第十四海路 5 イノセント・イミテイション
「ドライ……ツヴァイ……アインス……ヌル!」
その唸りは、轟音へと変わり、蓄積されたパワーは荒ぶる竜の如き噴射をスラスターから見せる。
「なんだこのパワー!」
体が進行方向とは逆に傾く鬼丸は、必死に姿勢を維持するが、新たな力の前に投げ出されてしまう。
――壁に、ぶつかる。
宙に舞ったその体で壁にぶつかれば、かなりのダメージであろう。鬼丸がいかに鍛えていようと、痛いものは痛い。
しかし彼にその痛みは訪れず、代わりに安心感のある熱原に包まれる。
「兄さん、大丈夫?」
見上げるとそこには、不安げな表情の中に微かに喜びを浮かべたキルの整った顔があった。
「あ、ありがとう」
少し照れながら礼を言うと、キルは満足そうな笑顔を見せた。
「それにしても一体なにが起きた」
席に戻り、モニターを確認する鬼丸。そこには海面に背をつけた黒い塊の姿があった。しかしそれは驚異的な盾を手放しており、丸腰であった。
「上出来ね。今の推進力は一体……」
モニターを細かく凝視するクリスタの姿から、彼女の仕業であることがなんとなく想像がつく鬼丸。
「お前がやったのか、これ?」
ゆっくりと、恐る恐る聞く。
「よくわからないのだけれど、そうみたい」
クリスタはその推進力の出どころを確かめるため、そして奴の盾を弾き飛ばすため、八型改の持てる力全てを利用し体当たりを行った。
二機の場所を大きく変え、沖の岩場まで移動させたそれはただの体当たりでは収まらず、低い姿勢から盾に向けて突き上げるような衝撃。それを、一時的に操縦権限を鬼丸から奪った右腕で行ったことによる……。
「見事な張り手だったな。よくやったぞモドキ。奴が再び盾を構える前に背中を叩け」
アレッサンドロは主に、複数体での運用を想定された機体である。それぞれが敵に正面を向け続けることにより、比較的装甲の薄く機関部のある背中を露出することなく戦うことが可能である。
「ゴメン……なさい……今のは、負担が……」
半神が神速の域に達した代償か、八型改の機能が停止し始める。関節部からは常軌を逸した量の蒸気が噴出していた。
「ちょっと調子に乗って、機関回し過ぎちゃった、テヘ」
その言葉を聞いた新井の血管が、一つ、また一つ唸りをあげていく。
「だから貴様はモドキなんだ! 最優先は三人の安全だ。予備エネルギーは回避と電磁シールドに回せ、いいな!」
その言葉を最後に、荒ぶる男新井源治は怒りを露わに指示を出しながら通信を終えた。
「本当にごめんなさい。ウチが調子乗ったばっかりに」
「いいえ、今回は私にも落ち度があるの」
「それに誰が悪い云々言い争って解決する問題じゃないしな」
「あら、アンタにしては良いこと言うじゃない鬼丸。少しだけ見直したわ」
「なんでお前はそんな偉そうなんだよ」
「さあ?」
上機嫌に口角を上げ振り向くクリスタと、不機嫌そうに視線を返す鬼丸。そしてその姿をぼーっと見ているキル。八型改の内部では、異様な空間が広がっていた。
「でもさっきのパワーはどうやって出したんだ? ちょっとの調整で出るようなもんじゃなさそうだし」
鬼丸は疑問を口にした。その答えは、新井のモニターを通じ一人の若手技師から伝えられた。
「あ~紅蓮、多分それ新井さんが付けてたスラスターじゃないのか?」
「何それ、聞いてないけど?」
「ほらこれ」
隼人が示したデータには、八型の姿が映っていた。しかしその背後には、見慣れない二つの影がある。
「キルちゃんが乗ってた陸戦あるだろ、あれから唯一回収できたパーツ、使えそうだから引っ付けた……おい紅蓮、どこに行く」
鬼丸は内部から手動操作でハッチを開く。眼下に広がるのは波打つ白と黒くゴツゴツした岩肌。彼は白い機体を伝い八型改の背後にまわる。
そこには見慣れない二つの物体が、スラスターと重なる形で取り付けられていた。
