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鋼女神話アサルトアイロニー  作者: ハルキューレ
海上編第二部~罪偽蒙妹~
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第十三海路 3 アルケミスト

「さて、ちゃちゃっと作っちゃうか」


 腕まくりをした鬼丸が水道で手を洗う。大将のメモを見た二人は仕方なく自分たちで昼食を作ることにした。

 先に伝えておこう。ヴァルハラ本部で二人は、自炊を一切してこなかった。これは二人に限らず、限りある資源を効率的に使うために食事は全て食料部が管理していたために他の隊員も自炊はしてはいなかった。


「どうにかして……でもお腹は空いたし……でも」


 鬼丸の視線をチラチラと伺うクリスタ。彼女はしきりに台所の至るところに目をやる。


「どうしたんだクリスタ」


 その様子を不審に思った鬼丸が声をかける。その声で猫のように飛び上がるクリスタ。彼女はゆっくりと鬼丸の方に向き直る。


「もしかして、お料理、デキナイノデスカ」


 なにかを察した鬼丸は面白がってクリスタを挑発する。クリスタに最も効く方法で。


「あろうことかエリートのクリスタさんがぁ?」


 口角を上げ、特徴的な振り向き方で煽る。

その一言で、先程まで梅干しを食べたような顔をしていたクリスタが目を見開く。


「言ってくれるわね鬼丸。上等よ、やってやるわよ」


「よし。じゃあどっちが旨いメシ作れるか勝負だ」


 その一言を聞いたクリスタは新井から渡された通信端末を腰のポケットから取り出す。対して鬼丸は冷蔵庫の中身を確認し、目に着いたものを手当たり次第に出していく。その姿に計画性の欠片も見られない。


「確かこうすれば」


「クリスタまさかお前、その端末がスマホだとか言い出すんじゃないだろうな」


 スマホ。中世初期に誕生した通信端末とされているがそれはあくまで一説に過ぎず、その用途の多さからそれが何を目的に作られたものなのかは未だ不明である。


「そのまさかよ。この形状、どう見てもスマホのそれだわ。赤松教授の研究では電子レシピとして使われていたという研究があるの、知らない? 」


 煽るように鬼丸の顔を覗き込むクリスタ。一度でも操作したことのある機器ならば、クリスタの敵ではない。前例を元にした彼女独自の操作マニュアルが即座に脳内によって作られ、それは常に更新されていく。


「やっぱり、あった」


 クリスタは一つのページからレシピを引っ張りだし、それを頭に叩き込む。

 その目は留まることを知らない。彼女はそのまま冷蔵庫を開き食材を確認する。先ほど頭にいれたいくつかのレシピを確認し、製作可能な料理をヒットさせる。


「これなら、あれね。見てなさいよ鬼丸」


「なんか言ったか?」


 力強く、かつテンポよく野菜を切る鬼丸の手つきは、実戦的なそれだった。形や大きさは整っていないが手際がよい。



「確かにさ、確かにお互いの料理を食べて評価するって言ったのも俺だし、この勝負持ちかけたのも俺だよ。でもさ、一旦、冷静になろ」


 数十分後、クリスタの前には不格好なハンバーグが、鬼丸の前には皿に乗せられた暗黒物質があった。クリスタは死んだ魚のような目をしながら終始下を向いている。


「レシピ通りにやっただけなのに」


 力無き声で呟くクリスタ。彼女はレシピ通りと言っているが、実際は違う。狐を見たことが無い彼女にきつね色は理解できず、戦火を基準とした火力調整により起こる大炎上。不確定な事態に弱い彼女がこれに対処できるはずもなく……。


「んで、コイツが生まれたって訳か」


 大錬金術師クリスタと、彼女によって創られた禁忌の物体を見る鬼丸。


(流石に、流石にこれは食えたものじゃない。良いのは匂いだけじゃないか)


 どうにかしてこの危機を回避しようとする鬼丸は、クリスタの目に一粒の涙が浮かんでいることに気が付いた。

 別に大したことではない。彼女は料理人であるわけでもないのだから。しかし自分がある程度は出来ると思っていたことが一切出来ていないとわかった時、こみ上げてくるなんとも言い難いあの感情。手足から力が抜け、そしてもがいてもがき続ける無意識の自分が自分の首を絞める。その姿があまりにも滑稽で、悲しくなる。

 その感情は、鬼丸も幾度となく経験している。悔しい。この感情はそれに近いようで何か遠い気がする。


 スプーンを握る鬼丸は、勢いよくその暗黒物質に手を着ける。


「無理しなくても……」


「黙ってろ」


 銀世界に映る一点の黒は、鬼丸の口に運ばれた。しかしこの時の鬼丸は気がついていない。その断面の豊かな彩に。


「なんだよ……これ」


 口を止めた鬼丸が呟く。


「これでもオムライスのつもり……ゴメンやっぱ何でもない」


 咄嗟に自身が作った皿を奪おうとするクリスタの手を、鬼丸の左腕が掴む。そして鬼丸は右手で持ったスプーンを使い、暗黒物質を叩く。

 硬いカラのようになっていたその焦げた部分にヒビが入り、極彩色のライスが姿を現す。

 彼女が作ったそれはオムライスとは呼べない。全く新しい何かだった。


「うめえ、これうめえよクリスタ!」

 

 焦げを避けながら銀のエレベーターを上下させる鬼丸からは、嘘を感じ取れない。しかし彼女はそれを信じることが出来ない。


「鬼丸、なにも無理しなくったってムグ」


 開いた口に鬼丸は銀のスプーンをねじ込んだ。


「誰が好き好んでエリート様の作った料理を褒めるかバカ! いいから食ってみろ」


 クリスタが慌てふためいた結果、チキンライスを用いたチャーハンのようになったそれは、一気に火を通したことで表面のみが焦げ付き、その焦げのシェルターによって作り出された半熟卵の絡みがとても、とても。


「嘘。おいしい」


「だろ」


 鬼丸は目を丸くしたクリスタに勝ち誇ったような顔をする。


「……アンタやっぱバカなの?」


 この料理はクリスタが作ったもの。それを鬼丸が褒めるということはいわば敗北宣言であった。


「かもな」


 その後二人のスプーンは一切止まらずに動き続けた。



 昼食を食べ終わった二人は段取り通りにミナ島に向かう。そこで鮫島からネットを受け取り、ついでに八型の様子もうかがう予定だ。


「いくらなんでも漁で使ってた網でハンモック作るってどうなのよこれ」


「数日の辛抱だし文句言わないの」


 先ほどとは逆に、今度はクリスタが先を歩く。その後ろを不機嫌そうに頭の後ろで手を組んだ鬼丸が続く。

 カイナ島の南に位置するミナ島は広大な土地を利用した陸戦産業が盛んである。巨大な陸上戦闘機を作るためにはそれに見合った土地が必要となるため、このミナ島が選ばれている。

 鮫島が合流地点に指定した港はキノ島のものと比べると大きさは劣るが、設備は負けず劣らずである。


「港はあっちか……おい、なんか騒がしくないか?」

 

 視覚を遮断し耳から入る情報に集中する鬼丸。


「なにも聞こえないわよ」


 耳に手をあててみるクリスタだったが、彼女の耳にその喧噪は届かない。


「とりあえず急ぐぞ」


 鬼丸は走り出しクリスタを追い抜いた。それを追いかけるクリスタ。二人の軽い足音が波打つ。


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