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鋼女神話アサルトアイロニー  作者: ハルキューレ
海上編第一部~海賊領域~
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第十一海路 朝日と見まごうほど紅く

「船酔いで口からアレが出そう……」


 一般的に乗り物酔いは遠くをみると軽減されると言われているが、ここは狭いダイシャークコックピット。閉鎖的な空間は見渡す限りの鉄である。


「嘘……嘘嘘嘘嘘! やめて鬼丸! バカ!」


 鬼丸の酔いはパニックとなりクリスタに伝播する。その落ち着きのなさに鬼丸が気分を悪くし……の悪循環が出来上がってしまっている。


「六号機、どうした、応答せよ!」


 不穏な空気を察した鮫島が反応を伺うが、聞き方が悪かった。

 日本人というのは言葉遊びの天才だ。古代文明時代より栄え、中世で廃れたと言われるラップ文化がそれを象徴する。

 同音異義語などを巧みに利用したり、年はじめの食事に意味を持たせる日本人に対し、もうすぐ水門が開きそうな人間に対して応答、とは禁句である。


「こ、このマヌケ鮫! もっと言葉を選びなさいよ低能パソコン!」


 鈍い、と言いたいのだろう。クリスタは余計に冷静さを失う。常に万全の体制で物事に挑む彼女は、計算外の出来事への対処は大の苦手としている。


「低能パソコン!? 一体何を言っているんだ君は。とにかく大丈夫か?」


 この戦いの切り札にも近い六号機が戦線離脱だけはさせまいと必死になる鮫島には、その切り札で起こっている異常事態の内容は理解できていない。


「敵増援を確認! 敵は本気のようです」


 長きにわたりこの海域では海賊との戦いが繰り広げられてきたが、その多くは海賊の撤退という形で幕を下ろしている。そしてその襲撃には一定の周期がある。実った果物を収穫するかのように、島の復興が終わったころに、奴らはやってくる。


「おかしい。何故総力をぶつけてきている? あれは保有している全戦力じゃねえか」


 アルタが敵の増援を見て呟く。敵船の光は正に、夜空に煌めく星々のように。

 更にその後ろには、一体の陸戦の姿も見える。


「兄貴、あれが奴らの言っていた機械神とかいう奴なのかね? 」


 グローウォームと名のついた海賊はアルタに声を変える。


「機械神、と言ったな海賊。何か知っているのか」


 六号機の混乱を嗅ぎつけて回線を開いた新井が会話に混ざる。


「ボス……奴ら冥府の海賊団のカシラが言うには、機械神の指示さえ聞いておけば負けなしらしい。偶然引き上げた陸戦叩いたら喋り出したんだとよ」


 アルタが答える。この近海にある陸戦は基本人工知能非搭載型の古いものが多い。その為この近海で生きるものの多くは陸戦が喋るなど考えてもいないのだろう。本来言葉を発しないものが神を名乗れば、誰でもそれを信仰してしまうだろう。


