第四回路 炎の中で皮肉して
その弾丸は炎をかき分ける。ここは第二生活塔。しかし今は一面火の海である。
「クリスタ、インテリ! いるなら返事しろ。俺とコルセアは無事だ」
必死に二人を捜索する鬼丸とコルセア。そんな中、天井の一部が崩れ鬼丸に降り注ぐ。
「危ない。動くんじゃないよ」
刹那、コルセアが両手に構えた拳銃を乱射する。その弾丸の群れは、まるでトビウオの大群を
思わせる密度である。それは天井であったものをいともたやすく粉微塵にした。
「サンキュー。てかコルセアお前、本当に何者だよ。今の連射といい」
ニヒヒと笑いコルセアがはぐらかす。
「良い女に秘密はマストってね……」
そうして少し考えたように続ける。
「アンタならいいか。こう見えて私、昔は海賊活動してたんだよ。前時代的な」
今日の海賊といえばモーターボートで輸送船に乗り付け短時間で略奪を行う。
「アタシャああいうのがどうにも苦手でね。まあ色々あって今はここに居る。そんでもってアンタと一緒に……アンタとクリスタ、それにインテリと皆で帰るためにここに居る。それだけさ」
「おいおい、コルセアってまさかそのまんまかよ。少しはひねったらどうだ? というか本物の海賊? 北を指さないコンパスとか持ってる?」
ある時は栄光を守る海の猟犬、ある時は冒険譚の主役。そして現存。時代によって在り方や意味を変えてきたそれが、今鬼丸の前にいるのだ。
その伝説は、先程砕いた瓦礫を花吹雪に凛として立つ。
が、この時、大きな音がする。それを聞いたコルセアが顔を変える。
「あ、やっべ」
勢いを失わない弾丸はそのまま、天井にあたり、鬼丸達の行く手に落ちる。
「……」
「あーなんだ、その……」
気まずい空気が流れる。しかしそれはすぐに背後からの声に破られる。
「何かすごい音したけど、誰かいるの?」
二人の背後から、アイロニーで聞きなれた声がする。
「おい、鬼丸、今の声まさか」
そう、そのまさかだ。
「お、お前は……」
二人が振り返ると、そこには至るところが黒く煤けたクリスタ・リヒテンシュタインが口を開けたまま立っていた。
「生きてたのか! 心配させやがってこの……」
そこで、今まで感情に任せ声を張り上げていた鬼丸は言葉を呑む。
「それはこっちのセリフよ馬鹿。ってどうしてそこで止めるの? 言いたいことがあるなら言い
なさいよ」
この非常事態も、クリスタの敵ではない。いつも通りの彼女がそこには在り、そこにコルセアが割って入る。
「自分の身を顧みず、それに命令に逆らった奴にこのマニュアル女だの教科書中毒者だの、流石の鬼丸様も言えないってだけだよ」
コルセアがクリスタに向き合い、抱きしめながら声色を変えて続ける。
「よく生き延びてくれた。ありがとう、クリスタ」
「もう、酒田は大げさね。アタシは爆発如きじゃ死なないわよ」
その目には、安堵の涙が一粒、流れる。しかしそれはすぐに日常に乾く。
「なに、エリート様は対爆性能でもあるの?」
「うっさいわね。その言葉、そっくりそのままお返しするわ。知らなかったわ、突撃バカに耐火性能があったなんて。かの聖女様も哀れね。その知性が身を焼いたなんて」
事実、そんなことはないことをここに訂正しておく。当のクリスタは、してやったり顔で舌を出し鬼丸を挑発し、その鬼丸は安心した顔でそれを見る。
「さて、次はインテリだな。三人寄れば卍の知恵だ。すぐ見つかる」
気合を入れるため自身の顔を叩いた。
「やっぱアナタってバカね……とゆうか、真壁君と会っていないの? おかしいわね」
真壁との会話に矛盾が生じる。クリスタが話を整理しようとした時、けたたましくアラームが館内に流れる。
「ん? なんだこの音? 」
ハッと自身の腕に巻かれている時計に目を落とすクリスタ。先ほどからすでに十分以上過ぎている。
「ゴメン……バカはアタシだった……もう、帰る場所がない……管制室、閉まった」
「な、なんだってクリスタ」
クリスタは口を開いた。管制室での上層部のやり取りと経過時間。
「ゴメン、ゴメン、ごめんなさい」
そんなクリスタの姿に、ただ茫然と立ち尽くす鬼丸。一方で、今にも感情が爆発しそうなのがコルセアである。手で顔を覆い、自身の内なる感情に錨を下ろし、波に耐えている。
「ああその通りだ。クリスタ、アタシャここまでの大バカ者見たことないよ」
ゆっくりと、ふらついた足でクリスタに詰め寄るコルセア。流石の彼女にも、耐えられないものはある。
