第十九海路 3 似たもの同士、背中を合わせて
「でもトマスさん? あの機体は俺だけで乗っている訳じゃないってこと、忘れないでくださいよ?」
キルの細い手が、二人の手の上に添えられる。
「……何が言いたいデス?」
「さあ、背後には気をつけろってこと、かな?」
キルの手が離れる。トマスはその鬼丸のブラフに、しっかりと引っかかった。
(背後? まさか!)
力を掛けながら首だけを後ろに向けたトマス。しかし彼の視界には特段目立った物は見受けられず、肩透かしを食らう。
「気を付けるべき背後って別に貴方の物だけではないわ」
その透き通った声は不敵な笑みを浮かべ返している鬼丸の背後から聞こえた。
咄嗟の判断でトマスが振り向いた時、彼の手にはとても強い負荷がかかり、今にも机につきそうな状態であった。
鬼丸の背後、彼を抱くように背後から伸びる手があった。それは鬼丸の右手に添えられ、彼を後押ししている。
「行くわよ鬼丸! タイミング合わせなさい!」
「いつでもいいぞ! カウント任せた!」
歯を食いしばる二人の表情からトマスの力が計り知れないものだということがわかる。そしてそれを実感している二人は、それを踏まえた上での攻勢に出る。
「ふざけるなデス! こんな卑怯な手を使って!」
トマスの大声が店内に響く。幸い店には関係者しか居ない為に迷惑がかかることはない。
「ドライ!」
「卑怯? 結構結構」
キレの良い声でカウントを始めたクリスタと、その懐でトマスを嘲笑う鬼丸。
「ツヴァイ!」
「つまりアンタは両手を使っていない俺らを、ルールを破っていない俺らを卑怯だって言うんだな!」
二人の呼吸は次第に重なる。
「き、詭弁デスそんなもの! ミーは認めません!」
しかし非常なことに、現実は結果だけが残る。そこにどんな歴史や経緯、今回のような事前のやり取りがあったとしても、最後に残るのは勝者の言葉のみである。
「アインス!」
「これが俺達のやり方だ! 覚えてけ金髪野郎!」
大きな声を振り絞り、最後の一押し。
「ヌル!」
「ゼロ!」
鈍い音を立てて机にひれ伏すトマスの粗い手。その上には鬼丸とクリスタ、二人の片手があった。
予想出来ていたとはいえ、その事実をトマスは受け入れることが出来なかった。たかが子供に一泡噴かされた事実、そして自身が二度も同じ手に引っかかってしまったという事実に。
連敗をし、引っ込みのつかなくなったトマスに代わり、新井がその場を仕切る。
「トマス先生、もうよろしいか?」
「み、認めません、ミーは断じて認めませんデス!」
勢いよく、雑に店の戸を開けそのままどこかへと姿を消したトマスを確認し、一同は溜息をつく。
「本部長? あの話の通じない方は?」
クリスタが嫌々聞いている後ろで、鬼丸は自身の手をほぐし、それを後ろでキルが心配そうに凝視している。
「トマス・テスラ。武装顧問だ。少々……かなりの変わり者だが、他に頼れる人も居ないものでな。全く」
自身の懐から出した扇子で顔を扇ぐ新井の顔は、苦悶の表情を浮かべていた。
武装顧問という単語に、クリスタは少し反応をした。なにやら思うところがあるようで、何かを考え込んでいる。
「……もしかして焔の火炎放射器を陸戦小銃に改造したのも」
「その通りだ。正直バカげていると思うが、もともとのライフルを改造するよりも早いと言って聞かなかったんだ。性能としは良いものとは言えないが、あのライフルよりかはましだろう。」
あのライフル、というのは元々インテリが使っていた射撃サポートを極限までゼロに近づけた物である。人間がアレを使おうとすれば、処理が追い付かずに三流以下の獲物に成り下がる。
その会話を聞いた鬼丸が、話に入り込んでくる。
「まあアレよりかはマシなんじゃないのか? 前一回使ったけど、操作性は段違いだったなあのアサルトライフル。集弾性は酷かったけど」
前回の戦いは、たまたまその弾のばらつきによりアレッサンドロの演算能力を上回る天文学的な数字の弾道が生まれた。それに救われはしたものの、メリットが限定的すぎるために集弾性は高い方が望まれる。
「目下、集弾性については改善中だ。他に何か気になることがあればレポートに纏めろ」
新井はそう言って白紙の束とペンを机の上に乱雑な手つきで放り投げた。
「気になる点って言っても、まだ一回しか使ってない上、どっかのエリート様が出娑婆ったせいであんまりわからないんだけど?」
鬼丸は少しだけクリスタを睨んだ。本来リーダーとして全体の指揮を執るはずのクリスタとともに操作したため、彼はあの小銃の全てに目を通したわけではない。
「あら、アンタ一人であれを使うつもりだったの? ごめんなさい。操縦桿を離したものだからてっきりお手上げかと思ったわ」
鬼丸の視線には反応せず、目を閉じ、腕を組んだクリスタが反応する。彼女の指摘通り鬼丸は一度操縦桿から手を離しているためそう取られてしまっても仕方はない。
しかし口角が若干上がっている所を見る限り、これは鬼丸をおちょくっているのだろう。
「そんなもの詭弁だろう」
「あら。今の言葉、あの金髪顧問が聞いたらどう思うでしょうね?」
自身の赤い髪を右手で払い、余裕綽綽の雰囲気を醸し出すクリスタ。
「だいたいお前は!」
「そう言うアンタは!」
二人の口論は熱を帯びていく。しかし二人は視線を交わすことなく、むしろ逆方向を向いている。何か行動を起こすでもなく、耳を塞げば何気ない雑談をしているように見えるため、新井のような一定の常識を持ち合わせている人間にとっては、理解に苦しむ状況となっている。
「なぜこの二人はこんな関係なのに、戦闘時には連携が執れるのだ。全く。オイモドキ、いるのだろう。説明しろ」
眼鏡の位置を直し、雑な声で八型改を呼ぶ新井に、彼女は机の上に置かれた鬼丸の端末から嫌々そうに答える。
「まだその呼び方なんですか? この前自分で認めたのに」
「知るか。いいから説明しろ。お前、あの二人を長い間見てきたんだろう」
見てきた、という言葉が正しいかどうかはわからないが、八型改のデータには本部でしのぎを削っていた頃からの二人の軌跡が、映像として残っている。
「知りませんよ。二人ともひねくれているんじゃないんですか?」
今までで一番面倒臭そうな声を出す八型改。鬼丸とクリスタが聞けば驚くだろうが生憎二人は今、閉じた瞳の前に居る敵に必死だ。
「なんだその態度は?」
「さあ、知りませんよ。反抗期とかじゃないんですか?」
そしてこちらもまた、必死に見えない敵との口論に必死だ。
その姿を近くで見ていた水色の髪をした女性は首を傾げて一言、ポロリと口にする。
「似たもの同士?」
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