紅の天使
「なあ紅蓮、お前、紅の天使って知ってるか?」
「いや。なんだそれ?」
ヴァルハラ管轄内の酒場にて。鬼丸と隼人は酒を飲み交わしていた。隼人が戦闘終わりの鬼丸を捕まえここまで連れてきた。いつもと違う切り口で誘われた鬼丸は抵抗することなく彼の誘いに応じた。
いつも通り互いの近況報告などから話は始まった。
「配属先は決まったのか?」
既に本部で最前線に立っていた鬼丸に対し、隼人はいまだ研修期間が終わらない。それに対し、何か言おうとした隼人だったが、少し下を向いて黙り込む。
グラスに入った氷だけが、沈黙を破る。そんな中、口を開いた隼人から、そんなことを聞かれた。
「なんでも俺達の同期に、とんでもない美人がいるらしいんだ。赤い髪にスタイルの良い体。整った顔立ちと文句のつけようがないんだと」
「それで?」
少しばかり心当たりのあった鬼丸は話を促す。
「広報部志望の桜井って居ただろ。アイツがいつものノリで交際を持ちかけたんだけど……」
桜井。鬼丸達と同期の青年である。高身長に整った顔立ち、そして生まれ付いた女好きな性格とだらしなさからこの共同生活の風紀を大きく乱している。
多くの女性は桜井を好意的に捉えているが、その自信過剰な言動を知っている男性と一部の女性からは嫌悪されている。隼人も鬼丸も、どちらかといえば後者に当たる。
その為隼人は、話を止め、溜めを作る。ビールを飲み干し、鬼丸が喉を鳴らす。
「案の定振られた。それだけじゃない。何を言われたか知らないが、半べそかきながら部屋に帰ったそうだ。その姿は多くの人に見られて、ファンクラブはもう大騒ぎ」
「桜井が? あの自信権化みたいな桜井が? おいおい嘘言うんじゃないよ隼人」
鬼丸はその結果を疑っているわけではなく、その事実を面白おかしく茶化している。
「にしてもソイツも災難だな。振っただけで変なあだ名が付くんじゃやってらんないだろ」
笑いながらも紅の天使に同情を示した鬼丸だったが、過呼吸気味な隼人から更に紅の天使に関する話が続けられた。
「それだけじゃない。紅の天使に睨まれた人間は、こぞって心に傷を負うらしい。桜井ファンクラブ筆頭の恵梨香も、大堂教官も、最近元気なかっただろ。あれ全部紅の天使に完膚なきまでに叩きのめされたらしいぞ」
桜井に対しての報復として、恵梨香という女性は自身の取り巻きと大堂教官を巻き込み紅の天使に嫌がらせを実行した。
あるときは集団で無視を、そしてある時は理不尽な叱責で。
「しかし最終的には恵梨香たちは自主退社、恵梨香との不倫がバレた教官は離婚した挙句クビとは……面白いじゃねぇか」
もともと両者をあまり良く思っていなかった鬼丸にとって、紅の天使はとても魅力的に映った。
「んで、ソイツの名前は?」
「確か……クリスタ・リヒテンシュタインだったか? とにかくお前も気をつけろよな」
「あのエリート様にそんなあだ名が。アイツどんだけ誤解されてんだよ」
その会話の数日後、隼人は音信不通となった。
酒の席の話は忘れやすいのです。これからも応援よろしくお願いします!