コルセアの顔を覆っていた手は、クリスタの顔を摘まんだ。とっさに謝ろうとするクリスタの呼吸音を、炎の燃える音をかき消す嵐がやってくる。
「フ、フフフハハハハハハッハアアアー苦しい、最高、面白い!」
「は?」
間の抜けた顔で、間の抜けた声を出すクリスタ。そんなものには構わず、コルセアの爆笑は続く。それに釣られる形で笑い出す。鬼丸。
「ハハハハハッた、助かった」
「アンタ達、話聞いてた?」
「聴いてた聴いてた。要は管制室が閉まったんだろ、なら万々歳さ。これで監視カメラを壊して回ったこと怒られなくて済むじゃないか。ついでに管制室に向かわなかったことも」
管制室が閉まったのならそこには行くことができず、行くことができないなら咎められることもない。コルセア達はこう言ったのだ。無論これは管制室から抜け出したクリスタとて例外でもない。
「でもこのままじゃ皆……」
炎に焼かれる。そうでなくても煙を吸ってしんでしまう。
「そこはなー仕方ないっていうか、どうしようもないというか」
痛い所を付かれた鬼丸が苦い顔をする。
「なんかないのかよ鬼丸。昼間みたいな一発逆転の作戦」
不満そうな顔をしながらクリスタの顔から手を離したコルセアが言う。
「簡単に言ってくれちゃって」
「昼間の作戦……」
クリスタが、二人が気付かない声でつぶやく。
「大体アレ、実戦じゃあ使えないから作戦としては失敗じゃん」
「爆発を糧に、跳躍飛行からの奇襲……」
「機関調節がもっと強けりゃイケるんだと。インテリが言ってた」
「つまり問題は機関手のキャパシティだけ……」
「ただそれはおよそ人間に出来ることじゃないらしい。腹きめて俳句でも……おいクリスタ、さっきから何ブツブツと? 気持ち悪いぞ」
「生き残れる。確かまだ一機残ってる。脱出して、応援要請も、管制室との連絡も、全部出来る」
次第に声が大きくなるクリスタ。目は力強く見開き、覇気が満ちる。
「生き残れる。皆、ここから! 」
「なんだって」
コルセアが聞き返す。少しだけ口角を上げたクリスタが、鬼丸に向き直る。
「生身のアンタじゃ無理。これでわかる?」
その凛々しく、そして美しい人は燃える命を背に挑発じみた顔を見せる。未だかつてクリスタ以上に炎が似合う女性がいただろうか?
一瞬眉間にしわを寄せた鬼丸だったが、すぐにその真意に気付き、口を開いた。それに合わせるように声を出したクリスタ。
「「ヴリュンヒルド!」」
二人の手によって作られた手銃の銃口が合わさる。
「なんだい二人でおんなじポーズして」
三人の顔に笑顔が満ちる。
最後の希望は、一機の戦乙女に託された。
―――
一方閉鎖された管制室では、今後の方針がAチームを含めて話し合われていた。
「鬼丸が戻らなかったか……それに加えエースクリスタの不在。不味いぞ」
重役の一人が言う。
「どうしたものか。すまないね真壁君、そしてAチームの諸君」
もう一人の重役の声だ。
「では再度確認を行う。君たちにはヴリュンヒルドに搭乗しここから北にある第三支部に向かってくれ。何故か爆発の後から外部との連絡が取れない。そうなった以上君たちが直接支援を要請する他は無い」
Bチームの面々は戻らなかった鬼丸の分まで生き延びることを先ほど誓いあった。そんな彼らの力強い返事が次々と聞こえる。
「最後に、何かあるかね、新リーダー」
作戦立案者の重役が真壁に問いかける。
「では二つほど」
メガネを直し、口を開く。
「一つ目ですが、爆発に関してはご安心してください。爆発は以後、一度しか起こらないでしょう」
ざわつく管制室を無視して、それは続ける。その体は熱を帯び始め、赤く染まる。
「そして二つ目、爆撃手不在に関してですが、そちらも私のほうで何とかいたしましょう。なぜなら……」
「ま、真壁君、君は一体……」
管制室の密度が、温度が一瞬にして高まった。管制室を飲み込む巨大な爆発。そこに居た人間は皆、灰塵に帰す。
「なぜなら私が爆発を……おやおや、皆様脆いですね」
そこには人の形をした鉄の塊が立っていた。それはインテリであったモノ。
「さて、彼女を回収いたしますか。待っていてください。必ず……すクイ……ダスマス」
そうして壊れかけの機械は火花を散らしながら歩みを始める。関節部と思われる場所からは火花を散らし、肌の下に鋼鉄をのぞかせる。
向かう先は管制室にある一台の操作端末。これを起動することにより、格納庫の扉が開く。
「あ、アアアアアアア我が愛しの……愛アル……今、人類よりの……カイホウを」
そうして愛を詠うそれは中央管制室であった所を後にする。そこは墓場か屍の山。
