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鋼女神話アサルトアイロニー  作者: ハルキューレ
海上編第二部~罪偽蒙妹~
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第十五海路 2 拳と翼と意地と根性

「偽りの翼よ、戦乙女を戦場へと導け」


 キルの発言に驚いた鬼丸が振り向くと、そこには先ほどと同じように髪の毛全てが赤く染まったキルが、どこか遠くを見つめながら操縦桿を握っている。直後、彼の体に懐かしい力が蘇る。それは鬼丸の体を椅子に押し付ける重力である。

 八型改の体はアレッサンドロ頭上を華麗に舞う。


「鬼丸、今よ! とりあえず火力出して」


 ムーンサルトから百点満点の着地を決めたクリスタは自慢げに叫ぶ。そして反応が送れているアレッサンドロの背後に接近する。その背後は、正面との差を見て取ることは出来ない。しかし今はここに攻撃を集中させる他ない。


「了解! その背中、貰った。八型改、ハンドブースター起動!」


 正面の砲撃を防ぐので手一杯の敵機の背後に向かい、両手を見せつけた後に右手のみを後ろに引き構える八型改。右手の甲が開き、ブースターが出現する。


「ギア出します。タイミングいつでもどうぞ」


 八型改の両足から、計八輪の小さなタイヤが出現し、八型改の足を浮かせる。

 引きつけられた右手のブースターからはエネルギー噴射の準備が進められており、そのクレッシェンドは波音に響く。


「三、二、一……ゴー!」


 手の甲から、オレンジの炎が後方へと噴き出る。それは八型改の体を黒鉄の要塞へと誘う。

 ハンドブースターと名付けられたその装備は、主に緊急回避時の追加推進力として使用することが想定され搭載された。鬼丸はそれを攻撃に転用することにしたのだ。

 勢いを増し、炎を纏った拳はアレッサンドロの背中を確実に捉える。奥に引かれる左手と入れ替わる形で突き出てくる拳に殴られた装甲は、煙を帯びる。


「ダメです鬼丸君。傷そんなに入っていません!」


 煙の中、八型改の解析が映し出すのは少しへこんだ装甲と、一部溶解が始まる接合部のみである。


「クリスタ! 鬼丸! こっちはそろそろ弾が底を付きそうだ」


 拡声器に乗ったコルセアの声が、クリスタを焦らせる。


「時間がない。もっと火力高い攻撃は?」


 クリスタはその背中から距離をとった。タイヤには動力が伝わっていないために、停止位置を大きく超えてしまう。

 雨垂れ石をも穿つ、という言葉は、時間のあるもののみに許された言葉であることを、クリスタは痛感し、顔をゆがめる。


「瞬間最大は今のだ。これ以上は出ないぞ」


 鬼丸は直観的に火力計算をしていた。一秒あたりの火力なら、今の攻撃に勝るものはない。時間がないことを、鬼丸も理解している。しかし力が足りない。


「ならもう一回よ。鬼丸、今の攻撃準備しながら待機。キル。もう一回飛ぶわよ」


「わかった。それが兄さんの役に立つなら」


 この時既に、キルの髪色は元の水色に戻っていた。


「よくわからんが了解! 八型改、もう一回だ」


 足を曲げ跳躍の構えを、そして右手を後ろに引く構えを同時に

とる八型改の目はとても鋭く、まるで獲物を狩る猛禽類のようなものであった。


「今再び舞い上がらん、鋼の戦乙女」


 再びキルの髪色が変化するが、鬼丸は気がついていない。彼の脳内は、クリスタの作戦を失敗しないようにするので手一杯であった。

 キルの言葉を合図に、蒼き翼を羽ばたかせ再び舞い上がる八型改。

 その瞬間、鬼丸にはクリスタの意図がわかった。なぜわざわざ飛んだのか。


「わかったぜクリスタ。お前の思いが!」


 安いラブコメならここで二人は結ばれている。Gに耐えながら放たれた鬼丸の叫びを勘違いしたクリスタが恥じらい、しびれを切らした新井が何処からともなく現れ二人の背中を押す。愛の力の前にアレッサンドロは敗れてめでたしめでたし。


「落下時に発生する位置エネルギーで威力を上げるとは考えたな」


 しかし、この血と鋼に塗れた二人は、そんなぬるま湯を望まない。


「ただ甘い、あくまで教科書レベルの応用だな」


 そして鬼丸は、ここ一番でクリスタを踏み台にし、さらなる高みへ。


「バランス操作して機体に回転掛けろ。そこで生まれるなんとか力もおまけだ!」


 クリスタは溜息をつき、機体に回転を掛ける。


「やっぱり、敵わないな。所詮アタシの考えはピンチじゃ役立たない……」


 しかし彼女もただでは起きない。右握りこぶしに力が入る。


「……とでも言うと思った? やっぱアンタってバカね。回転掛けたらアンタが酔って攻撃し辛くなると思って辞めといたけど、もう知らないわ。ぞんぶんに遠心力に呑まれるといいわ」


