メモリーオブクリスタ 1
今回は第一回路より少し前、二人が出会った頃の話です。
あの人の名前は、いつも私の一つ下にある。狙撃、操縦、基礎知識。全てにおいて、あの髪の青い人の名前は私の下にある。
そして彼はその事実を確認し、大声を荒げる。
「ふざけるな! なんでまた俺がアイツの下なんだよ!」
「落ち着きましょう鬼丸君。周りの目が……」
なんで? 当たり前じゃない。彼が酒田や真壁君たちと酒に興じている間、私は一人、自分を高めていた。
私は勝ったはずなのに、なぜかスッキリせずイライラしていた。そのまま鋭い怒りをヒールに込めて歩き出す。
「おい、リヒテンシュタインさんなんか怒ってないか?」
「あの人苦手なんだよね。なんかお高く留まってるって言うか」
「なんかわかる~」
有象無象が何を言っても気にはならない。誰かに気に入られるためにここに居るわけではないのだから。
「今回も流石ね。リヒテンシュタインさん」
「春香さん」
私の前に現れたそのやわらかな表情の女性は、私のことを何かと気にかけてくれていた。その温和で優しい先輩社員は、多くの社員からお袋と呼ばれ慕われていた。
「どう? この後」
春香さんは私に向けて手首のスナップを効かせ晩酌の合図を送ってきた。
「今回のミスのフィードバックがあるので」
私が断ろうとした瞬間、春香さんはそのふくよかな胸に私の顔を押し込み歩き始めた。
「少しは息抜きしないと! 別に飲まなくてもいいの。隣で話を聞いてくれるだけで」
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「それで彼ったら、ずっと指示書纏めてるのよ。彼女が隣にいるって言うのに」
「はぁ……」
ウイスキー一杯で出来上がった春香さんの愚痴を聞かされながら、私は自身の操縦データを洗いなおしていた。
「ねぇクリスタちゃん、どう思う?」
「仕事なら仕方ないんじゃないんですか?」
彼女は私に答えを求めている訳ではない。それを知っているからこそ、私は自分の思ったことを口にした。
「ふ~ん。そんなこと言っちゃうんだ。もうクリスタちゃんなんてし~らない! 鬼丸君たちのとこ行っちゃお!」
私は千鳥足の彼女を止めはしなかった。これにより復習に集中出来るからだ。
目の前で、ノンアルコールカクテルが青く光を乱反射した。
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「……の、あの?」
何かが聞こえたため、私は耳栓を外した。きっと我に返った春香さんだろう。
「帰りますか? 肩位は……」
そうして声の方向に振り返った私の目の前には、薄暗いバーの間接照明に照らされた男が立っていた。彼の身長は低い。そしてその髪はカクテルのように人間離れした青色をし、様々な方向を向いていた。
目は細く鋭い。昔母に読んでもらった本に出てきた、日本の悪魔のようであった。名前は確か……。
「鬼?」
「誰が鬼だ」
素早く、ぶっきらぼうに、投げ捨てるかのように反論をしてきた。私はとても驚いた。
「……私に反論出来るだけの人間が、ヴァルハラに居たとは思わなかった」
誰もかれもが影に隠れ、あることないことを負け惜しみとして投げつけてくる。別に悲しくはないが、快い気分はしない。私はそれを、私以上の人間がいないこのヴァルハラで、誰かに間違いを指摘されることに腹を立てているのだと、冷静に分析していたつもりだった。
「嫌味か?」
しかし後々になって気が付いた。それは単に直接言ってこないことに対して腹を立てていたのだと。
「さあ? それで、定期考査万年二位の貴方が何の用?」
少しだけ口が滑った。考査の結果を他人と比較するなど、私がするべきことではなかったはずなのに。
私はふと、先程のカクテルを思い出した。確かあれは春香さんが勝手に注文したものだ。ノンアルにするよう何度も念を押したため安心していたが、まさか。
それなら理論的に納得が行く。今の発言もこの短絡的な思考も、全てはアルコールに原因がある。
「やっぱり嫌味じゃないか」
彼は眉に皺を寄せて、背後にもたれかかっていた春香さんを私の隣の席に座らせる。
「こっちでこれ以上面倒見切れない。考査一位なら先輩の面倒もみてやれ」
そう言って奴は、私の前に背中を向けた。
「あら、そうね。万年二位の鬼丸には、荷が重すぎたわね」
「嫌味か?」
彼は足を止めた。しかしこちらをなぜか見ない。
「皮肉よ」
このやり取りが行われた数か月後に行われた定期考査で、私は再びあの青い鬼の名前を目にすることがある。
その時の私は、生まれて初めて、空を仰いで泣いた。
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