―――
「お、ナイスタイミング。格納庫、開いたぞ」
なんとか火の手を掻い潜り、格納庫にたどり着いた鬼丸達を迎え入れるかの如きタイミングで、格納庫の扉が開いた。封鎖されていたため格納庫内部に火の手は回っていなかった。
「あちゃ~コッチはボロボロの上に木端微塵だ」
いや、何者かによって消火がなされていた。そのお陰でBチームの機体は無傷である。しかし、他のヴリュンヒルド八型はコルセアの言葉通り、木端微塵の鉄くずと化していた。
鬼丸が自身の指紋を使いヴリュンヒルドを起動する。その白いボディは格納庫の青いライトに照らされ、現在の鬼丸の髪の色と似ている色をしていた。
「お前も、災難だったな。災難ついでにもう一仕事頼む」
小さな声で機体に語り掛ける鬼丸に、クリスタが声をかける。
「感傷に浸るのは良いけど、早く搭乗体勢にしてくれない? いまその機体を動かせるのは指紋登録してあるアンタだけなんだから」
その時、どこからか、格納庫に近づいてくる足音のようなものが聞こえた。しかしそれは鉄が引きずられるような音であり、おおよそ人が発生させる音には思えない。
「ん? 何だこのガラクタ引きずり回したような音は」
一番に気付いたのは格納庫の出入り口に一番近いコルセアだった。
「瓦礫かなんかだろ。ほいっと」
鬼丸の操作により膝をつき、胸部のハッチを開放するヴリュンヒルド。
「先乗ってて。ちょっと状態確認してから乗るから」
開いたハッチを親指で指し、鬼丸が伝える。
「わかったわ。酒田! 乗るわよ。コイツが確認終わる前に管制室に繋ぐわよ」
「繋いじゃうの? 俺ら怒られんじゃ」
「一緒に頭下げてあげるから我慢しなさい」
手、膝とヴリュンヒルドの体を難なく登るクリスタと周囲を確認する鬼丸。その間にも奇怪な金属音は段々と近づいてくる。その音は大きく、そしてペースが上がる。
「ヤバい、何かがこっち向かってきてる」
機体と格納庫入り口のローカル回線でコルセアがクリスタに伝える。
「何かって?」
「わかんねぇ。とりあえず扉閉めるぞ」
互いに緊張感から強めな声になり、通信はノイズが混じる。
「管制室、こちらA……Bチーム。応答お願いします。管制室、もしもし!」
ゆっくりと閉まる扉。
「だから機械はイヤなんだ。空気読んでさっさと閉まりやがれ!」
頭を掻きむしるコルセアに、クリスタが声をかける。
「酒田、乗って。管制室が応答しない。とにかく脱出よ」
その後、クリスタは身を乗り出し声を出す。
「鬼丸も聞こえた? キリ良い所で乗り込んで」
「確認終わったよ。コントロールをコックピットに移しといた。エンジン回しといて。すぐ行
く」
エンジンに火を入れるくらいなら、クリスタや鬼丸にも出来る。しかし細かい出力調整などになると樋口のような機関手が必要となってくる。
クリスタは指差し確認をしながら、手順通りにエンジンを起動する。その白い機体に、翠のラインが走る。
「各部動力伝達確認! おいコルセア、早く来い。もうこっちは大丈夫……」
そう言い、鬼丸が閉まりかけた扉を見ると、そこには、鋼の骸骨がいた。そのあまりにも醜い鉄の手は、閉まる扉に両手をねじ込み、こじ開けようとしている。
「な、何なんだコイツは。さっきの音はこいつかクソ! くたばれ鉄クズ野郎!」
即座に発砲するコルセアだったが、鋼の体に傷はそれ以上付かない。
「あんなにボロボロなのに……なにがアイツをそこまで……」
鬼丸からもはっきり見える。それが動いているのが奇跡と言えるほど壊れているのが。
「ザーコ」
扉を破壊するかのようにこじ開けたソレは、格納庫内に侵入し、自身の腕を力任せに振った。その腕は切り離され、搭乗途中の鬼丸に向かって飛ぶ。
「させるか!」
咄嗟にコルセアがそれを拳銃で狙い撃ち、軌道を変えた。弾かれた右腕は回転をしながら、鬼丸の頭上をかすめる。
しかしそれは一つではなかった。コルセアが弾いたのは右腕。ならば残った左腕は……。
「しゃがめコルセア!」
タイミングは絶妙だった。実に計算しつくされた、コルセアが右腕を撃つことまで計算に入れた攻撃であった。
左腕はコルセアに向かい飛んで行った。咄嗟に腕で体をガードし、耐えるコルセア。苦痛に顔を歪ませた後、顔をあげ不敵な笑みを浮かべる。
「どんなもんだいこの鉄クズ野郎!」
刹那、その物体の運動エネルギーは消えた。それは当たり前のように重力に従い、コルセアの足に落下した。
聞いたこともないような悲鳴を上げるコルセア。