 クリスタは、鬼丸の船酔いを考慮し、三半規管へのダメージを減らした作戦を採っていた。

 アレッサンドロ上空では、羽ばたきを止めた八型改が頭を下にして滑空に入る。その体は回転をしており、紅と蒼の翼が美しく混ざり合いその身を包む。


「バカはお前だ、クリスタ・リヒテンシュタイン!」


 鬼丸は足に力を入れながら踏ん張り、クリスタに啖呵を切る。


「俺は、戦の天才鬼丸紅蓮! よくわからないが陸戦に乗っている間に酔った経験は一度もない! 」


 その啖呵の勢いとともに手の甲に集まる力たち。鬼丸は八型改の肘を曲げ後ろに引く。


「アンタ本当に何者よ!」


 クリスタの嘆きは伝わらない。目に炎が宿った鬼丸。


「これで終わりだァ!」


 鬼丸の放ったエネルギーの塊は見事なカーブを描き、えぐりこむような体制でアレッサンドロの背中を捉えた。その反動で宙に引き戻される八型改を、キルが顔を青くしながら、髪を赤くし翼で支える。


「やった……の?」


 着弾点は熱気を帯び、煙が立ち込めるためにすぐには敵の状態を確認することは出来ない。


「ちょっと、クリスタさん。それ禁句です!」


 そんな会話が空中で行われている間に、煙が晴れる。それと同時に、コルセア達の砲撃が止み、撤退を始める。


「アタシらに出来るのはここまでさ。頑張れよ、二人とも」


「キャプテン、それ呟いても二人には聞こえませんよ」


「五月蠅い奴だね。さっさと逃げるよ」


 アルタの頭を勢いよく叩いた背中が遠ざかる。




「これで成果がなければ……」


 クリスタが爪を噛む。その姿には若干の幼さが見られ、見た目、そして言動とのギャップが生じる。


「それならもっと高く飛ぶだけだ」


 鬼丸はクリスタが言い終わる前に遮る。煙が晴れ、二人の目に入り込んできたものは、地に落ちた黒い装甲であった。


「上々。このまま一気に……」


 そこで、クリスタは気が付いた。奴の動きが止まっていないことに。

 鬼丸は気が付いた。奴が自慢の盾をこちらに向けて投げてきていることを。


「クリスタ、キル、回避!」


 しかし間に合わなかった。羽ばたきの初期動作に合わせてぶつかった黒鉄は、八型改の白い機体を吹き飛ばす。


「被弾したか。体勢を立て直すぞ。墜落などして溜まるか」


「キルちゃん? なんか声とか口調とかどうしたの? それとウチは最新機体で防水対策もばっちりだから回路が水に濡れても大丈夫だよ?」


 キルの操作によって、空中で体勢を整える。アレッサンドロは投げた盾を回収し、再びこちらへと重い足取りで詰め寄る。


「鬼丸、今の見えた?」


 今の衝撃でクリスタは頭を打ち、額から血が流れる。


「見えたぞ。あれ、背中に機関背負ってたな。あと一発入れれば止まるだろう。ここが正念場だ」


 鬼丸も同様に、血を流す。目に入らないように拭き上げるように拭うと、髪が紅く染まる。彼は苦痛に歪む自身の顔を必死に押し殺し、白い歯を見せる。

 二人が見たものは、夕焼け色で働き続けるアレッサンドロの機関部であった。陸戦の機関部は機体によって様々である。形、動力、馬力、そして位置までも。アレッサンドロの場合、背中ギリギリに機関部が搭載されているためにそこが弱点となる。


「もう一回、いや、何度だってやってやる」


 激痛は収まらない。鬼神の如き険しい表情を作り出す鬼丸に、クリスタは度肝を抜かれたような顔をする。計算しつくされた完璧な作戦を立案、実行してきた彼女にとって、ここまで全力で、死に物狂いで操縦桿を握る人間を目の当たりにするのは初めてである。鬼丸は食いしばった歯から血を流す。


「兄上よ、なかなか根性があるじゃないか。して、どうする。もう一度飛ぶか?」


「いや、奴も学習しただろう。次も同じ攻撃が通るとは考えられない」


 鬼丸の発言通り、人工知能相手に同じ手は通用しない。長期戦になればなるほど人類は不利な戦いを強いられる。


「う~ん」


「う~ん」


「う~む」


 三人は頭を抱える。キルが距離をとり続けているために攻撃を喰らうことはないが、次の一手が思いつかない。

 

「……ちょっと待って。この反応」


 クリスタはモニターに目を遣る。そこには高速接近する機影が捉えられていた。その速度、そして陸戦に似て非なる異様な反応を放つそれに、心当たりがあった。

 海中を進むその雄大な姿は、側面に荒々しい文字で零と書かれていた。


「増援よ!」

ここまで読んでくださりありがとうございます。もしこの作品が面白ければ、感想ブクマ、評価やレビューを何卒宜しくお願い致します。赤文字を見てみたいッス!

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