こういうのはありがたいわね」
アイツらを休ませておけと言われた八型改は、パイロットの面々にここを案内した。以前からメンテナンス作業に従事していた技術部の面々に、この島での過ごし方を聞いていたため、すぐにここを提案することが出来た。
ちなみに未だ島民とは一定の溝があるため、一番空いている時間帯に面々を案内した。
「そう言ってもらえると、このお喋り機能も捨てたものじゃありませんね」
人工知能にとって、音声出力機能は必須ではない。大昔には接客業務に従事していた人工知能も多く、その頃には必要とされていた機能であるが、陸戦においては必須ではない。そのためコハクにも焔シリーズにも音声出力機能は警報くらいしか搭載されていない。勿論、ヴリュンヒルドシリーズにも。
「この機能、ウチが作ったんですよ。きっとこれから皆さんとの意思疎通が必要になると考えまして、本部格納庫で必死にプログラミングとか調整とかしたんですよ」
そのことを誇らしげに語る八型改に対して、クリスタは少しだけ表情を曇らせた。彼女の自我を目覚めさせたのは、敵であるゴッドアップルだった。いつまで彼女が協力的であるかすら不安と言っても過言ではない。そんな彼女が、自身の機能を拡張出来ることが今、はっきりと証明されてしまったのである。
「だからあの時は始め、字面で伝えてきていたのね」
八型改の言動に不審な点がないかを振り返る。そんなことをしても、現状は変わらないことは知っている。今回の戦いで、追加のパイロットが使い物にならないことは証明されてしまったため、彼女の力がどう転んでも必要である。
「そうですね~。あの時は皆さんに何としてでも味方であることを伝えたかったので、音声機能が完成するまでは字面で場繋ぎをしていました」
「もう一回、確かめてもいい? 貴方がアタシ達と戦う理由」
「……それはーー」
―――
「あ、紅蓮さんお疲れ様です! どうでしたか、俺のイナバ百式!」
一方男湯では、露天風呂に入っていた鬼丸の元へ、ユナが掛けてくる。彼は一般的な中高生のような肉体をしていた。日々訓練に励んでいた(クリスタを打ち負かすために)鬼丸と比べればその起伏は見劣りするが、十分健康体である。
「走ると転ぶぞ」
背中越しに振り返り、足元注意を促す。その言葉に従い一旦止まったユナが、身長な足取りで石の淵を乗り越え湯に入る。その様子を、鬼丸は驚いたような顔で凝視する。
「なんスか? 一応体は先に洗ってありますし……」
自身の不作法を直すために、至るところを確認するユナ。しかしおかしな点は見当たらない。
「名前的に日本人、だよな。なんで何も言わずに入るんだ? いや、なんで何も言わずに入れるんだ?」
日本人なら湯に浸かれば独特な鳴き声が出るという話を、つい先ほどまで八型改としていたため、何も言わずに湯に浸かるユナに疑問が湧いた。
「あー、あの声ですか? ガキの頃は出していましたが、空母内は多国籍だったもんで、変な目で見られるんですよ。立場上虐げられていたから、それ以上に目を付けられる行動を避けるために出さないように矯正したんですよ」
「お前、大変だったんだな。今幾つだ?」
十代後半なことは何となく解る。同い年よりかは下なことも。あくまで直感だが。
「覚えていません。というか、誕生日すらあやふやなんです。艦の中で缶詰だったんで、曜日間隔とか今が朝なのか夜なのかもわからない状態だったんで、その辺の情報が段々と頭から消えていって……。大体十六とかその辺じゃないかとは思っているんですが」
鬼丸は驚愕した。民間か否かで、似たような仕事をしていたいわば同業者だと思っていた少年が、本当の地獄から来た人間だったからだ。
いや、地獄なんて生優しいものではない。あくまで生活の一辺を聞いただけだが、彼の表情から察するにそこは、恐怖だけが存在する虚無に近い世界であった。
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