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鋼女神話アサルトアイロニー  作者: ハルキューレ
海上編第二部~罪偽蒙妹~
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第十四海路 1 その女、鬼丸キル

「……よくわからん。もう一度説明しろ」


 特命本部の面々は、最早集会所を化している腕寿司に再び集まっていた。しかしそこには部外者が約一名。


「兄さん、熱くない?」


 鬼丸の体にぴったりと自分の体を押し付けている件の女性である。


「陸戦から元気な元気な鬼丸の妹が出てきた。以上」


 あまりの出来事に放心状態になったクリスタが説明する。確実に意識は飛んでいる。


「妹……思い出せない」


 当の鬼丸は、眉間に皺をよせ、必死に自身の海馬を巡る。しかしそこに、彼女はいない。

 その彼女は、自身の細い手を使い、心配そうな顔つきで鬼丸を仰ぐ。彼女の様子では、自身の体温が鬼丸に熱を与えていることに気が付いていない。


「兄自身も思い出せない妹がいてたまるか! お前、何者だ!」


 この混沌とした空間に痺れを切らした新井が、机を鉄槌で殴り立ち上がる。その様子に、彼女は驚き鬼丸の後ろに隠れる。


「海賊の残党か? つくならもっとまともな嘘をつけ!」


 鬼丸を挟んで、新井がその女性を掴もうと腕を伸ばしそれを回避される、の繰り返しが行われる。


「兄さんがキルの事知らないのはキルが初対面だからです」


 キルと名乗った彼女は、怯えた声で必死に答える。


「新井の旦那、怖がっている女の子泣かせるってのは関心しないな」


 台所で包丁を研いでいた大将が口を挟む。大将の指摘通り、キルは自身の髪の色と近い色の瞳から涙を流している。

 バツの悪そうな顔をして、新井は席に座り咳払いをする。


「失礼した。初対面、というのはどういうことか説明してくれないか?」


 可能な限り丁寧に質問をする新井。彼は彼なりにキルに歩み寄った。

 しかしそれは無駄骨に終わる。


「キルは、記憶がない。名前と、兄さんが兄さんだってことしか覚えていない」


 その一言は、視線を外して放たれた。その様子に、新井は少し怒りを覚えたがそこは大人だ。しっかりと自身の感情を制御している。


「記憶喪失ってこと?」

 

 意識が戻ったクリスタが冷静に問いかける。キルはクリスタに目を合わせ、静かに頷く。


「……とりあえず私はこのことを婆やに報告してくる。鬼丸、クリスタ。その女から目を離すなよ」


 新井はそう言い残して、店を後にした。



 キルと名乗ったその女性は、鬼丸やクリスタよりも高身長で、見た目からは大人びた印象を受ける。しかしその言動は幼く感じられる。事実先ほどから兄であるらしい鬼丸から離れてはいない。


「えっと、キルさん?」


 鬼丸がこの状況に困り果てて質問をする。


「キルでいい」


「えっと、キルは何を根拠に俺の妹を名乗っているのかな? 顔も似ていないし、そもそも俺は一人っ子のはずだぞ」


 呼び方が慣れないのか、どうもぎこちない形でしか質問が出来ない。その質問の間、キルはその瞳で鬼丸を凝視し続けた。そしてその目は何も応えない。


「はずってどういうことなの? アンタ、家族構成すら忘れるほど脳酷使したことないでしょ」


 代わりに答えたのはクリスタだったが、正確には答えていない。応えただけだ。


「どっかのエリート様と違って省エネなんでな」


 視線をキルからクリスタに向けて鬼丸が言い放つ。その言葉はクリスタをムッとさせた。その顔を確認し、勝ち誇った顔を作った鬼丸は、まもなくしてその顔を崩す。


「小さい頃の記憶って曖昧なんだよ俺。両親の記憶もないし」


 物事着いた頃から孤児院にいた鬼丸。この時代、幼少期の記憶が孤児院一色という子供は少なくない。

 しかし彼が親という概念を知ったのは、他者との溝によるものだった。


「そう……その、ごめんなさい」


 顔を下げ、表情を落とし謝罪をするクリスタ。教科書のどこにも、他者の地雷を避ける方法は乗っていない。クリスタのように素直に謝れるのならば問題はないが、謝り方を知らないものは、必死に他人の顔色を伺い歩く。


「別に気にしてないから大丈夫だ。だから謝んな」


「あっそ。アンタが鈍くて助かった」


 荒廃した世界において、無償の愛は消え去った。そこにあるのは無情なAIのみである。そんな世界を最前線で生き延び続けた二人に、同情はいらない。


「んで、貴方はどうして鬼丸を兄だと思うの? コイツの妹なんてやめた方がいいわよ。今みたいに鈍感だし、バカだし、何したいのかよくわかんないし」


 クリスタは椅子から立ち上がり、鬼丸の頭を前後左右に倒しては引いてを繰り返す。


「そのよくわかんない奴に負けたエリート様がいるらしいぞキル。世の中ほんと面白いよな」


 二人は息を合わせ乾いた笑いを浮かべる。しかし目は笑っていない。常人なら、この一触即発の状況に逃げ出すであろう。しかし二人にとってはこれが日常であり、さらにこの状況でも顔色一つ変えないキルは、おおよそ人としての何かが欠けている。


「キルは、記憶がない。兄さんも記憶、ない。だから兄さんはキルの兄さん」


 キルがやっと口を開いた。自分と鬼丸が同じく記憶を失っているため、彼が兄であると主張している。


「アンタねぇ、もしその原理が成り立つならアンタの兄弟、際限なく現れるわよ」


 非論理的な理論に呆れたクリスタが溜息交じりに突っ込む。


「でもキルの兄さんは兄さんだけ……」


 クリスタの発言に、少しばかり怯えたキルが答える。

 このままこのやり取りを繰り返していても答えは出ない。クリスタと鬼丸はそのことを理解してはいるものの、着地点が見えない。次第に三人の口数は減る。その沈黙を、一人の男が破る。


「鬼丸、クリスタ、居るか?」


 スライド式のドアが唸り、光が差し込む。そこにはネットを持った鮫島がいた。


「今回ばかりは助かったわ。貴方のその無神経さに感謝します鮫肌さん」


 表情を緩めたクリスタがそう呟きながら立ち上がる。


「相変わらず失礼だな君は」


 そう言いながら二枚目な笑顔を苦笑いで留めるあたりからにじみ出る、鮫島の人の良さを鬼丸は見た。


「鮫島さん、ウチのクリスタがすいません。コイツ一度根に持つとしつこいんです」


 自分の発言が世界の真理であり、揺るぎないような顔をしているクリスタの代わりに鬼丸が謝罪をする。


「別にそこまで気にはしてないさ」


「しつこさに関してはどっかの誰かさんには言われたくはないわね」


 その時、後ろから別の声が響く。


「言われてみれば鬼丸の奴、クリスタに勝つためならしつこかったもんな~」


 眼帯をつけたその勇ましい姿は、差し込む後光も相まって、二人にはとても力強く感じられた。つい先日まで寝込んでいた人物とは思えないレベルで。


「おかえりなさい。酒田」


 鬼丸とクリスタは彼女の無事を確認し、安堵する。落ち着いて彼女の顔を見るのは、何日ぶりであろうか。


「おう、久しぶり」


ブクマ、感想お待ちしております。

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