第二十四海路 3 信頼しないという選択
いつもより多めに回しております!
「アタシを!」
「俺を!」
「我を!」
「「「舐めんじゃねぇぞ!」」」
戦闘海域で盛大に、雄々しく名乗りを上げる。これにより敵陸戦、コードネームコハクはイヤでも八型改を認識し、ターゲティングする。
「さてリーダー、いつものオタク解説……じゃなかった解析、お願いします」
わざとらしく頭を下げた鬼丸をクリスタが睨みつけると、視線と表情を戻し淡々と意見を述べる。
「今の所わかってるのは青ね。それとメイン武装はあの二振りの棍棒」
青。施設攻略を目的とした重量陸戦を赤と呼ぶのに対し、陸戦同士の戦闘や歩兵支援を目的とした中量~軽量陸戦を表す俗語である。
「棍棒って、あんまり兵器っぽくないんじゃないのか? カンフー映画じゃあるまいし」
そう投げかけたのは大将であった。その指摘はもっともで、人間同士の戦いならまだしも現代兵器をぶつけ合う陸戦において棍棒とはあまりにもミスマッチであった。
「届け出をしていないから、補給やメンテナンスがしやすいアナログ武器なんだと思うわ」
火器を運用するとなれば、弾薬が必要になる。定期的な火器メンテナンスも必要だ。ただそれを個人で、秘密裏に行うことは経済的に不可能に近い。
「じゃあ雑魚か。さっさと片してメシにしようぜ」
操縦桿をコハクに向け倒し始めた気楽なコルセアを、クリスタは止めた。
「油断は禁物! そんな調子でバカに一泡吹かされたの、忘れたの?」
油断は禁物。鬼丸紅蓮という存在との戦いでクリスタは、これを痛いほど味わった。
「けどよぉ」
口で不満を垂れながら、コルセアは機体を停止させる。両機体は再び距離を測り合い、硬直状態に入る。
「鬼丸、なんか策ある?」
クリスタは背中で鬼丸に意見を求める。こうなることを予期していたのか鬼丸は事前に隼人と作っていたシミュレーション画面を提示し、献策する。
「俺ならパワーでゴリ押す。着剣状態で乱射しながら一直線に突っ込んで、そのまま接近戦で押し切る。青なら装甲も固くはないだろ。貫ける貫ける」
そこには鬼丸なりの計算が示されていた。シミュレーションとともに提示されたレポートの最後に、「所説あり」という責任逃れの一文を見るまで、クリスタの表情は静かな海そのものであった。
「却下。現実性に欠けるわ」
とクリスタは一蹴し、頭を抱え様々な陸戦のデータをピックアップし比較をし始めた。カイナ島に残った新井も同様に解析を進めてはいるものの、成果は芳しくない。
ヴリュンヒルド八型改の強みの一つに、操縦手を搭乗させることで作戦会議をしながら戦場に留まることが出来ることが挙げられる。しかしこれは吉とも凶とも出るため、過信し過ぎることは禁物である。
「ま、そうだろうとは思った。とりあえずヒットエンドランで様子見じゃないか?」
「……それしかなさそうね。酒田、キル。撃ち落とされないギリギリで接近と離脱を繰り返して。鬼丸はアサルトライフルの準備を」
その指示を合図に、ヴリュンヒルド八型改の関節部が次々と開かれ、そこからアサルトライフルのパーツがスチーム噴射で打ち上げられる。
「ブッコミ行けます! ヴリュンヒルド八型改・アサルトモード!」
「ブッコミじゃなくて偵察とちょっかいな。気負い過ぎるなよ」
八型改とちょっとしたやり取りをした後鬼丸は、後ろを向いて自身の合図を待っているクリスタへ親指を立て合図をする。
「了解。ヴリュンヒルド八型改、前進」
斜め上、コハク上空を目掛けて羽ばたきを開始する八型改。その反動で、海面には大きな穴が空き、海が荒れる。
「新米よ、掴っていろ。ここからは一瞬が命取りだぞ」
機体が空気抵抗を受け、深い音を立てながら軋み始める。キルの鋭い忠告を受けた隼人と大将はモニター上部に設置されていた手すりに手をかける。
「座っていてもこの力……」
「紅蓮たちは毎回毎回、この中で戦っていたのか?」
何とか姿勢を維持するのが手一杯に二人に対し、鬼丸、クリスタ、キル、コルセアの四人は涼しい顔をしていた。
元々訓練で加速時のGには耐性があった三人に対し、キルも同様の反応を見せている。
「やはり二人には早かったか」
突如通信を繋いできたのは新井であった。
「やはりって、何となく想像してたが二人を乗せたのは本部長の差し金かよ」
「仕方がないだろう。それに二人の搭乗は元から計画していたものだ。そもそもその機体を四人で動かしていた方が可笑しいんだ」
隼人の苦しむ顔を見た鬼丸が、静かな怒りを忍ばせ噛みついた。しかし相手はヴリュンヒルド八型改開発担当者であり、特命本部本部長。世界崩壊が迫っていようが、業務内容が命がけであろうがそこはサラリーマン。上司には逆らえない。
「とりあえず今は、深く踏み込まず様子を見ようかと思いますが、そちらでは何かわかりましたか?」
クリスタが落ち着いた口調で状況の報告を始めた。
「こちらは何も掴めていない。データがない以上、油断と慢心は禁物だ。気を付けてかかれ」
その言葉を合図に、新井との通信は一度途切れる。
「聞こえた? 作戦はそのまま。鬼丸、そろそろ射程だと思うけど……」
鬼丸は指示を出していたクリスタを、物珍しい目で見ている。鬼丸の様子が気になったクリスタが後ろを振り向き、二人の視線は交わる。
「何よその目? 気持ち悪いわよ」
「いや、よくもまああの適当な人に対して文句を抑えられるもんだと。ルーキー二人を乗せた上で、何もつかめていない。現場の苦労も知って欲しいもんだ」
ルーキー、という発言に嫌味等は一切ない。しかしここは戦場である。比喩でもなんでもなく。生きるか死ぬか。残るか壊れるか。初陣だからと言ってこの法則が当てはまらないということにはならない。
そしてここ数日、鬼丸にはわかったことがある。あの新井という男、本部長だの開発主任だの堅苦しい肩書と、その知的な言動に惑わされていたが、実際の所その多くの行動が割と適当である。
鬼丸はそのことに薄々気付いていたが、今回の一件で確信した。あの男を過信し過ぎてはいけない、と。
(別に疑ってかかるとかそういうのじゃない。ただただ頼りすぎは危険だ。そも相手は俺とあまり年齢が変わらない。そう考えると……いやだからって適当すぎるだろ)
そんな中、瞬間湯沸かし器みたいに沸点が低く、負けず嫌いで適当なことが嫌いなクリスタが文句を言っていないことに関心と、疑問を抱いていた。
「何を今更。もともとたいして信頼はしていないわ」
「その心は?」
あまりにも意外な答えが飛んできたため鬼丸は、その真意を訪ねた。
「どうして研究者に作戦指揮が務まると? あの人も無理してるのよ。だから多めに見る、って訳でもないけど」
新井源治。その男はあくまで一人の研究者であった。画面の向こうで、額から汗を流し、クマを蓄えた新井がアイスコーヒーを流し込む。
先日、総合ポイントがやっと九十になりました。これも応援、評価をしてくださっている皆様そして更新のたびに読んでくださる皆様のお陰です。ありがとうございます。そしてこれからも『アサルトアイロニー』をよろしくお願いします!




