第二十五海路 6 未知と既知
「誰にモノ言ってんだ。当たり前だ! 榴弾用意! 外側から食い破る」
ヴリュンヒルド八型改の左腕部からカタパルトが展開された。旧Bチーム用の機体にのみ搭載されたこのカタパルトを、鬼丸はよく艦砲のようにも使用していた。
改になったタイミングで武装が新井の手によって見直され、廃止される予定立ったが、八型改が鬼丸のために残すように懇願した非効率極まりない兵器が今、再び輝こうとしている。
「角度、信管、その他計算終わったわ。ただ偏差を計算したところで、奴のスピードに旋回が追い付かない。戦の天才ならカンなりなんなりで何とかしなさい」
「……そういやアレ、旋回性能あんま良くなかったな」
それも当然。敵性存在に気付かれている状態で使用することを想定していないため、旋回速度はかなり遅いものと言える。
「紅蓮さん! 今ヤツがいる場所を狙ってください!」
叫ぶようなユナの声が響く。
「偏差考えずに撃つのかよ。ルーキーじゃあるまいし」
そう反応するのは意外にも、コルセアであった。
偏差射撃をわかりやすく説明するのなら、移動している敵に弾を命中させるため、敵の移動する先に向けて撃つことである。
敵の移動速度が一定であったり、相手が戦艦のように大きければ大きいほど効果がある。しかしコハクの移動速度は未知数。機体も小さい。
「奴はあそこから動きません。というか動けません。だから当たります!」
その言葉の途中から、鬼丸がクリスタから提示された数字を機器に打ち込む。
「まさかとは思うけど、彼の言葉を信じるの?」
驚き、大きな声を上げるクリスタ。彼女の顔には、怒りに似た感情が現れていた。その驚きに、鬼丸は落ち着いた口調で応える。
「コハクの動きが読めない以上、これが最善だ。未知には未知を。ふざけた教育してやがるぜウチの会社は」
「確かに、新人研修でその考えはイヤというほど叩きこまれた。民間とはいえ軍のような組織の考えとは思えないわね。だからって、思考放棄にも程がある! 戦いなさい、鬼丸紅蓮!」
始めはゆっくりと、自身を落ち着かせるように語っていたクリスタだったが、鬼丸の行動を今一度考えなおし、そして認められないという結論に至った。
考えることを放棄する。彼女にとってそれは、逃げに変わらないからだ。
しかし、彼は、鬼丸紅蓮は違った。
「俺一人に押し付けるような言い草だな。俺なりに考えた結果だ」
「ふざけないで。アタシの数値をそのまま叩きこむことが、アンタの考えることだったら、とんだ天才ね」
「俺なりに考えた。そんでもって、お前を信じることにした。無責任な称賛を送らない、我らがリーダーを信じることにした。これが俺の結論だァ!」
大声とともに、入力を確定する。これにより、後は発射ボタンを押すだけだ。
自分の言葉を返されたようで、少しだけバツが悪そうな顔をしたクリスタであったが、少ししてから椅子に座りなおした。
「あっそ、それがアンタの結論だって言うのなら、証明しましょうか」
鬼丸達の議論の間、イナバ百式黛カスタムは空中ブランコの要領で前へと躍り出ていた。大きな飛沫を引き連れて、土木の化身が空を飛ぶ。
不思議なことに、イナバ百式黛カスタムが現れてからというもの、コハクの動きが鈍くなっていた。正確には、行動が完遂する前にキャンセルされ、再び別の行動に移ろうとしてそれがまたキャンセルされるといったことの繰り返しである。
「浸水してバグったかイリーガル! 喰らえ!」
ユナは手元のパソコンを操作する。直後、頭部に無理やり増設されたアンカーがコハク目掛けて射出される。
獲物目掛けて一直線に飛ぶ三つの爪は見事、コハクへと引っかかった。
「あのガキ! 一体何をするつもりだ!」
「オイオイ、あれって本当に工業用陸戦かよ。土木現場ってあんなにハードなのか?」
不安げに声を上げるキルと、少し呆れたような声で疑問を投げかけたコルセアに、
「そんな訳ないじゃない」
というクリスタの鋭い言葉が刺さった。
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