第二十六海路 1 ここはカイナ島日之出島の湯
「いいか、絶対にカメラをつけるなよ」
「見ませんってば。自意識過剰ですよ鬼丸クン」
八型改がドックへと格納され、メンテナンス作業に入ってから三十分後。夜は深まり、空と海の境界が融解を始めた。
そんな中鬼丸は一人、日之出島にあるとある施設に来ていた。正確には通信端末に接続したヴリュンヒルド八型改もいるが。この日之出島は、カイナ島全体の五割近い電力を発電している。そしてその余熱は、今鬼丸がいる施設に利用されている。
そこは大きな凹みがいくつかあり、床は水はけのよいタイルが敷き詰められ、凹みにたまったお湯のお陰で、開放感ある吹き抜け構造でも寒くない。そう、そこは……。
「普通女湯行くだろうお前は」
「確かにヴリュンヒルドの名前のせいで女性のイメージを持ってるかもしれませんが、ウチには性別がありません。それに鬼丸クン一人は可哀そうだと思ったもので」
そう。温泉である。
「しっかしこんなに広いのに貸し切りかよ。隼人たちも来ればよかったのに」
鬼丸は周囲をぐるりと見回した。季節は冬。夜も深まり、いかにカイナ島と言えどそのままでは凍え死ぬ。しかし周りには、湯気が立ち込め、それが体を足元から温める。
「あー、まあ。あの二人はあのままにしておいた方がいいでしょう。シミュレーションでは、実際の戦闘で生じるショックは予習できなかったのでしょう」
帰投後、戦闘について行けなかったことへの反省や陸戦内の緊迫した雰囲気にやられてしまった大将と隼人は、今もなおベッドの上で横になっている。
「んじゃ、有難く使わせてもらうとするか」
鬼丸はシャワーとボディーソープで念入りに体を洗い流す。体の表面に纏わりついた汗が一気に流れる感覚が、一種の快感に変わる。
「……意外でした。鬼丸クンのことですから、てっきりカラスの行水かと。そこまで念入りに洗われるとは」
「喧嘩ならエリート様以外から買わない主義でな。それに日本人はDNAレベルで入浴のイロハが刻まれているんだ。神聖なる浴槽を、汗で汚せないからな」
膝の裏や耳の裏なども念入りに洗った鬼丸は、シャワーを止める。そしてふと目の前の鏡に映った青い髪が目に入る。その正面の一部は、赤く染まっていた。洗い流しても落ちない、赤色だった。
(ま、考えても仕方ないか。ちょっとしたオシャレだ。きっと今の若者にはこういうのが流行ってるんだ。そういうことにしておこう)
勝手に存在しない流行を思い込み、自分を納得させた。自分自身も二十歳で、十分若者であるが、ヴァルハラ職員としての激務のせいで普通の若者たちが行っているオシャレなどが、彼にとっては異常であった。
対陸戦戦での作戦立案、陸戦の操作、勉強、訓練……。彼にとっての普通は、普通の若者の異常であった。
とはいっても、陸戦の襲撃が激しくなって以降、この普通も異常な過去となった。
「DNAレベルで! ニホニズム、恐るべし……」
事実、日本人の未就学児が温泉を前にしたとき、体を隅々まで洗い始め、かけ湯をしてから入ったという研究結果が数十年前に発達心理学会を騒がせた。
体についた泡が全て落ちたことを確認した鬼丸は、木製の桶を手にかけ湯をしてから風呂に入る。
「ぐぁなぁああああ」
「ど、どうしたんですか急に! 怪我でもしましたか?」
「すまん。今のは湯につかった男の鳴き声だと思って貰って構わない」
人それぞれだが、緊張から解き放たれた人間、特に日本人は湯に浸かると、独特な鳴き声を発する。
「そうですか。ではウチもそれに習って」
―――
「ぐぁなぁああああん」
「うわびっくりした。どうしたクリスタ、急に奇声なんてあげて。気でも狂ったか?」
そう心配の眼差しと危険物を見る目を同時に送るのは、クリスタの隣で湯に浸かるコルセアであった。
