第十四海路 2 冷たい優しさ
活動報告もしているッス。そちらも宜しくッス。
「ま、そう言うんだったらその子は鬼丸の妹だろ」
迷宮の扉は、コルセアの一言で破られた。
「そもそも兄弟の定義って、なんだ? アタシャただ血が繋がっている、それだけで兄弟ってのは寂しい気がするよ。現にあのバカどもの中にはアタシのこと姉御って呼ぶ奴だっているし」
鬼丸はその発言に納得したような顔をしている。しかしクリスタはまだ納得していないようで、煮え切らない顔をしている。
「自分のこともわからない人間の発言を信用できない。もう少し慎重になるべきよ」
鬼丸に力強い視線で訴えるクリスタ。現に彼らは一度、人間に化けた人工知能に騙され、大きな痛手を負った。クリスタのように慎重にならない方が珍しい。
しかしここは浮世と隔離された日本のガラパゴス。一般常識などは頼りにならない。
「自分のことをわからないのは、俺たちも同じじゃないか?」
「……どういう意味よ」
「俺たちは、何のために生きているのか、お前にわかるか?」
「それはヴァルハラの社員として、人工知能を」
「その人工知能もこの島じゃそんなに来ない。一番の問題である海賊も消えた。じゃあ俺たちの存在意義は?」
新井の言う人工知能の親玉を倒す。しかし情報も、戦力もない状態でそれを解答欄に書き込めるほどクリスタは能天気な考えは出来ない。
返す言葉が見当たらない。
「な、なにもそこまで言わなくても……」
場の空気を何とか和ませようとして鮫島が努力をするが、それはあまり役には立たない。
「……意外だった。アンタが存在意義とか考えてるだなんて」
シリアスな雰囲気を破壊するその一言は、意外にもクリスタのものであった。彼女はわざとらしく手で口を押えて驚きを表現する。
「お前、俺を何だと思ってるんだ」
「さあ、なんでしょうね? 自分でも少しはわかっているんじゃないの?」
鋭い目でクリスタを睨んだそのレンズには、自慢げな顔が映っていた。
「まあ更に言えば、このどうにもならない状態を、キルが打破してくれるかもしれないだろ」
民間軍事企業ヴァルハラは、他の軍隊と少し違う。その一つに、不確定要素を積極的に取り入れることである。
既に完成された人工知能は、その高度な思考回路から様々な事態を計算し対処する。しかしそれはそれらが把握している物事や一般常識、論理的に導き出されるものに留まる。
「この子が……切り札」
クリスタも、不確定要素が起こす計り知れない力のことは理解している。彼女にとっての不確定要素の塊、それは他でもない鬼丸である。その彼の妹が不確定要素であっても、不思議ではないのかもしれない。
「んで、お前はどうしたいんだ?」
鮫島がキルに顔を近づけて聞く。キルの青い瞳に鮫島の日に焼けた肌がうつる。
「……キルは……」
彼女は戸惑い、口ごもる。目は泳ぎ、眉は曲がる。
「……兄さんの傍に居たい」
小さな声で、そっと呟く。
鬼丸 キルには記憶がない。あるのはその生きる者としてはあまりにも皮肉的な名前と、確証がなく、背も自身より小さな青髪の兄である。
そんな彼女に、他の道はない。いわば消去法である。
しかし、たとえそれが偽物だとしても、彼女の意思に、存在理由に文句をつけることは誰にも出来ない。
「だとよ、お兄ちゃん」
わざとらしく笑いながら言うコルセアを、鬼丸は軽く睨む。
「まあここまで来たら、同じ漂流者仲間として歓迎するわ。キルさん」
クリスタも鬼丸も、そしてこのキルも、カイナ島に流れ着いた漂流者という点では同じである。クリスタには鬼丸がいたが、キルには知り合いがいない。知らない場所で独りぼっちな彼女を、クリスタは何か思うところがあるのだろう。
「よし、決まりだな」
手を叩き、場をまとめる鮫島の一言によって、話は纏まった。
「キルは、ここに居てもいいの? 」
涙目交じりで、小さな声で聞くキルに、彼女の兄は頭を掻きながら答える。
「まあ……良いみたいだな。宜しくな、キル」
炎天下にあぶられたコンクリートブロック独特の香りが、潮の香りと混ざり鼻に通る。
「万一を考えて素材多めに用意しておいてよかったわね、兄さん」
兄さん、というところをわざとらしく強調したクリスタは、胡坐をかいて木材を組み立てている鬼丸を見下げる。
「お前の分、いい具合に緩めて作ってやろうか?」
「アンタにそこまで器用なこと、出来るのかしら?」
クリスタは鬼丸を太陽から遮る形で立っている。そのお陰か、鬼丸は太陽の光を気にせずクリスタを睨むことが出来る。
鬼丸の隣には既に二つのハンモックが作られている。後はこれらを括り付ける予定だ。
鬼丸が作っているのは三つ目、キルのものである。
「そういやキルは?」
「あっち」
クリスタが指を指す方向を見るとそこには、桟橋に足を掛け、登ってきたカニやらなんやらを興味深そうに突くキルの姿があった。
「あの子、姿だけ見れば新井さんと同じくらいなのに」
「中身は四歳児前後みたいだよな」
鬼丸の後ろにくっついている様子や理論的な発言が出来ないため、見た目とのギャップが激しく二人は少し困惑している。
「よし、完成だ!」
三つ目のハンモックを作り終えた鬼丸の頬に汗が流れる。彼は捲った制服の袖でそれをふき取る。直後、その乾いた頬に冷たい衝撃が触れる。
「ハイ、ご苦労さん」
そこにはペットボトルに入った冷たい麦茶が差し出されていた。
「サンキュ」
鬼丸はその冷たい水を喉に流し込む。乾いた喉に染みわたるそれは、とても優しい冷たさによってうるおいを与えた。
まだ一部固形である。少しずつ、それは熱を奪い液体に戻る。グラスの周りには、いくつもの水滴が付着しており、それがまた熱を帯びた鬼丸を冷やす。
(タイミング、ちょうどいいじゃん)
鬼丸は再び、その冷たい優しさを堪能する。
感想ブクマ、それから評価をお願いします。




