第十六海路 1 戦闘終了
「アレッサンドロ、反応ロスト。爆発前にスリープモードに入ったようです。ともかく、任務完了お疲れ様です」
「スリープモード?」
聞きなれない言葉に鬼丸はクリスタの顔を覗き込む。その顔は血走っており、鬼が宿ったようであった。
「一部の陸戦に搭載された防衛機能の一つよ。自身が爆発を起こして周囲への被害を出すことを避けるために、機関と回路を緊急停止させるシステムよ」
そこに、八型改は付け加える。
「緊急停止は回路、機関ともに負担が大きすぎるのです。だから彼も、相当な覚悟の元にスリープモードに入ったと思われます。今すぐ新井本部長を呼んでください。彼が目を覚まし、再び悪夢を見る前に」
目を覚ますと、悪夢を見る。その表現に、三人は言葉が出なかった。
目を覚ませば、守護者である自分が破壊の限りを尽くそうとしている。これを悪夢と呼ばずなんと呼ぼうか。
「言われずともそのつもりだ。今向かっている。ともかく鬼丸、クリスタ、コルセア。そして搭乗を認めたわけではないがキルもよくやった。お前たちはそこで迎えが来るまで待機をしていろ」
新井からの通信を受けた鬼丸、クリスタそしてコルセアの三人は、ドッとした疲れを体感し、大きなため息を付いた。
「なんだ、二人はここ数日、こんな戦いを二人で繰り返してたのかい?」
メインモニターにもたれかかるコルセアが、半開きの目で問いかける。
「毎回こんなだったら、今頃海の藻屑よ」
愚痴のように呟くクリスタは、自身の体重を左に座る生命体へ預ける。
「離れろ。暑いんだから」
「ちょっとぐらい我慢しなさいよ。一体誰がいままでこの機体操縦してたと思っているのよバカ鬼丸」
その言葉に返す言葉が見つからず、苦い顔をする鬼丸に漬け込むかのように、クリスタは追撃を始める。
戦の天才と言っても、鬼丸の陸戦操縦技術は低い。あくまで腕の良い搭乗員がそろって初めて、戦の天才と呼べる。
「大体、人の気づかいを無視したり、よくわからない妹同伴させたり、偉そうに説教すると思ったら頭から血を流すし……」
クリスタは更に体を傾け、鬼丸の膝の上に上半身を預ける。
あおむけになり傷口を慈しむクリスタの目には、小さな海が広がっていた。その奇跡の海を見逃すほどに、鬼丸は心身共に疲弊しきっていた。そして鬼丸は、今目の前で転がっている赤髪の女性が自分以上に疲労していることを理解している。
「……」
「……黙ってないで何か言ったらどうなの。今のままじゃアンタ、死体よ」
クリスタの指摘通り、口を開かない鬼丸はその顔のせいで死体と見分けがつかない。
クリスタはそんな顔を見回す。彼自身気付いていない怪我にさえ発見できるほど丁寧に。そこで彼女は、額に入った痛々しい切れ目からの発光を目にした。二、三度。蒼い稲妻が発生しているのを視界に捉えたクリスタは、その目を擦る。
その後確認した際には、既に嵐は過ぎ去っていた。
――今のは、一体。
その姿に驚き、金縛りを受けているクリスタには、血が垂れ落ちる鬼丸の髪の毛のみが映る。
「どうした、鳩が紙鉄砲食ったみたいな顔をして」
重い口を開き、言葉を発した鬼丸の膝で、クリスタは二度三度、瞬きをする。その目の世界が晴れた時には既に、嵐は過ぎ去っていた。
突如としてコックピットが開く。目の前には、動く気配のない陸戦だった物が少し向こうに佇んでいる。
「皆さん。とりあえず換気しましょう。空気を入れ替えて……あれ、おかしいです。焔の時は……こんな……」
八型改の声は、所々途切れていた。
「なんで……もっと、上手に……楽にしてあげられると思ったのに……。改になったウチなら、もっと早く……」
その言葉を、黙って聞く八型改の搭乗員たち。彼女は自身の力の成長に対して、機械仕掛けの心が追い付いていない。
「だから最初、飛ばしていたのね」
自身の力に呑まれ、判断を誤った八型改は、軽いオーバーヒートを起こしていた。戦闘を想定した人工知能は、感情を持たない。しかし八型は不運にも感情を持ってしまった特異点、ゴッドアップルより生み出された特異な存在。人と同じように調子に乗ることもあれば、ミスをすることもある。
「でも大丈夫。貴方には、私達がいるわ」
コックピット内天井、八型改の鋭い頭部へ向かい声をかけるクリスタ。そこに鬼丸も続く。
「戦闘に関しては、生身の俺らじゃ何も出来ないからな。逆に鋼のお前に出来ないこともある。だからそこはしっかり頼ってくれ。今回みたいに」
鬼丸達は、八型改の望みを見事叶えた。アレッサンドロを止めて欲しいという望みを。
「パイロットは素人含めた寄せ集め。編隊運用前提のチューニングなのに単騎出撃。それも連戦連勝。十分すぎると思うがねアタシャ」
「キルも、そう思う。無理はいけない」
皆、八型改の健闘を称える。特に鬼丸、クリスタ、そしてコルセアの三人は、八型に命を救われている。そんな恩人が自身を責める姿を、彼らは受け入れることは出来ない。
「でも……もっとウチが強ければ」
「だから貴様はモドキなんだ! 」
八型改の背後から一括が飛んでくる。そこには鮫島とともに櫂を必死に動かし、木造ボートで岩盤に接近する新井の姿があった。
「なッ、今はそういうのは……」
「私の知っている人工知能は、破壊対象を気遣うなんてバカな行為はしなかった。だからお前はいつまでたってもモドキなんだ!」
「新井さん。急に立つと危ないですよ」
グラグラと揺れるボートの上にとどまり切れなくなった新井は、接岸を待たず白衣のまま海に飛び込む。
「本部長、なにをやっているんですか?」
新井は波に飲まれながら、手を前後に動かしながら声を上げる。
「娘がバカな行動をしたら、咎めるのは父の務めであろうが」
やっとの思いで海岸にたどり着いた新井は、呼吸を乱しながら、衝撃の事実を口にした。
「娘ぇ?」
一同が顔を見合わせる。
「クリスタ、お前か?」
「どうして新井がリヒテンシュタインになるのよ? やっぱりバカね」
新井の言葉に体を起こしたクリスタだが、鬼丸の的外れな質問で力をなくし、再び彼の膝に倒れこむ。
「んじゃあコルセア?」
「両親とはとっくに縁を切ったよ」
面倒臭そうに答えるコルセア。
「んじゃあキルか」
「新井は新井。鬼丸は鬼丸」
後ろを向いた鬼丸に、キルは首を振って応えた。
「ねえ鬼丸。アンタわざとやってる? だったらずいぶんと脳がお眠のようね」
「信じられねえけど、発言からしたらそうだよなぁ」
「それは、キルにもわかる」
三人には、答えは見えていた。
「……八型改、わかるか?」
「ウチにもさっぱり」
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