第二十一海路 1 海上飛行
パイレーツスパイトの見張り員は、上空を注意深く見ていた。あらかじめ指定された港まで撤退出来ればこのペイントを落とすことが出来る。それまでに八型改の追撃を受けないよう、細心の注意を払っている。
「きっと奴らの目は今、空中にくぎ付けだろう」
「まああれだけ空から手痛い攻撃受ければバカでもそうなるわね」
舷側砲が可能な限り上を向いていることを確認した鬼丸の分析は、間違ってはいなかった。
「流石にあんな対空配置見せられたらバカバカしくて頭が痛くなるわ。癪だけど、教育が必要みたいね」
「クリスタよ、顔が悪いぞ」
「あら、アンタのお兄様ほどではないと思うのだけれど」
ヴァルハラの四人それぞれはモニターであったり操縦桿であったりに視界を支配されているため互いの顔は一切見えていない。つまりこの会話の顔については憶測と偏見で行われている。
しかしこれがなかなか間違っておらず、クリスタと鬼丸の口角はしっかりとあがっていた。イタズラが上手くいったことを確信した悪ガキのような、邪気にあふれた無邪気な笑顔を作る二人、特にもともと目つきが良い方ではない鬼丸に至っては物語に出てくる鬼のような顔をしていた。
「鬼丸、今回もアタシがやっていいわよね? そもアンタに近接武器が扱えるとも思えないし」
「寝言は永眠してから言うから寝言なんだぞエリート様。本部に配属されている以上一通りの扱いは覚えている」
クリスタの挑発的な態度に対して声色を変えない鬼丸のモニターには、一面透き通った海が広がっていた。
「……ただまあお前の方が慣れてるって言うなら話は別だ。こっちは発砲だけに専念させてもらうぜ」
その言葉を聞いたクリスタが武装操作権限の主導権を自身へと移す。その顔はシンプルな微笑みであった。大好きなカレーを目の前にした小学生のように、純粋な笑顔であり、付け合わせに鼻歌も混じっていた。
「なにいきなり社歌なんて歌っちゃって。そんなに戦いたかったのか?」
どうやら鼻歌までは彼女の意識下の行動ではなかったらしく、手の動きを止め、顔を赤く染める。そして直後、細い声で一言、
「今のは忘れなさい」
もともとクリスタとは激しい争いを繰り広げてきた鬼丸がこれを逃すことはなかった。
「大方コルセアの復帰で操縦桿握る機会が減って、そんでもって飛行能力も基本はキル任せ。機関の調整は八型改本人が行っちゃって手持ち無沙汰なんだろうよ」
可能な限りわざとらしく話す鬼丸の内容が間違っていないために反論が出来ないクリスタの顔はみるみるうちに赤くなっていった。
「まあ訓練だけにしておいてくれよ、その性分。実践でやられたらたまったもんじゃない」
操縦桿をしっかりと握ったコルセアが少し呆れた様子で口にした。それを聞いた鬼丸は得意げに、そして煽るように先ほどのクリスタのようにヴァルハラの社歌を口笛で奏でた。
「……覚えておきなさいよ自称天才!」
そんなやり取りが行われているヴリュンヒルド八型改は、海面スレスレを水平に飛行する。舷側砲が上を向き、撤退をしながらの迎撃を用意したことを確認したクリスタが提案し、更なる追撃を行うこととなった。
警戒が手薄な海面から舷側へ、模擬銃剣での攻撃によって海賊陣営を完全に撤退させることが出来たのなら、この戦いを有利に進めることが出来る。
「見えたぞ! 奴ら揃って上を向いているな。隻眼よ、部下の教育はもっと丁寧に行うべきではないのか?」
「これが終わったらきつく言っておくよ。困ったもんだよ」
ただ今はその教育不足のお陰で、発見を遅らせることが出来ている。
「お! 見張りの奴と目が合った。どうするよリーダー?」
鬼丸は試すような物言いでクリスタに伺いをたてる。
「バカ言ってないでトリガー握ってなさい。すぐアンタの仕事無くなるわよ。目標、敵右舷側! 接近戦用意!」
舷側砲の角度がゆっくりと海面に向く。しかし八型改が舷側に到達する方が早く、辛うじて見えていた木目は模擬銃剣と模擬弾によって塗りつくされ始めた。
「不味いぞアルタ! このままじゃ轟沈判定になる」
「焦るな! 奴らの派手な翼を狙え。海に落とせば動きは鈍るはずだ」
アルタの指示を聞いた海賊達は急ぎ右舷側に集まり模擬砲弾を八型改の背中から形成されている翼に向けて打ち始めた。
「さっすがアルタ!」
「いい考えだ!」
「一生ついて行くぜ!」
アルタの天才的? な指揮に盛り上がり、海賊達の士気は最高潮に達した。各員がおのれの持てる力以上の働きを行ったため、装弾速度は過去最高となった。
「パイレーツスパイト、発射レート上昇。それに何発かは被弾コースです。皆さん回避を!」
「なんだあいつ等。やれば出来るじゃないか!」
八型改の分析を朗報と捉えたコルセアは歯を食いしばり操縦しながら大いに喜んだ。しかし次の瞬間、彼女の顔は怒りの赤に染まった。
「にしてはアルタもやってくれたねぇ。相手がアタシだと知っておいて」
機体内には八型改が着弾までの時間を計算し、それを直観的に認識させるためのアラームが鳴っており、その感覚は次第に早まってくる。
「翼収納! このコースなら翼しまえば躱せるわよ」
クリスタが八型改の計算を元にコースを把握。瞬時に回避運動を指示した。
「それと酒田は機首上にあげる! 少しとは言え高度を下げない工夫しなさい!」
「了解。やるぞキル! タイミング合わせな!」
「面白い!」
口角を上げ、豊かで不適な笑みを珍しく見せたキルはコルセアの力のこもったカウントに合わせ手を離す。
「今ッ!」
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