第二十二海路 4 熱の限界
「……一号機からの返答がない。接敵の報告もないあたり、本当に一撃だったみたいだな」
鮫島が艦長席に深く腰を掛けながら呟く。
死人に口なし。轟沈判定を受けた艦は味方への報告をしてはならないルールのため、一号機が襲われ、そのままやられたことは定時連絡が途絶えて初めて確認された。
「二号機、聞こえるか? 一号機がいた周辺の上空を潜望鏡で見張れ。くれぐれも警戒を怠らないように」
緊急を要するため、不慣れなモールスではなく無線で伝える鮫島。その行動は同乗していた零号機隊員、そしてその指示を受けた二号機隊員を驚愕させた。
しかし訓練以上に鮫島は、この戦いで必ずヴァルハラの面々に勝たなければ、という強い意志があった。
(この島を守るのは誰か、しっかりと見せつけてやる。そうすれば、島のみんなが安心できる)
「鬼丸達には悪いが、全力で行くぞ。防人の力、見せてやる!」
二号機より飛行する八型改を発見したという信号が入ったのは、そのすぐあとであった。
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一方の八型改は、索敵のためとは言え大胆にもハッチを全開にし、上空四○○メートル特有の突風に内部を晒されていた。
「天才少女よ、さっさと発見してくれないか? 寒くてたまったもんじゃないぞこっちは」
「そうだそうだ! コックピットに残り作業を続けるか弱い女子二人にも人権と配慮をしやがれ!」
強風に抗い大声で叫ぶキルとコルセアの声にこちらもまた大声で反論するクリスタ。彼女の手は鬼丸の肩をがっちりと掴んでいた。
「少し黙ってて! 後二機、発見するまでの辛抱よ!」
ちょっとした違いだが、シャークフォースやカイナ島の住人たちはダイシャークに対し船に近いような認識を持っている。その為ダイシャークは一隻二隻と数えたり、リーダーのことを艦長と呼んだりもする。(一機、一体とも呼ぶがあまり主流ではない)
対しクリスタはダイシャークをあくまで陸戦の亜種としてとらえているために一機二機と数えている。
「鬼丸、そっちはどう?」
クリスタは肩に力を入れながら鬼丸に問う。先ほど同様鬼丸の腕によって彼女の体の安全は保たれている。しかしクリスタが質問をしたあたりから、その腕は少し、また少し、上に移動し始めている。そしてその異変を感知しているのは鬼丸本人のみであった。
「すまんクリスタ。こっちはそれどころじゃなさそうだ……」
「なに? どうしたの?」
鬼丸自身が謝罪から入る珍しさに、クリスタは真剣に彼を心配し平時のような声で様子を伺う。その間にも鬼丸の腕は上昇を続ける。
クリスタへの配慮か、自身の腕の上昇を必死に我慢している様子が手に取るようにわかるが如く、彼の表情が曇り始めた。
「生まれがドイツのお前にとっちゃ、ふざけてるにもほどがあるだろう。でもこれは……抗いようのない、遺伝子に刻まれた……」
「なに? 本当に大丈夫?」
クリスタが自身の身を恐怖に晒しながらも鬼丸の顔を覗きこもうとした瞬間、彼の腕に押し飛ばされ、コックピット内に尻餅をついた。
「痛っ。なにするの!」
「ゴメン。でもこうするしか!」
顔だけ振り向き苦しい顔をし、そして最後の命綱に等しい手すりを手放し、腕を頭の腕で交差させ……。
「まさか! このポーズは!」
「知っているの? 八型改!」
その答えは、八百万の神々を信仰していた日本人のみにしかわからない。いや、あまりにもふざけすぎていて、わかりたくもない。真実を知ったクリスタはきっと、こう言っただろう。
「海の上、そして強風! この条件は中世日本で信仰されていた風神を祭る条件にピッタリです。そして日本人の七割は、条件が揃えばその儀式を無意識的に行ってしまうのです」
「つまり一種のディスプレイ、儀式化行動という訳ね」
クリスタが自身の口に手を当て、八型改の解説に理解を示す。そのタイミングで、コックピット内部に、軽快な電子音が嬰ト短調で溢れ出す。
それから、鬼丸の小さいながらもたくましい背中に、熱が集まる。鬼丸を中心に、周囲の温度はどんどんと上昇していく。
「ダメだ……熱すぎる!」
鬼丸は勢いよく制服を脱ぎ捨てる。本来陸戦に乗る場合は、伸縮性などに優れたパイロットスーツを着るのだが、着の身着のまま本部から脱出してきた鬼丸達はこれを持ち合わせていない。現在新井がこれを発注中だが、到着まで数日はかかるとのこと。
そんな制服は見事クリスタの手に収まった。咄嗟のことで理解が出来ていない彼女が顔をあげるとそこには……。
筋骨隆々な上半身を風に晒し、腕を頭の上で交差させて感極まった鬼丸がいた。そして彼は電子音に合わせ、風神へ捧げる調べを奏で始める。
「ヘイ! セイ!」
キレのある歌声が意外だったのか、コックピットの女性たちは驚き、聞き入ってしまった。しかし鬼丸を中心とした熱は加速度的に上昇し、留まることを知らない。
「オイオイ兄上。神だかなんだか知らないが、これ以上は暑さの限界だぞ!」
そう、コックピット内は暑さの限界であった。
「爽快!」
鬼丸のその一言を合図に、大きな水柱が一本、八型改から見て八時の方角に出現した。その音で我に返ったのか、鬼丸ははっとしてその水柱を確認した。
「なに今の? もしかしてダイシャーク?」
「いや違う、あれは……」
鬼丸が声を詰まらせた。その空気を察し、クリスタが再び元の位置に戻り肉眼での視認を行う。その二人の目には、透き通った琥珀色と白いパーツが目立ち、先端に行くほど細く尖った速度重視の機体。背中には二対の棍棒らしきものが装備された……。
「陸……戦だと?」
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