「日本人の性よ。気にしないで」
そう言いながら目を細くし、天井を仰ぐ。
「お前、ドイツ人じゃなかった?」
「育ちも戸籍もこっちよ。言うでしょ。氏も育ちもってね」
氏も育ちも。以前は氏か育ちか、と使われていたが、研究が進む中で生得的要因(よく言う生まれ持った才や遺伝)と環境的要因、両方が相互に干渉しあっていることが判明。二十二世紀には既にこの言い回しに変わっていた。
「本っっ当、今回もギリギリいい所よ。反省も対策もあったもんじゃないわ。あのイナバ百式がいなければ、まだ戦っていたわよ多分。彼……何て言ったかしら。まゆ、繭? 何とかさん」
眉間に皺をよせ、イライラした態度を露骨にするクリスタ。彼女はそれでも、負けていた、とは言わなかった。
「どうどうどう。ちょっとは落ち着けって。勝てたんだからいいだろ。何をそんなにイライラしてるのさアンタは」
「起こってないわよ。ただただ……」
あえてゆっくりと、力をためているように聞こえる。そしてここから、彼女に溜まった何かが、一気に顔を出す。
「まず陸戦を違法製造とかあり得ない。メンテナンスもまともに受けられないだけじゃなく、バレたら一発スクラップよ。そんなことが人のすることなの? そしてあのイナバ百式! どうして完成品に変なの付け足すのよ。ダサすぎるにもほどがある。しかも即席っぽいし、確認のために後で見させてもらおうかしら」
「お、おう。そうした方が良さそうならそうしな」
「大体、二機以上の運用前提のヴリュンヒルド八型を一機で運用するとかバカなのこの島は! まともな陸戦も、陸戦乗りもいない。ダイシャークは操作が特殊だから、シャークフォースを回してもらう訳にもいかないし」
「そ、そうだな」
自身の拳を力任せに水面に叩きつけて、波紋を作り出す。そんな彼女の目の前に、覗き込むような白いもこもこが現れる。
「クリスタ、言われたように体洗った。キルも入っていい?」
「まず泡を流しなさい。手伝ってあげるから」
少し呆れた態度で湯舟を上がるクリスタ。彼女に連れられ、キルはシャワーで泡を流す。
「そう言えばアンタ、なんで髪の色がコロコロ変わるのよ?」
泡を流したキルの青い髪を見て、思い出したかのように質問する。戦闘中は赤い髪の色をしていた。
「? キルもよくわかんない」
「嘘でしょ」
ここでどうこう言っても解決しないため、再び湯舟に戻る。
「にしてもキル、アンタ操縦席に座ると性格とか口調とか色々と変わるよな」
「ん、なんか気がアがる? とにかく変わる」
女子風呂も男子同様、貸し切り状態だったため、キルは全身をだらけさせながら答える。
「それだけじゃない。ここに来た時は鬼丸にべったりだったのに。実際風呂には来ないかと思ってたぜ」
「クリスタがいるから」
クリスタのマネをし、上を向き瞳を閉じるキル。その発言に理解が追い付かない二人。
「兄さんは、優しい。面倒見がいい。クリスタはその次に優しい。文句言いながらキルの面倒見てくれる」
「なッ」
驚き、体を起きあがらせ水しぶきを飛ばすクリスタ。その姿をニヤニヤした目で見るコルセアが、合点のいったような顔をする。
「確かに。発言とかで勘違いされがちだけど、なんだかんだ面倒見いいんだよなクリスタ。前はそうじゃなかったよな? 全く誰に似たんだか」
わかっていて、あえてコルセアは言及しない。彼女の身の周りで面倒見がよく、そして孤高の天才クリスタに影響を及ぼせる人物は、一人しかいない。
「ちょっと黙りなさいよ!」
「おやおや~」
「クリスタ、顔真っ赤。のぼせた?」
ここまで読んでくださりありがとうございます。これも王道?な温泉回です。歴史に漏れず、オチはしょうもないものを想定しておりますのでぜひお楽しみ下さい!




