第十九海路 1 決意の夜に
「いいんですか紅蓮さん?」
「気にするな。八型改の中で寝るのには慣れてるからな」
その日の夜、新井本部長が怒涛の展開について行けず倒れ、ユナの処分は保留となった。鬼丸は彼に自身のハンモックを貸すこととなった。
「また世話になるぞ、八型改」
「ウチとしては別に大丈夫ですが、コルセアさんのパイレーツスパイトで寝ればよいのでは? アルタさんからもお誘いされてましたよね」
「あそこは夜が夜してないだろ」
鬼丸の視線の先には、沖に出て訓練をしているパイレーツスパイトの姿が煌びやかに映る。
「それもそうですね」
ユナ達に別れを告げ、鬼丸はミナ島にてメンテナンスを受けている八型改の元へと向かう。夜はメンテナンスが行われていないために乗り込むことは可能である。
「静か……ですね」
「ついさっきまでは祭りみたいだったのにな」
星が瞬く海の上。静寂に、鬼丸が桟橋と一体化した木製の通路を歩く音と、二人の会話。そして突き上げる波の音のみが木霊する。
「鬼丸君、ちょっといいですか?」
「どうした?」
鬼丸は歩みを止めずに端末から発せられる八型改の声に耳を傾ける。
「人工知能の多くを暴走させたのは、この戦いの黒幕は、一体誰なのでしょう?」
「……本部長の話では明確に黒幕がいるんだっけ? そんでインテリ……ゴッドアップルではないと……」
その後、ちょっとした沈黙が訪れる。
「ごめんなさい。ちょっとだけ、気になって。わかるはずもないのに……」
いつもとは正反対に、明るさを感じられない声であった。
「安心しろ。お前の仲間の仇は、しっかり俺が討ってやる」
人工知能も好きで暴走しているわけではない。彼らもこの戦いの、そして黒幕の被害者であることを、鬼丸は理解していた。
「……ありがとうございます。でもそういうカッコいいのは戦いの前かクリスタさんの前だけにしておいてください」
ちょっとだけ不機嫌そうな、呆れた声が聞こえた。
「……なんでアイツの名前が出てくるんだ」
かなり不機嫌そうな、怒りの声が聞こえる。
「大体何が『……これがそういう感情なのかもはっきりしていない。まともな回答は期待しないでくれ』ですか。拗らせすぎですよ鬼丸君」
先ほどとは打って変わって、面倒臭そうな声で会話をする八型改に、鬼丸は珍しく防戦一方である。
「頼むからもうやめてくれ……」
顔を赤くして下を向く鬼丸。八型改はその様子を声紋から察知し、トドメを決める。
「あ、今昨日の事思い出してちょっとニヤニヤしていませんか?」
図星をつかれたのか一切の動きを止めた。
「ハァ、これは先が長そうですね……ちょっと鬼丸君海水なんて汲んでどうしたんですか?」
「お前、確か防水はハッチで制御回路が守られてるからだよな? そんでその防水ハッチの場所は確か……」
八型、及び八型改のことに関しては、鬼丸とクリスタの知識に差はなく、それらは他の追随を許さないレベルであった。
メンテナンス作業のため、防水ハッチは外部からの開閉が可能となっている。これはつまり……。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい調子乗りましたごめんなさい。海水を直接流し込むのだけはやめてくださいごめんなさい」
マシンガントークならぬマシンガンアポロジー。
「わかればいいんだ」
そう言い手で汲んだ海水を海に戻した鬼丸の目に、大きな月と赤いメッシュが入った鬼丸が映っていた。
「……染めるか?」
次の朝、鬼丸は鋼の匂い漂う八型改内部で目を覚ます。水の抜かれた陸戦ドッグに固定された八型改の白い表面が朝日を受け流す。
「おはようございます。今日も気持ちのいい一日ですよ」
ハッチが開き、太陽の恵みを全身で受けた鬼丸は、既にジャージからヴァルハラ常勤服に着替えていた。白いシャツに翼をモチーフとした紋章が背中にデザインされたそれは、民間軍事企業の制服の中でもファッションセンスに長けたものであり、これを目当てに入社する女性社員もいるとかいないとか。
「んじゃメシ行くか」
ジャージのポケットから端末を取り出した鬼丸は八型改にそう告げる。
「了解! 端末に切り替えますね」
―――
「そっち、引っ張ってくれ!」
「今朝の水揚げ量は……まあまあか」
「バカ! 血抜きはしておけってあれほど」
キノ島には劣るがこのミナ島にも漁港があり、朝からせっせと漁師たちが水揚げされた恵をあっちこっちに捌いていく。しかしその喧噪も、鬼丸を、いや、背中の翼を見るなり静まる。
「軍だ……」
「迷惑な奴らだよ全く」
「でも陸戦から守ってくれてるし、ねえ」
歓迎されていないことを改めて体感した鬼丸は、足を早める。
「ウチたち、この島のために頑張ったのにあんまりじゃ……」
「文句言うな。普通の人たちにとっては戦争なんて無縁でありたいんだ。どっかの誰かが世界を救ってくれる。でもその誰かには近づきたくない。人間所詮そんなもんだ」
鬼丸は声のトーンを落とし、つまらなそうに呟く。
八型改の言う通り、先のアレッサンドロ戦、そしてその前の海賊との戦い、そして焔三式との一戦において、鬼丸達がこの島の防衛に貢献したことは言うまでもない。
「守られて当たり前。でも自分の手は汚したくはない。平和な島で生きてりゃ人間、そんな考えになるのは珍しいことじゃないと思う。あんまり悲観すんなよ」
鬼丸の視線の先には、怯える島民を掻き分け走ってくる作業着姿の人影があった。
「紅蓮!またお手柄だったな!」
それは鬼丸の旧友、隼人の声であった。
「こうやって感謝してくれる人がいる。それだけで俺が戦い続ける理由になる気が……してな」
少し恥ずかしそうに言うその背中にイントネーションが特徴的な言葉が投げかけられる。
「ユーがミスターデビルデスね? ここであったがハンドレットイヤーデス! 覚悟するデース! 」
鼻が高いその男性は有無を言わさず鬼丸に近づく。身長はとても高く、鬼丸を見下ろす形となっている。
「誰だ? お前?」
鬼丸の質問にその男性は螺旋を描いた金髪を風に泳がせ、大きな声で名前を告げた。
「ミーはヴリュンヒルド八型サポートチームウェポンチーフ、トマス・テスラ!」
そしてトマスはその勢いで鬼丸を指さし、続ける。
「ユーにあの機体を動かす資格はノー!」
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