「なんだこれ……これはまるで」
それは大空を舞い、終末を戦い抜いた乙女達が持つ清き白に似ていた。
「これはまるで「翼じゃないか」」
自分以外の声に驚き、後ろを振り返る鬼丸。そこには自身より背の高い女が立っていた。
「それは、翼。イノセントの翼。でも、もうそれはイミテイション」
遠くを見つめ、淡々としゃべるキル。彼女の言葉に鬼丸は、その神秘性に何も言い返さない。
「罪から生まれた罪の子よ。兄上は望むか?」
そう言い、キルは雲の上の青を指さした。そしてその指を鬼丸の額に向ける。
「キル……お前は……」
彼女の髪の色が、赤く染まる。クリスタのものより明るいそれに、鬼丸は息を飲む。
彼女の指が鬼丸の額に触れる。直後、脳裏に知らない映像が流れ込む。
――なんだよ、これ。
言葉が出ない。その映像の中で彼は、自身の腕の中で動かなくなった赤髪の少女を抱えていた。その姿を遠巻きに見つめながら、狂気的な笑いを繰り出す少女もまた、赤髪である。
「罪を抱いて未来を変えることを、望むか? 潔白のまま真実に飲まれるのを望むか? 」
その声で意識が戻る鬼丸。依然としてキルの髪色は赤く染まったままである。
「今のは……」
「導き出された真実。未来。筋書き通りのシナリオ」
そう言いキルはその場に倒れこむ。それを間一髪抱きかかえた鬼丸が見た時には、彼女の髪色は既に水色に戻っていた。
「あんなのが未来だと? ふざけるんじゃねぇ」
鬼丸は、脳裏に見た未来を思い出した。自身の腕に抱かれていた少女は、まごうことなくクリスタであった。
「……兄さん?」
力が入った鬼丸の腕の中でゆっくりと目覚めたキル。しかし鬼丸はそれに気が付いていない。
「罪でもなんでも被ってやる。だから……」
鬼丸が言葉に詰まると、八型改の背中が大きな煙をあげ、ゆっくりと開く。そこには見たこともない操縦席が設けられていた。
「これも、新井本部長が?」
しかしそれを、キルが即座に否定する。
「違う。これは私の」
そう言い残すと、鬼丸の手を振りほどきそこに向かうキル。
「待て、お前は、お前は一体……」
振り返ったキルは、こめかみに指を添え、首をかしげる。その後、角度を戻し、微笑みながらこう告げる。
「鬼丸 キル。兄さんの妹」
彼女はそのままその操縦席に座ると、そこがゆっくりと閉まる。
何も出来ず、茫然とした鬼丸の頬を、冷たい風が去っていく。
「鬼丸、何してんの? アレッサンドロが動き出すから早く乗って!」
身を乗り出したクリスタの一言で我に返る鬼丸は、急いでコックピット内に戻る。しかしその際に見たクリスタの髪と、先程の映像が重なり、悪寒が走る。
しかし今はそんな余裕もない。急いで自身の操縦席に戻ると、クリスタが呆れた口調で告げる。
「なんかアタシや八型改が悪いみたいに言ってたけど、結局原因は本部長が付けたパーツだったみたい。どんなのだった?」
「……翼みたいだった」
先ほどの映像が脳裏に焼き付いて離れようとしない。そんな鬼丸は、表情が曇っていた。そんな表情を、彼女は見逃さない。
「どうしたの、らしくない」
ぶっきらぼうに、しかし根底からは優しさが感じられるその声に、鬼丸は気が緩んだ。しかし自分が見たものを、夢よりも不確かな未来を、彼女に伝えるわけにはいかない。
「なんでもない」
強がって見せた。
――クリスタが知れば、多分冷静さを欠く。これは俺のなかで留めておこう。
「ならいいけど。てかキルちゃんは?」
「いや、アイツは、キルは……」
鬼丸が説明に困っていると、背後から大きな機械音が響く。
「兄さん、呼んだ?」
その音とともにコックピット後部の壁は開く。そこにはキルの姿があった。
毎度ご愛好ありがとうございます。この作品が面白ければ、高評価をお願いします。ブックマークをしていただくと、更新のお知らせが届き便利です。あと私が嬉しいです。




