第十九海路 2 戦いのルール
「なんで俺だけバイトなんだよオッサン!」
「何度言ったらわかるんだガキ! 私はオッサンではない! 普通に考えてみろ。ヴァルハラの職員でないお前に衣食住を提供するのだから、それ相応の対価を払えと言っているだけだ!」
「じゃ、じゃあ俺も鬼丸達と一緒に戦う。陸戦だって乗ってやる! これでいいだろ」
「貴様に何が出来ると言うのだ! 野垂れ死にたくなければ黙って現場に行け!」
鬼丸が目を覚ました少し後、腕寿司では新井とユナの口論が繰り広げられていた。
「あーそうですか! 後から俺の力が必要になっても知りませんからね!」
ユナは机を叩き立ち上がり、粗い手つきで扉を開くと、文句を言いながら店を出ていった。
「……大将、今すぐ店に塩を撒け」
「新井の旦那、もっと言いようはあったんじゃないのか?」
朝の仕込みをしながら声をかける大将は、何処か落ち着きがなかった。
「何かあったのかね?」
「いや、仕入れに行った隼人の戻りが遅いもんだから……お、帰ってきたか」
ユナが開けっ放しにした扉の向こうから、大きな発泡スチロールを抱えた隼人が走ってくることを確認した大将は、大きな声を出す。
「隼人てめぇ何処で油売ってやがった!」
「……どうやら訳ありのようだな」
隼人の鬼気迫る表情を読み取った新井が店の外に出て様子を確かめる。
「大変だ本部長! 大将! 紅蓮がトマス先生に捕まった!」
「「なん……だと!」」
二人の背筋は凍り付いた。最も恐れていた事態が、発生してしまったのである。
―――
「いいデスかアナタ、回避用のパーツで殴るなど言語道断!」
「仕方なかった。あの時はあれが一番効率がよくてだな……」
新井達一行は腕寿司前に首根っこ掴まれて引きずられた鬼丸の姿を確認する。その前には鼻の高い金髪の大男、トマス・テスラが歩いていた。
「ミスター新井、何度言ったらご理解いただける! このデビルにあの機体は勿体なさ過ぎる!」
新井を見つけ鬼丸から手を離したトマスは、大きく身振り手振りをしながら新井に訴えかける。
内容はおおむね八型改は鬼丸には勿体ない。もっと上品に扱うべきだ、だのそもそも芸術作品に近い八型改を戦闘に使用すること自体間違っている、だの。
拘束を解かれた鬼丸は、腰を叩きながら立ち上がり、視線で三人に助けを求める。
「……トマス先生、少なくとも今、彼以上にあの機体を乗りこなせる人間はいないと思う。そのことを考慮した発言かね?」
「ウッ」
どうやら図星だったらしく、言葉に詰まるトマス。鬼丸含めた四人は一安心し胸をなでおろす。
「とりあえず、メシにするか?」
大将の一言で、その場の空気は流れた。
「んで? これは一体どういうことなの? 鬼丸」
数十分後、キルとともに店に現れたクリスタが目にしたのは、鬼丸と知らない金髪の男性が互いの右手を握り、肘をテーブルに突き睨み合っている。
「ちょっと黙ってろクリスタ。俺は今、絶対に負けられない戦いに挑んでいるんだ」
「ホウ、絶対に負ける戦い、の間違いデース」
寝起きで頭が回っていないクリスタは、自身の腰から通信端末を取り出し八型改を呼び出す。
「なんでも鬼丸君がウチにふさわしくないとかどうとかで、最終的に……」
「男なら、腕っぷしの強さ?」
背後からキルが口を挟む。
「何それ、やっぱり日本のサルは考えてることがわからないわね」
「単純明快。キルは好き」
そう呟いて、鬼丸とトマスの元までゆっくりと歩いたキルは、二人の手の上に自身の小さな手を置く。
「……ゴ―」
何の前触れもなく自身の手を上にあげることでキルは、強制的に戦いの火蓋を切って落とした。
自称戦の天才は、その名に恥じず不意討ちにも見事に対応した。キルの手が離れた僅かコンマ二秒後、机が大きな音を立てて軋む。
鬼丸に一旦は押されたトマスだったが、徐々に立て直していった。
「所詮はキッズ、ミーのパワーの方が上デス」
勝ちを確信したトマスは苦痛に顔をゆがめながらも不敵な笑みを見せる。
その姿を、口に手を当て観察しているクリスタ。彼女が何かを言おうとしたが、その前に鬼丸が大きな声を捻りだす。
「……この戦い、ルールは何だったっけ?」
「今更命乞いですか? 手の甲がテーブルについた方がルーザーデス」
その言葉を聞いた鬼丸は、口角を上げた。彼の手の甲と机の間は、針一本がギリギリ入るかどうかである。
軋む机を抑えていた鬼丸の左手は開かれ、そしてそれは宙に移る。
「自殺行為デース。諦めデスか?」
「どうかな!」
鬼丸の左手は彼の顔を横切り、ゴツゴツとしたトマスの手を超え、それと格闘を繰り広げている彼自身の右手に添えられた。
「よいしょ!」
その一言を合図に、形勢はひっくり返る。図太い音を立て机に伏せられたトマスの手の上には鬼丸の両手があった。
「ハァ……どんなもんだ……」
肩で息をし、満身創痍の鬼丸に対し、当然トマスは激怒する。
「ルール違反デス! 反則、つまりミスターデビルがルーザーデス!」
顔を赤くし声を荒げるトマスに対し、悪魔のように下種な笑みを浮かべる鬼丸が自身の両手で体に風を起こしながら勝ち誇る。
「手の甲がテーブルについた方がルーザー、だったか?」
両手は使わないこと、トマスが示したルールにそんな一文は無い。
あくまで屁理屈だ。しかし戦いに理屈も屁理屈も無く、勝者の従った法則こそがルールとなる。
「屁理屈を! もうワンゲーム! 今度は片手のみです!」
肘をつき、鬼丸に握手を求めるトマスの顔は、とても冷静さを欠いていた。
その本気を見た鬼丸は、面倒臭そうに呟く。
「ハァ。奇襲が認められない以上俺一人じゃ負け確定じゃないか。とりあえずトマスさん、冷静になりましょうよ」
「シャラップ! この戦いで勝てば、貴方には八型から降りてもらいます。いいデスね!」
黙って頷き、トマスと手を組んだ鬼丸。
「キル、もう一回頼む」
鬼丸はキルに視線を送る。そして同時に、もう一人へも視線を送る。
「でもトマスさん? あの機体は俺だけで乗っている訳じゃないってこと、忘れないでくださいよ?」
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