第三回路 エンド
爆発の出どころを、いまだ鬼丸は掴んでいなかった。いや、今となってはその出どころが移動しているため、それどころではない。
「施設の機材やらに引火して……ってわけでもなさそうだな。爆発音に時間差がありすぎる」
「オイオイ、じゃあそれってまさか」
鬼丸と、制服に着替えたクリスタとともに中央管制室に走るコルセアが大きな声で聞いた。小さな声だといつ起こるかわからない爆発にかき消されてしまう、という理由よりも感情の制御が
間に合っていないのだろう。その顔は不安に満ちたものとは思えない鬼の形相であった。
「誰かが爆発させながらこの施設を移動している。侵入者がいる……もしくは事前に仕掛けられ
たものが時間差で起爆しているといった所か」
普段は猪突猛進の化身が如き鬼丸は一方で落ち着いていた。
「侵入者? ここのセキュリティに穴があるなんて思えないけど……てかお前やけに落ち着いているな」
会話の影響からか、コルセアも少しづつ落ち着きを取り戻しつつある。
「生身の俺じゃ何もできないからな。せめて今は冷静で。騒げばインテリの無事が保証されんなら一人祇園祭でもやるがな」
民間軍事企業ヴァルハラの新人研修カリキュラムは、緊急時での冷静さに重きを置いている。鬼丸のこの発言はその賜物とも言えるだろう。
ただ一方で。
「でもこのコースの法則に従う確証もないわけだし。仮にも彼らは……」
爆発が起きた。複数回起きている。までは何事もなかった。いつも通りのクリスタ・リヒテンシュタインであったが、それが移動していることがわかり始めると一転して、真っ青な顔をした。
「どうしたクリスタ、何か気付いたのか?」
災害時などは基本職員は中央管制室に向かい指示を仰ぐことになっている。しかしクリスタは、管制室のある方向にその血の引けた横顔を見せ、通路を曲がった。
何も言わずに。
「おいクリスタ、管制室は……どうしたんだアイツ。コルセア、何か知っているか?」
一時的に足を止めた鬼丸とコルセア。
「あっちは第二生活塔だよな……」
このヴァルハラ本部は鬼丸達が生活する南北に伸びた第一生活塔、形を同じくして第二生活塔がその東に離れてあり、その中央に格納庫や中央管制室のある特別塔があり、それぞれの塔を繋ぐ廊下がいくつかある。
クリスタは先ほどまでいた特別塔を右折し、第二生活塔へと向かった。。
「あっちには他のAチームのメンバーが生活してた……まさかクリスタ」
クリスタの奇行に二人が気付いた時、館内放送が流れる。
「至急、職員は中央管制室に。それから第二には近づくな」
割と砕けた口調であったりするところから、そのような原稿を作る暇がないこと。館内放送担当の声ではないところから更に管制室にいる人員も足りないことがわかる。
「……オイオイ。タイミング悪すぎだろう」
コルセアの片目は、彼女の男勝りな性格に似合わず湿っていた。
「なあコルセア……」
突如、暗闇が姿を現し、その後に視界は薄い赤色に染まった。これは非常電源に切り替わったサイン。異常を告げる、日常との別れの契約。
その人間離れした青い髪は、赤く燃えていた。爆発音、東より来る。
近い。
「こういう時こそ冷静な判断だよな。きっと皆無事だ」
「鬼丸! お前!」
この場において、善悪を求めるのならそれは明白だ。
「ヴァルハラはその業務内容の特異性から忘れられがちだが、企業に過ぎず、俺たちはその社員。上の命令は絶対だ」
「だからって」
涙と嗚咽交じりに声を絞る二人。
「それにこの指示は……これ以上人的被害を増やさないためのものだろう」
だから、だから俺は……。
「企業戦士であることを捨てる。んで冷静な判断とかいう馬鹿らしいのもやめだ。そんなのはインテリとクリスタで十分なんだ」
その非常電源に染め上げられた赤髪は、誇り高い顔をして管制室に横顔を向けた。
この場には悪人しかいない。だがそれを咎める人も、称える人もいない。ここに居るのは仲間を思う赤き鬼と。
「回りくどいんだよ、鬼丸!」
勢いよく鬼丸の背中を叩き、眼帯を管制室に向けた海賊のみ。
「どうする。監視カメラ潰しとくか?」
振り向き監視カメラに懐から拳銃をスムーズに取り出したコルセアが聞く。
「うおっ。お前銃刀法はどうした」
「細かいことは良いんだよ。で、やんのか?」
監視カメラが機能しなければ命令に背いたこともバレることが無いのだろうが、時すでに遅し。
「景気づけに一発撃ったらどうだ? ここまで来たら共犯だ」
