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鋼女神話アサルトアイロニー  作者: ハルキューレ
海上編第三部~海上神秘~
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第二十一海路 2 この海が二人を別とうとも

「今ッ!」


 コルセアの操作により、ヴリュンヒルド八型改は海面と垂直な角度になる。アルタ達が狙っていた翼は消滅する。それと同時に八型改本体の座標も着弾予測地点から大幅にずれたため砲弾は八型改の足元に水柱を作った。


「翼が消えただと! 」


「ナイス! 被弾してないぞ!」


 その歓喜に沸いた声は鬼丸のものであった。そしてその鬼丸は歓喜と同時に違和感を抱えていた。

(普段ならすぐ次の指示が飛んでくるはずだ。なのにこのラグはなんだ?)

 一秒二秒の世界ではなく、コンマやそれ以下の差である。しかしそれを難なくやってのけていたのがクリスタ・リヒテンシュタインである。

 その違和を取り除くため鬼丸は瞬時にクリスタの方を見る。そこには先ほどまであれほど固執していた操縦桿を手放し、力強くひじ掛けを両手で握りしめ、顔を真っ青にしているクリスタの姿があった。

(コイツそういえば!)

 鬼丸は瞬時に思い出した。彼女が金槌であり水に対してある程度の恐怖を抱えていたことを。


「コルセア! キル! 上昇だ。海に背中向けてターンするぞ!」


 ヴリュンヒルド八型改には水中でもある程度の運動が可能であるが、それは目の前の少女を恐怖に晒すことになる。

 鬼丸は咄嗟に彼女から恐怖の対象を遠ざけようとさせた。回避運動を行った勢いが残ったままの機体に期待したのである。

 正面に対しての推進力を失った鋼の機体はその勢いを上昇へと昇華させた。


「奴らまた空へ逃げるつもりだ。角度戻せ!」


「高度は採るな! 出来るだけ小さくターンして船首まで退避しろ!」


 荒々しい指示にキルとコルセアは突き動かされた。

 咄嗟の判断によって行われた見事なターン。これをもしユナが見ていたらとても驚いたであろう。それは陸戦の対空砲によって姿を消した古代兵器である航空機、その中でもとりわけ戦闘機と呼ばれた兵器で行われたマニューバの一つ。

 古の人々はそれをインメルマン・ターンと呼んだ。しかしこの島にいる人々の中でそれを知っている人間はこの訓練に参加をしていないユナと、今にも目のダムが決壊しそうなクリスタのみである。その為に、


「ターン、しやがった……」


「なんだよあの軌道」


「ワルキューレ・ターン……ワルキューレ・ターンだ!」


 砲弾によって創られた水柱を巻き込み、背中を軸に飛沫の中を優雅に、力強く舞う姿を見たアルタによってこう名付けられてしまった。始めの一回は何かを手探りで確認するように、二回目はその名前を確信したかのように力強く。

 腰を抜かしターンを魅入っている海賊達を尻目に、八型改は船首方向目掛けて飛行を続ける。その際八型改が自動的に、自然に機体の上下を戻したことにより、八型改は再び太陽を背に飛び続ける。




「クリスタ! おいしっかりしろクリスタ!」


 恐怖の後に押し寄せた重力の圧砕により、彼女の目のダムは軽くほころびを見せていた。焦った鬼丸がゆする手を止め、戸惑う。


「ゴメン、大丈夫だから……」


 いつになく覇気を感じられない彼女の手は対照的に、とても力強く、依然としてひじ掛けを手放そうとはしない。


「とりあえず指示ありがとう。あのままだったら被弾してたかも」


「いやお前今それどころじゃ」


 彼女を刺激しないように可能な限り小さな声で言葉を発する鬼丸。彼女の体は小刻みに揺れていた。


「バカみたい。一瞬なら大丈夫だと、思ってたんだけどなぁ」


 声も震えている。いつもの透き通り、芯のある声は聞こえない。


「キルの翼が消えた瞬間、頭の中が真っ白になったの。でも、もう大丈夫……」


 鬼丸の視線を避けるように自身のそれを膝あたりに落とす。

 司令塔と攻撃手段を失った鋼のワルキューレはキルとコルセアによって絶えず回避行動が行われていた。


「とりあえず、一旦撤退して体勢を……」


 クリスタは何かを考える時、右手を自身の唇に当てる癖がある。その為に精神的な依存対象であったひじ掛けを、彼女は何とか手放した。

 彼女の右手は結果、唇には届かなかった。胸のあたりで委縮し、過呼吸を起こす。


「大丈夫、大丈夫だから」


 何とか平静を保とうと自身に鞭を打つ。戦場での精神的ショックは命取りになるだけではなく、後遺症になることもある。シェル・ショックに代表される戦闘ストレスが人類に与える影響は計り知れない。一説によれば陸上戦闘機はそれを軽減するために造られたとされている。


「だから、大丈夫よ、鬼丸……」


 しかしこの男、戦の天才鬼丸紅蓮は見逃さなかった。憎きエリートの涙を! 不安を! 


「バカ言ってんじゃねぇよ。らしくもない」


 ボソッと呟いた彼は片膝立ちになり、座っている彼女と心臓の高さを合わせる。

 そして何の躊躇いも迷いもなく、震えている彼女の右手を優しくとった。


「え……」


 状況が理解できないクリスタは当然、固まった。そしてすぐにその暖かい手を振り払おうとしたが、彼は必死に喰らいつく。


「やめなさい! 何の冗談よ」


「離さない! 何が、なんでも! お前が安心するまでは!」


いつもご愛読ありがとうございます。面白ければ感想、評価やレビューをお願いします。タイトルの微調整に数十分掛かったのは内緒の話です。

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