第二十五海路 2 だから彼は、無責任な称賛を受け取らない
「こいつは芸術作品なんかじゃない。ましてや天使でもなんでもない」
「こいつは第七世代型陸上戦闘機ヴリュンヒルド八型・改だ。勘違いすんじゃねぇ」
クリスタは鬼丸の顔が鬼の形相を成し、そして呼吸が激しくなっていることを確認した。彼は自身の腿を勢いよく叩き、戒めとしている。
「ハア、本当にアンタってバカね」
クリスタの研ぎ澄まされた一言が、鬼丸の耳を裂く。
「……てめぇ今なんつった」
低く、そして容赦のない一言がクリスタの頬を切る。しかし彼女はその傷口を嘲笑うかのように頬に手を着きひじ掛けに肘をつき足を組む。
「バカねって言ったわよ。耳掃除してる? 今度アタシがやってあげようか?」
目を瞑り、顔と心共に愉悦に浸るクリスタ。その言葉を鬼丸が聞き逃すことはなく、今にも立ち上がり彼女の胸倉をつかむ勢いであったが、隼人がそれを止める。
「落ち着け紅蓮。今は仲間内で争ってる場合じゃないだろ」
「あら、今度はちゃんと聞こえたようね。なら今から言うことを、よく聞いておきなさい」
クリスタはハーネスを外し立ち上がる。彼女の向かった先は左斜め後ろに座っていた鬼丸の前であった。
いつにもまして鋭い目線でクリスタを睨みつける鬼丸。彼は今、自身の感情に引っ込みが付かない状態になっている。言うなれば感情の暴走状態だ。
「コハク、急接近!」
「八型改! アンタが防御しなさい。少しだけ時間頂戴」
叫ぶようなコルセアの報告に、大きな声で指示を出すクリスタ。その返答は行動で示され、両腕を交差させた八型改はその腕の表面に電磁シールドを展開させた。
即座に棍棒を両手に構えたコハクは、目にも止まらない速さで八型改へと接近。そのシンプルな棍棒を力いっぱい振り下ろした。それを正面から受けた八型改に大きな損傷はなかったが、機体は大きく後方まで吹き飛ばされた。
「いい、鬼丸。アンタが今乗っているのは芸術品でもなんでもない。アンタの言う通り天使でもなければ悪魔でもない。これは紛れもないヴリュンヒルド八型改よ!」
「何が言いたい!」
理路整然と言葉を並べるクリスタに、荒ぶる鬼丸の剛速球が返される。
「そんなこと、ここに居る皆は知ってるわよ。初めからね!」
腕を組み、威厳を見せつけるクリスタ。鬼丸はその言葉を聞いて思い出した。ここに居る、ともに戦う仲間たちの存在を。
後ろを見渡せば眠そうな顔で親指を立てるキルがいる。前を見れば必死に回避運動をとるコルセアがいる。隼人が、大将が……。
「俺は、なんかこう、自分に嫌気がさして、それで……」
旧Bチームを全員失った鬼丸は、このヴリュンヒルド八型改に対して特殊な共感を覚えていた。その為、最終的な理解者は自分だけだと、その自分まで理解できなかったら、と自身を知らない間に精神的に追い詰めていた。
「俺は、Bチームの皆を失った。それで何か、疎外感を感じていて。どこに行っても白い目で見られて……本部に居た頃の任務後とかを思い出してイヤになって」
クリスタは何も言わずに、下を向きながら紡がれる彼の言葉を受け止めた。
「この島に来て、同じような奴らが居て、自分は違うって思い込んでいた。綺麗ごとじゃ平和は掴めないって。汚れた手だけが平和が掴めるって。多くの人がそれを知らないことを、達観したつもりで安心していた」
彼は顔を上げ、再び周囲を見渡した。そして最期に、彼の目の前に立つ紅の天使の顔を見た。その顔は……
「それがバカだって言っているのよ。ここに居るキルも、コルセアも、中島も魚住も、誰も無責任な称賛をアンタ達には送らないわ」
無責任な称賛。鬼丸が最も引っかかり、自己嫌悪に陥っていた部分を、クリスタは見抜いて見せた。
陸戦を相手にしている以上、血は流れない。代わりにその手はオイルとタコまみれになる。そんな手を、そんな陸戦を、そんな愛機を、無責任に天使などと思いたくはなかった。思われたくはなかった。
その返り血だらけの天使は、少しだけバツの悪そうな顔で髪を弄っていた。
「その言い方だと、まるで自分は違うって言いたいみたいだな」
「アタシは無責任な称賛も送らないけど、そもそもアンタに称賛は送らないわよ。もしかして、褒めてもらえるとでも思った?」
やはりコイツは紅の天使だ。悪魔だ鬼だと言われ続けた自分と正反対な癖に、何処か似ている。そんなことを思った彼の胸からは、罪の意識が自然と消滅していた。
「よく言うぜ」
鬼丸の顔から雲が晴れたことを確認したクリスタは、髪を払い自分の席へと戻る。その紅い背中に小さく、聞こえないように、鬼丸は呟く。
「……ありがとう」
「何か言ったかしら? よく聞こえなかったわ?」
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