第十四海路 6 表裏の感情 背中合わせの二人
増設されたコックピット内に佇むキル。
「キル、お前一体どこから?」
「弄ってたら、開いた。キルにもよくわからない」
不機嫌そうな顔で繰り出される気の抜ける会話に頭を痛めるクリスタ。
「やっぱその子、アンタの妹ね。行き当たりばったりな所とか計画性のなさとか意味わからない所とかそっくりだわ」
そのやり取りの最中も、アレッサンドロはゆっくりと立ち上がり、そして盾を構えなおしていた。そして今度は回避しにくい足を狙って盾を構える。
「不味くないかあれ。まだ動かないのか?」
「ごめんなさい、まだ……」
黒い鈍器が太陽に照らされる。水平に構えられたそれは盾というよりも最早大剣に近い。それを奴は両手で握っている。
一発、少しでも攻撃の意思を示せれば、奴の動きは決まった思考回路によってキャンセルされる。攻撃よりも優先される、自身の誇りである防御を最大限発揮するために。鬼丸はその誇りに賭け、どうにか攻撃を繰り出そうと必死になって操縦桿を動かす。しかしそれが返すものは沈黙のみである。
「動けッ、動いてくれ!」
多くの人間が口にする希望。それは絶望を隠すために用いられる言葉である。希望を捨てずに最期まであがき続けた若者として、勝手に美化するものもいるだろう。
「そう、それは偽物。だから、醜い。私と同じ」
表情を変えずに呟くキル。彼女の瞳に移るのは、希望を持って戦う偽物ではなく、絶望に抗い続ける本物の姿であった。
その表情は正に、鬼の形相であった。そしてその隣には、凛とした態度で操縦を試みるクリスタの姿がある。その手つきには迷いがなく、先人たちの積み重ねからくる確かな自信がそれを支えている。
しかしそれは一つ、また一つ、未知の機体に打ち砕かれる。しかし彼女は顔色を一切変えない。
「どうしてそこまで必死なの?」
キルは気になった。別にあの攻撃を喰らった所で自分たちの命が即終了という訳でもないことは、最初の一撃で証明されている。それにいざとなればこの機体を捨てて逃げればいいものを、なぜここまで必死なのかと。
「どうしてそこまで冷静なの?」
だからといってクリスタの凛とした姿には、焦りがなさすぎる、と。鬼丸から軽くクリスタの紹介をされた彼女は、このような局面で冷静なクリスタにギャップを覚えていた。
「「どうしてってそれは」」
片方は荒々しく、もう片方は鋭い口調で応える。
「そうしないと勝てないからだ!」
「そうしないと負けるからよ」
意地。なにがなんでも勝ちたい、負けたくない。同じようで違う、裏表の感情が一つになる時、本物の奇跡は姿を現す。
無慈悲に振るわれた黒き大剣は、白い足を薙ぎ払うことなく停止し、それを自身の正面に構えた。まるで、来るはずもない攻撃から身を守るかのように。
「止まった……?」
クリスタの一言の直後、背後から駆け抜ける黒い物体がその壁に鈍い音と煙を立てて衝突する。
「あれは、砲弾? しかもかなり古い艦砲サイズ……まさか!」
海軍への就職を希望していた時期もある鬼丸には、その塊が艦砲射撃によるものだと察しがつく。そして身内でそんな芸当が出来るのはただ一人。
黒煙の中を掻き分け、いびつな改造が施された海賊船が、その船頭の骸骨を掲げ登場する。
「ボサボサしない! 右舷打ち終わったなら左舷だよ。死にたくなかったら手ぇ動かしな」
「鬼丸! クリスタ! 待たせたな」
腕を組み堂々とした姿で登場したコルセアと子供のように手を振るアルタの姿がそこにはあった。彼らの後ろでは先日ともに戦った海賊達が怒号をあげながら働いていた。しかしそこから感じ取れるのは恐怖ではなく信頼。どこか楽しげな声が混じっている。
「海上の賊なめとんじゃねぇーぞワレェ」
「撃て撃て撃てェ! 弾無くなったら体入れろォ」
「次、右舷用意。バカそっちは左だ!」
休むことのない弾幕に、防戦一方のアレッサンドロは、岩場にそびえる要塞と化していた。
「バカねあの子。自分の耐久ならあれ位どうってことないのに」
「まあ動かないなら安心だな」
意外な助太刀により優勢となった三人の緊張の糸が少しだけほぐれる。
「あれ、誇りが邪魔してる」
目の前の、モニターの前の黒い要塞を指さしキルが呟く。
「誇りって、決められた思考回路で動いてるだけでしょ。アレッサンドロに搭載されている人工知能はそこまでレベル高くはないわ」
人工知能と一口に言っても、その性能から容量、使用目的は様々だ。
基本的に陸戦に搭載されているものは戦闘なり防衛なり、戦術啓発なり戦闘に関する用途で制作されている。
「にしては慎重すぎやしないか?」
アレッサンドロの売りは、何もその盾だけだはない。自身もその厚い装甲により絶対的な防御力を生み出している。
「彼に求められるのはあくまで防衛。たとえ相手に勝てなくとも、自身の身が砕けようと対象を守り抜くことを第一にプログラムされているの」
落ち着いた声で悲しそうに、憐れむようにクリスタが説明をする。
「そのプログラムから逸脱することは許されない、そうしたら、彼の存在意義はなくなってしまう……」
「それってまるで……」
鬼丸はそこで言葉を止める。自身を犠牲にしてまで守るものは、そこには在るのか?
「暴走して、対象が居ないのに守り続けてる……。一人で。寂しそう」
「彼も、好きで暴走してるわけじゃないの……よね」
二人の話によって、黒い守護者が多くの戦友に背中を預けて、歴史を守る姿が容易に想像できる。
「三人とも……お願いがあります」
いつもの明るい声とは違い、八型改の声も落ち着いている。その声は悲しみと、強い意志が感じられる。
「クリスタさんの言う通り、彼は好きで暴走しているわけではありません。だから、だからどうかー」
そこに守護者の姿はない。あるのは荒れ狂う破壊者。彼の存在意義は、役目は終わっている。しかし、体だけは終わっていない。
目には目を、歯には歯を、そして……。
「だからどうか、彼を終わらせてあげてください! 」
その一言を合図とするかのように、八型改の機関が鈍い悲鳴をあげる。
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