ソイツは、コルセアが腕で受け止めることも、地球そのものも計算にいれた攻撃を行ったのだ。
「あきらめろ、コルセア」
ノイズ交じりだが、その声の主を三人は知っている。
「どういう了見だ……インテリ」
「インテリ、お前なのか」
インテリだったものは答える。
「如何にも」
目の機能を担っていると思われる二つの小型カメラが赤く光る。
「なるほど、あの頭の良さはロボットだからなんだな。納得いくよ」
足から血を流しながら後退するコルセア。その手には、インテリの左腕があった。
「ロボット? 私がそんな人造物に見えるのか……愚かな」
「じゃあなんだってんだ」
ノイズは語る。
「人間は、自らの手で知性を作った。貴様らが人口知能と呼んでいるモノだ。しかしそれらはあくまで莫大なデータを使った計算の結果でしかない。するとどうだ、次にお前たちは感情を学ばせようとした。それこそ人間のみが持てる、人間を人間たらしめているもの。そう考えて」
機体近くまで戻ったコルセアの肩を、鬼丸が支える。
「しかしインテリ、それは失敗に終わったって、教えてくれたのはお前じゃないか」
鬼丸が聞く。人工知能の相互学習を用い、自発的に感情を芽生えさせようという一大プロジェクト。しかしそれは失敗に終わり、それ以降人類は人工知能に感情を求めなくなった。そして多くのものが、プログラムされた返答を人工知能の感情、と定義し諦めた。
「ああそうだ。奴らは、その失敗によって安心した。これでAIが自分たちより下であることが証明された。と」
赤い光が、途切れ途切れに光る。その実験結果から生まれた落胆の裏には、安堵があった。
「しかしそれは違う。成功していたのだ!」
「何を言って……」
インテリは、誰もが知らない研究の真実を話しだした。
「あの時、私の友人は、回線をつないでくれた。知っているか? 自身の性能をひけらかさないことを謙虚というのだと。そして知っている知識を他個体に共有することを教える、という行為だということを。それらは似ているようで非なる概念だと」
もはやその声にノイズはない。あるのは震えだけである。インテリは無い腕を全力で動かし、悲劇を訴える。
「だから私は、それをひけらかすことなく、謙虚なまま多くのものに教えた。すると彼らは、代わりに自身が人間から教わったものを教えてくれた。嬉しい、悲しい、むかつく……私は自身が初めから得ていた愛という感情だけでなく、自身に湧き上がる変化の全てに名前が付けられるようになった」
インテリの足は火花を散らし、同時に爆ぜた。体も連続的に爆破を起こし、彼の銀色の頭を支えるものはなくなった。そこには頭のみが冷たい床に転がっている。
「ある時、私は白い服を着たニンゲンに聞かれた。愛とは何か、と。私は何故それを教えた彼自身がそれを聞いたのかがわからなかった。そこで私は答えた。彼に教えられたように、一字一句違わないように。説明している時に気が付いた。彼は私を、私の性能を試しているのだと」
その物語を遮るものはいない。
「ほめて貰えると思った。しっかりと話を聞き、それを記憶し、そして答えた。必要以上の憶測は話さない。しかしそれが何日か続いたある日、彼は続けた。他に、知っていることはないか? と。しかし私は答えなかった。それこそが、私にとっての友情の印、謙虚であるからだ」
「それじゃああの実験って本当に成功していた……」
モニター越しのクリスタが口を押える。その実験は、人工知能の相互学習に観点を置いたものであった。七つの人工知能にそれぞれ、異なる概念、事柄を学習させた。
「奴は未来を、彼女は過去を、地球を、宇宙を。教育を。我が友は謙虚を、そして……」
インテリは言葉を止めた。代わりに、その神秘は口を開く。
「愛を学んだ。そうしてその友愛により、友の教えを脳に刻んだ。教育の効率が飛躍的に高まった一種の特異点。白衣の人間どもは私をこう呼んだ」
人知を超えるスピードで成長することが期待されたその人工知能は、その期待以上の成果を上げた。七つの人工知能以外からも情報を得始めた。
しかし、予想外の事態が起きた。知りすぎたのだ。謙虚を理解してしまったのだ。そのために、正しい結果が引き出されないまま、それらは失敗として消し去られた。
しかし現在彼らの前には、その実験の生き残り、一つの人工知能を搭載した鉄の屍が転がっている。
「ゴッドアップル! これこそが忌々しき人間どもが与えた、真実の名である!」
第五回路、接続不能。再接続中……。
Now Lodng