第十五海路 1 偽りの翼と勝者の責任
「八型改、貴方……」
クリスタにはわかる。彼女が無理をしていることを。鬼丸には理解できる。彼女が無茶をしてまで成し遂げたいことが。
「だからって決定打はないわけだし……」
そう言いながら鬼丸はモニター上のアレッサンドロを見つめる。
「ん? んん?」
「どうしたの鬼丸?」
「いや何というか、違和感が凄くてな」
鬼丸は目を瞑り頭の回路を巡る。
―さっきのキルの発言。
一人で。キルのその一言が頭に引っかかる。一対一ならまだわかるが、二機以上の相手をする場合、彼の思考回路には大きな欠点が存在する。自身の身動きが取れない以上、それは高級な盾に成り下がる。
「なあクリスタ、アイツは普段、一人なのか?」
道具は、使い手がいて始めて存在出来る。今のアレッサンドロは使い手のいない道具である。
「少なくとも二機以上のチームで運用されているから、今回は珍しいわね。暴走しているからかしら」
「普段はなんで一人じゃないんだ?」
「二機以上の運用で初めて真価を発揮するってカタログで読んだことあるわ」
クリスタは以前、陸戦の購入を検討しており、その際に市場に出回っている機体の公開スペックは頭に焼き付いていた。
「つまり、いつもは背中を預ける仲間がいるわけだ」
一つ、また一つ。手探りで正解を探す。鬼丸ですらその正解がどのような問に対するものなのかはわかっていない。
「そうね」
「想定された運用方法だと、背中は晒さないってことか?」
「確かに……そうね」
「つまり背中が弱点?」
さっきまで黙り込んでいたキルが、その潤った口を開く。
「……証拠は?」
「ない。何となく。ダメ?」
首を傾げて後ろを振り向くクリスタに訴えかける。しかし相手が悪かった。
「論外。あくまで推測に過ぎないわ。それにたとえそうだとしても背中に回り込めないわ」
海賊の砲弾が雨あられのように降り注いでいるため、動きが止まっているとはいえアレッサンドロの横を通ることはリスクが大きすぎる。
「かといってコルセア達の攻撃が止まればアイツは動き出すし……詰んでないか?」
クリスタに伺いをたてる鬼丸。仮説が成り立たない時点で、この作戦は絶望的である。
「じゃあ……」
二人は背後から発生した声に気を向ける。声の主は勿論、キルである。
「飛んで回り込めば、万事解決」
いつもと変わらない口調ながら、どこか自慢げに親指を立てて見せるキル。
その突拍子のない提案に石化する二人にキルは続ける。
「大丈夫。飛べる。兄さんたちには、翼がある」
そう言うとキルは目を瞑る。
「今度は、落ちないから」
そう呟くと、彼女の後ろから大きな音がする。
「これは……二人とも、ウチの背中に出所不明の高エネルギーが。これならキルちゃんの言うアレができますよ」
そう発する鋼の乙女は自身の巨体を確かめるように動かす。
いつでも行ける。その合図かのように。
「アレってまさか……今だから言うけどあの作戦、割と直感で考えたやつだぞ」
これから行おうとしている行為に、二人は心当たりがある。
その直感は天才、クリスタ・リヒテンシュタインを打ち破り、そして二人の命をも守った。しかしその代償はあまりにも大きく、もう二度と行うことはない、少なくとも鬼丸はこう考えていた。
「成功例があればそれは直感の域を超えるわ。端的に言うと定石ね」
定石となれば彼女の独壇場である。既にあるデータを元に再現することなど造作もない。
「オイオイちょっと待て。万一背後を取れた所で、それが弱点とは限らないんだぞ。あれはキルの推測でしかない」
「アンタの妹の直観なら、それだけで十分よ。それに兄が信じてあげなくてどうすんの?」
クリスタは落ち着いた口調で鬼丸を威圧する。その手は慣れた手つきで飛翔に備える。
