第二十五海路 3 破壊のオペラ
「機能回復! 話には聞いていたがとんでもねえな嬢ちゃん」
その言葉はコハクの絶え間ない連撃に耐えながら飛行機能を自己修復させたヴリュンヒルド八型改に向けられたものであった。声の主はその人間離れした技をデータ上で観測していた大将のものであった。
その声を聞いたキルが今度は機体に負荷を掛けないように慎重に飛び上がる。
「待たせた八型改。反撃開始だ!」
声を張り上げた鬼丸だったが、隼人がそれに水を差す。
「それが……非常に言いづらいんだが……」
言葉を選びながら慎重に話す隼人の代わりに、負担が軽減された八型改が続ける。
「コハクの攻撃が思った以上に強くて、真正面から受けた時に腕部に幾つかの損傷が……」
「腕部に?」
聞き返すように鬼丸が。
「損傷」
確認するようにクリスタが繰り返す。
「二回目くらいですかね? そのあたりから動きが鈍くなって。でも姿勢制御もしててそれを伝えるだけのリソースも無くて……」
申し訳なさそうに続ける八型改。機関部と飛行機能の修復、防御に姿勢制御と多岐にわたる仕事をしていたため、彼女は一時的に不要な機能を停止させていた。その一つが、自由会話だった。
「まあこれに関しては気付いたところでどうしようもなかったし、これからどうするかを考えましょう」
「そう言ってもらえると助かる」
この状況になってしまったことに負い目を感じていた鬼丸だが、クリスタのその一言で少しばかり気持ちが軽くなった。
「とにかく今の高度を維持し続けて。理由はわからないけど奴は半径三十メートルに入らなければ攻撃をしてこないみたい」
クリスタの指摘通り、コハクはヴリュンヒルド八型改が接近する前の、間合いを測るような動きばかりしている。
「それはずいぶんと都合のいい考えではないか?」
クリスタの考えに珍しく待ったをかけたのは、キルであった。彼女は高度を維持する操縦などお手の物とでも言いたげにつまらなそうな顔をしていた。
「そうなのか?」
鬼丸がクリスタの代わりに質問をする。クリスタ本人は今現在キルからの指摘を自身の中で考えているため、集中しきっている。
「半径三十メートル外なら安心とは、あまりにも造られているとは思わんか兄上?」
「人工知能なんだから当たり前だろ」
当然の答えである。読んで字のごとく、人に造られた知能。それを搭載したコハク自体も、違法とは言え造られた物である。
「ただ同時に陸戦は兵器だ。製作者は陸戦を守り、敵を破壊するために人工知能を搭載するだろう。なんせ我々はそれをやっていた人間の代わりに開発されたのだからな」
(気のせいか? キルの奴今、我々って)
言葉のあやかもしれない。鬼丸がそんなことを考え戸惑っていると、思考から明けたクリスタが何かに気付いたように大声を出す。
「急いでジグザグに飛んで! 射線が切れない以上、一定の場所に留まるのは不味い」
その直後、警告音がコックピット内を真っ赤に染める。
「コハク内部から異常な熱反応を確認。このパターン、ガトリング砲が来ます!」
「ビンゴ! キル、出来るだけ引きつけてから躱すんだよ!」
「任せておけ。行くぞ隻眼」
どうやら既にキルとコルセアの間には、一定の信頼が生まれているのか、息の合った操縦が行われる。
「来ます!」
金属音を奏でながら、コハクのガトリング砲が火を吹く。その高く、ビブラートのような抑揚は破壊のオペラを思わせる。
その鉛玉を、八型改は可能な限り引きつける。先ほどの第一射で八型改が計算した弾速などを元に、被弾ギリギリで翼を仕舞い下降をする。
「フェッ?!」
自身の苦手な海面に急接近したためにクリスタは、今まで出したことのないような声で驚く。
「安心しろ小娘。我が居る以上、墜落は二度とないと知れ」
髪の毛を真っ赤に染めたキルの操作で、ヴリュンヒルド八型改は引力に逆らう。
「全く、可愛い声出しちゃってエリート様は。万一があれば俺が岸まで運んでやるから安心しろ」
鬼丸の言葉に一瞬頬を赤らめたクリスタだが、すぐに頭を押さえちょっとした文句を垂れる。
「……心外だわ。アンタに心配されるなんて」
計算され尽くした行動により、ヴリュンヒルド八型改はガトリング砲の攻撃を躱す。その後はクリスタの指示通り、一定の場所に留まらずに飛び続けている。
「キル、さっきの話、フェイクがあってもおかしくない。そう言いたいの?」
「その通りだ。現に先ほど、奴は我々の分析を逆手にとった行動をしてきた。学習能力が高ければ高いほど効果が現れる形でな」
「でもそれって……」
「それこそ人類の驕りというものだ小娘。乱数を導入して……」
キルとクリスタは、コハクに搭載されたAIについての考察を始めた。始めはごく一般的な内容だったために皆理解出来ていたが、途中から専門用語の殴り合いに発展したため、大将と隼人は黙って自身の作業に戻った。
「話を纏めましょう。つまりあの人工知能は対人工知能用に開発されたものだと?」
「我はそう踏んでいる。なぜここにそんなものが来たのかは知らんがな」
その超次元議論に割って入ったのは、鬼丸であった。
「ちょっと待て、人工知能相手に、そんな高度な回路組むか?」
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