第十六海路 2 秘匿された関係
「八型の開発者が、新井本部長?」
「ウチの開発者が、新井本部長?」
声をそろえて荒げる鬼丸と八型改。
「やっぱアンタ、本物のバカね。ここまでの修理と改造が出来るのは、開発主任くらいなの、考えたらわからない? もしかして海水で脳やられちゃった? 大丈夫? 見てあげようか?」
クリスタはここぞとばかりに畳みかける。カイナ島に来て以降、彼女のキャパシティーを超える出来事が続いており、そのせいで鬼丸に遅れをとっていた彼女は、今この瞬間を掴んで離さない。
「うるせぇ。ホントお前趣味悪いよな」
そう言い彼はクリスタを払いのけ八型改のハッチを開く。腕を伝い足元まで降りると、その小さな足で歩き出す。その先には、アレッサンドロの人工知能を停止させるために作業をしている新井の姿がある。
「本部長、さっきの話って」
「本当だ。ヴリュンヒルド八型は私が開発した。最も、計画はまた別の男だがな」
新井は作業の片手間に語り出す。
「人工知能がハッキングされるなら、第七世代同等のスペックの有人機を造ればいい。はじめはそんな寝言からだ。人間にそんな機体は扱えないと言えば、大人数で動かせばいいだろうと。私がああ言えば、ソイツは狂言で返してきてな」
その表情にいつもの皺はなく、代わりにあるのは在りし日のそれを懐かしむ口角の緩みであった。
「エアバックや操縦席の椅子の座り心地も、その男のアイデアだ。本部に設計案を提出した際は、却下されたがな」
鬼丸は青春を語る男の顔と仕事ぶりを眺めている。
その男は今何処に。そんな質問、今の鬼丸にはすることが出来ない。彼はひそかにその質問紙を破り捨てた。
「やはり手ごわいな。暴走してからいくらかプログラムが書き換えられている」
「そんなことってあるのですか?」
鬼丸同様満身創痍のクリスタが、二人の男の背後から声をかける。その髪は風に煽られ、見事にたなびく。
「かなり長い時間暴走をしていたのだろう。そもそも本土からここまで来る間にも、相当な時間があったはずだ」
「イタリアから泳いできたのかよコイツ」
鬼丸の驚きも最もだ。クリスタの説明では、この機体はイタリアの文化財保持に従事していたはずだ。
「あら、この機体は日本にも輸入されていたわよ。どちらにせよ長距離なことには変わりないけど」
新井は機体の足の側面にある小さな蓋に手を掛け、それを外した。次に彼はその蓋の周囲についた液体を採取し、試験管での調査を開始した。先ほどの液体に別の薬品を加えた途端に色が黒くなった。
「……なるほどな。どうりで」
「この反応、不純物が多すぎるようね」
クリスタは鬼丸に視線を向ける。ここ数日鬼丸と行動を共にしていくうちに彼女は、鬼丸は何を知っていて何を知らないかのおおよその判断が着くようになっていた。
「燃料に不純物が多いって、給油担当に嫌がらせでもされたのか?」
陸戦の燃料は機関が幅広い種類に対応出来るような設計のため、使用者や地域によって様々な燃料が用いられる。しかし配合には対応できないため、これと決めた種類の燃料を使い続けるのが定石であり、これを破ると最悪爆発炎上することがある。
「それ懲戒免職モノでしょう。そんな不義理な人間、ヴァルハラにはいなかったわよ。もしかしてBチームって、サポートチームとは仲が悪いの?」
その為補給や整備を担う担当とパイロットは信頼関係が必要となる。ヴァルハラの人員はサポートチームとパイロットチームとのコミュニケーションは潤滑であるが、他の企業では全てパイロットチームのみが行うことも珍しくはない。
「いや、これ海軍でバカウケのジョークらしい。元帥に教えてもらった」
「元帥って例の? あの話って本当だったの?」
軍の元帥ともなれば、民間人からすれば神に等しい存在である。そんな人間と目の前の鬼丸が関係を持っているなど、理論的な思考を得意とするクリスタには理解が出来ず鬼丸のホラとして処理をしていた。
「んで、その結果から何がわかるんだ本部長?」
元帥の話に驚き、フリーズしているクリスタではなく新井に問いかける鬼丸。
「これは他の陸戦から給油をされていた証拠になる。それが円滑なものか暴力的なものかまではわからないがな」
「じゃあコイツが一機だけだったのも……」
「……あまり考えたくはないわね」
鬼丸は立ち上がり、黒光りする機体の脚部に手を触れる。
刹那、彼の意識は大きく揺れる。
「痛ッ、な、なんだこれ」
表情を歪ませ、左手で頭を押さえその場にうずくまる鬼丸。しかしその右手はアレッサンドロから離れようとはしない。
「ちょ、どうしたのよ鬼丸! ねえ」
ただの頭痛とは違った雰囲気を感じ取ったクリスタは彼の背中を支える。
「出血によるショックか? 救護班、至急だ。鮫島、シャークフォースを呼べ。島まで運ぶぞ」
新井は通信端末を用い必死に指示を飛ばす。島の方では鮫島の号令により出航するダイシャーク零号機の唸り声が響く。
人命救助を優先した新井は、アレッサンドロの解析及び停止を中断した。
「大丈夫だから。もうすぐ助けが来るわよ」
必死に鬼丸の意思を繋ぎとめようとするクリスタは、自身の手で彼の手を力強く握っていた。
その彼女の瞳には映らない。彼の髪の色が紅に変化するその様が。
ここまで読んでくださりありがとうございました。この作品が面白ければ、高評価や感想、レビューなんかをお願いします。ファンアートも随時募集中です。