「それにいざとなったらアンタが何とかしてくれるでしょ? 散々アタシの作戦崩しておいて、それとも相手が人工知能になった途端逃げるの? 馬鹿馬鹿しい」
鬼丸は言い返す言葉が見当たらない。そしてたとえあったとしても、今の彼女のマシンガントークに割り込むことなど不可能に近い。
名将をもってしても逆転は不可能。実践訓練で圧倒的な包囲網を敷いたクリスタであったが、鬼丸を主体とした突進にそれを破られている。
「あの頃の勢いはどうしたのよ鬼丸紅蓮! 何が平和よ。遠距離型で近距離型のアタシに突進してきたのは何処の誰よ」
その言葉は段々と熱を帯びてくる。
「アンタは難しいこと考えずに、突っ込めばいいの! バカなんだから」
最後の一言は余計だ。鬼丸は勿論、その言葉に反論をする。
「誰が、バカだって? 言っておくが俺はバカじゃない。それに考えなしに突っ込んで勝てる相手じゃないだろ。しっかり計画を練って……」
その途中でクリスタは座席から勢いよく立ち上がると鬼丸の元へと向かう。彼は自身のモニターを凝視し、なにかもっと安全な、クリスタを危険に晒さないような作戦を必死に考える。
―コイツが死んだら俺は……。
クリスタを傷つけまいとする男の頬は、皮肉にもそのクリスタによって勢いよくひっぱたかれた。
その痛みに顔を上げた先には、怒りに満ちたクリスタの顔があった。
「バカ、バカバカバカ。鬼丸のバカ」
大声で叫ぶ。
「お前……」
「なんでアタシを頼ってくれないの? アタシはアンタより成績よかったんだから、作戦とか計画とか、その辺の……頭使う……奴は……」
その目からは涙が零れていた。必死に、必死に、嗚咽交じりに言葉を紡ぐ。
「アタシは……こういうのしか出来ないけど……アンタ一人に無茶はさせたくない……悔しいの。何も出来ないアタシが」
その言葉を聞いた鬼丸は激怒した。
「……さっきは人を馬鹿にして、今度は自分は役立たずだと……いい加減にしろ!」
鬼丸の怒鳴り声にクリスタは驚き、涙が止まる。
「いいか、言っておくが俺は戦の天才だ。だからこそわかる。お前はその上をいつも行く存在だ。どうあがいたって届かない。そんな奴が勝手に自分を否定するな! 勝者なら勝者らしく、その責任から逃げるんじゃねぇ」
勝者の責任。それは決して驕らず高ぶらず、かつ自身を認め勝ち振舞う。
「こんなよくわからない状況だ。せめてクリスタ、お前だけはいつも通りでいてくれないか?」
鬼丸の声は落ち着く。彼の手はクリスタの肩を力強く握り、その瞳はクリスタを真剣に見つめていた。
その姿に驚き顔を赤くしていたクリスタであったが、一度深呼吸した後、その手を振りほどき自身の赤い髪をなびかせた。
「これだからバカは。アンタもアタシを倒したんだから……その……責任取りなさいよね」
恥じらいながらも目をまっすぐ向ける。その様子に、鬼丸は嬉しそうに笑顔を向ける。
「バカにしやがって! 俺を甘く見るなよ!!」
クリスタの恥じらいに釣られたのか、鬼丸は少し照れながらもぶっきらぼうに返事をする。
「二人とも、しっかり掴ってて」
コックピット内に広がる舌足らずな声は、いつも通りの落ち着きであり、その声で正気に戻った二人は持ち場へと戻る。
クリスタはキルから送られたデータを元にタイミングを計算し始める。足を曲げ、跳躍の構えをとった八型改のスラスターから、エネルギーによって形成された虚構の翼が現れる。それは見事な赤色をしており、付け根から先端にかけて徐々に青い色を帯びている。
大きく深呼吸をしたクリスタは、八型改の足を一気に伸ばす。その勢いで鋼の機体は垂直に浮き上がる。
「今よ!」
「偽りの翼よ、戦乙女を戦場へと導け」
舌足らずな声が、コックピット内に響く。
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