「いいねぇ。そんじゃ遠慮なく」
その弾丸は見事、監視カメラを打ち抜き、二人はそのまま第二生活塔へ向かった。
―――
第二生活塔。そこは、この世の地獄と言ってもいいかしら。至るところに広がる炎と叫び声。
そして。
「ごめんなさい。遅くなってしまって」
赤い血が仲間を覆う。正確には仲間だったものを。
流石に……これ以上は精神的な面でも、呼吸的な面でもきついわね。視界が……ぼやけて……。まあ、いいかしら。皆、行ってしまったのだから。私が残る場所も、意味も、理由も、何もかもが燃やされたわ。クリスタ・リヒテンシュタインはもうどこにも……。
「おやおや、これは」
この声……真壁君。良かった。無事だったのね。
「はや……く、逃げて。アイツ、貴方のこと心配してて……」
ふと、疑問が湧いてしまった。
アイツは……鬼丸は心配してくれるのかしら? まさか。エリートがくたばったとかで喜んだりもするかも。それは流石にないと思いたいわね。都合、良すぎるかしら……。
「安心してください。貴方は助けます……」
私の意識はそこで途切れる。
―――
次に目を覚ましたのは、喧噪に溢れた管制室の床の上だった。悲鳴は聞こえない。ただ、祈るように繰り返し行われる点呼と館内放送。そして怒号だ。
「よかった。目を覚ましましたか。その、Aチームの皆さんは……」
アタシの傍に立っていた真壁君が、目を落とす。彼が気に病むことではない。
「アタシを助けてくれただけでも十分よ」
その後彼から現在の状況を教えてもらった。気がかりなのがBチーム観測手上杉を筆頭に固まり何やら中央で話をしている。そこに鬼丸の姿はない。
「強いわね。貴方のチームは。ところで鬼丸は? 酒田の姿も見えないけど……」
何も言わず、ただ黙り込む真壁君から、感じとれてしまう。そうか、彼らも……。
「一度は合流しました。しかしクリスタさんを探すと言って……それで三手に分かれてから……」
そう語る彼の肩は時々上がる。言葉を、事実を精一杯絞り出している。
「二人の、死体は? 」
ならアタシも、事実に向き合う。
「まだ見つかってはいません。いまは爆発が起きていませんが、火の手はいまだ」
そんな状況では死体捜索は出来ない、と言いたいのかそも生きているのか死んでいるのかわからないと言いたいのか、アタシには分からなかった。
その会話の後ろでは、生き残った上層部の面々によって残り十分でこの中央管制室のロックを完全に締め切ることが決定した。
十分。きっと鬼丸の帰還を信じているのだろう。真壁君の話では、現存するヴリュンヒルドはBチームが使用していたもののみ。他は跡形もなく破壊されていたらしい。
この際犯人捜しはどうでもよい。ただ、Bチームの機体の武装をフルに扱うには、爆撃手の存在が必要不可欠だ。そして他の爆撃手、その候補含めて真壁君によって死亡が確認され、報告されている。
大丈夫。アイツのことだ。また突拍子もない作戦を考え、実行し、酒田と一緒に戻ってくる。こんな時に他人の心配を、命令に背き勝手に動いたアタシを助けに行くような馬鹿が、炎ごときで死んだりは……。
ふと、鬼丸の言葉が脳裏に走る。
「生身の俺じゃ何も出来ないからな」
アイツは、自分で出来ないとわかっていて、わかっていてなお……。
「なんで……なんで」
泣いた。何年振りだろうか。悔しい、悲しい、その手の感情は物心ついた頃には消えていた。いや、消していた。何故、自分がそう思うのかを徹底的に解析し、理解してきた。ただこの涙は解析したくはない。この感情は、悲しさ、悔しさだけじゃ収まらないこの感情に名前をつけたくはない。忘れたくない。心に残したくはない。
「鬼丸を……失いたくはない」
ふと、クリスタは走った。
「クリスタさん、駄目です。何故貴方までそんな行動を」
そんな行動、ね。もしかしたら鬼丸にとってアタシは、今の真壁君みたいに映っていたのかしら。だったら。
口を大きく開けて、堂々と、力強く、アイツみたいに。
「うっさい! このガリ勉メガネ!」
なんだ。案外気持ちのいいものだ。
冷静に考えれば考えるほど、どちらが正しいかなんてはっきりわかる。
それがどうした。
アタシは止まらない。鬼丸を連れ帰るまでは。残り七分が、エンドラインだ。
第四回路へ接続しています……。
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