「学習レベルの高い人工知能を搭載した陸戦が時間をかけて流れ着いたのだろう。すると厄介だ」


 科学技術が貧者なカイナ島の住民や海賊達が、神を名乗るアレを信仰してしまうことを、新井は危惧している。

 冥府の海賊団と呼ばれた艦隊は、その神を語る機械を取り囲み、輪形陣を組んだ。その動きはとても統率されていた。一朝一夕に身につく動きではない。


「ワシら、後からあいつらに下ったとは言え、機械神の存在とか陣形とか、何にも知らされていなかったのじゃ」


 初老の海賊、ハルカスが口を開く。冥府の海賊団はアルタ達の反乱を防ぐつもりはもとからなかったようだ。その結果がこれだ。


「なめやがって……全速前進で陣に穴空けんぞ! 鬼丸たちはその間に何とかしろ」


 三号機と五号機が敵艦隊に向かいスピードを出す。それに続く零号機。


「友軍に後れを取るな。鬼丸達が戦えない以上、俺たちで片を付けるぞ!」 


 鮫島の号令に力強く答えるシャークフォースが、六号機から遠ざかる。




「クリスタ……今まで……ありがと」


 顔色がどんどん悪くなる鬼丸。


「ギャー! もう無理ぃ。なんとか耐えなさいよこの苔生した水門!」


 栓が緩い。と言いたいらしい。鬼丸とは対照的にどんどんと顔が赤くなるクリスタ。


「オイ、何やってる?」


 状況をいまいち理解していない新井が問いただす。二人は到底答えることは出来ないため、代わりにヴリュンヒルド八型が答える。


「鬼丸君は船酔い、クリスタさんはそれに対するパニック中! どうしよう本部長」


「船酔い……だと? ダイシャークの水中機動性が裏目に出たか……なら」


 そう言い急いで手元のパソコンを弄る新井。そこには人型のシルエットが映っていた。


「六号機の操作を、一時的にお前に移すぞモドキ。混乱した二人が変にいじらないとも限らない。お前がこれをやれ」


「モドキ? どんどん酷く……というかこれは……」


 新井から操作権限とともに渡された情報には、ダイシャークのもう一つの姿が映っていた。


「ああそうだ。これこそダイシャーク真の姿……」


 機体の様々な箇所が開き、分離を始めた。やがてそれは高さを取り始め、人の姿を形どり始めた。


「まさかの変形! ダイシャーク、羨ましい!」


 八型の嫉妬の声を合図に、一度広げた指を強く握り、視覚カメラを赤く光らせた。それは海上で完成する。向こうの機械神と変わらないくらいの高さを誇るそれは、足裏に移動したスクリューが生み出す浮力により、水面に浮いていた。


「それこそ、巡行形態より戦闘に特化した、ダイシャーク格闘形態だ!」

 

 珍しく新井が声を張った直後、長いため息の後、いつもの口調でぼやきが入る。


「全く、この変形にどれだけのエネルギーを使ったか……胃が痛い」


―――


「クリスタ、お前と最初にあったのは、いつだったっけ?」


 既に操作パネルに身を預け、眉間にしわを寄せながら鬼丸が聞く。


「走馬灯を見るなバカ! というかこの機体、動いてない?」


 外では新井と八型の奮闘により変形が行われている。中の二人はそれを知らない。

「そうだ……確か孤児院で……ん?」


 唐突に体を起こす鬼丸。


「波の揺れが……落ち着いてないか? これなら行ける!」


 巡行形態から格闘形態に移行したため、揺れは収まり気分を戻した鬼丸。顔に色が戻り始める。


「揺れが収まった瞬間酔いが収まるなんて聞いたことがないぞ」


 眉間にしわを寄せた新井の顔がモニターに映る。


「本部長。これどうなってる」


「詳しい事は後だ。これ以上はモドキの負担になる。操縦戻すぞ。クリスタはお前が何とかしろ」


 その顔が消え、代わりにモニターには機械神達とそれを取り巻く木造ガレオンの艦隊、そしてそれと一心一体の攻防を繰り広げるシャークフォースの姿、そして黒い海の上にスクリューの風圧を利用しホバークラフトのように浮くギザギザの足が映された。

 鬼丸がそれらを認識した直後、ダイシャークは体のバランスを崩し重力に身を委ね始める。


「マズイ、クリスタはパニクってたんだ。どうしたものか……」


 倒れ行く中で鬼丸は、碧き稲妻を見た。それにより、過去の記憶が蘇る。


「あれは確か……。クリスタ、見ろ。お前が昔話してたアズールラッシュだ」


 アズールラッシュ。それは生産台数の少ない幻の機体だ。その話を、鬼丸は昔クリスタから聞いていた。


「アンタねぇ、状況を……え、嘘。アズールラッシュ? 本物!」


 バランスを崩したダイシャークは、飛沫をあげながら波打つ海面に溶けだす。


「とにかく今は体勢を立てなお……駄目だ気持ち悪い」


 その一瞬で、鬼丸は再び気分が悪くなる。


「ああもうバカ。今立て直すから我慢しなさい」


 総舵輪を豪快に回し、再び海上に浮上するダイシャーク。


「それよりなんでこれ立っている訳?」


「変形ですよへ・ん・け・い!」


 テンションの高い八型が教えた。その後クリスタの手元のモニターに機体情報が提示された。


「なるほどね……格闘形態。こっちの方が操作しやすそうね」


「どうだ、操作できそうか? 腕は俺がやろう」


 顔の色が戻った鬼丸が天井を仰ぐ形で振り向く。


「余裕よ。ただ腕はお願い。このまま一気に敵陸戦を叩くわよ」


「了解!」


 ダイシャークはスケート選手のように海面を滑る。その飛沫は、白い朝日に照らされていた。夜明けだ。


「隊長、六号機、格闘形態にて接近中です」


 その姿を捉えた敵艦隊は更に密集し守りを固める。


「なるほど。よし。我々も格闘形態で敵陸戦を叩く。三、五号機は引き続き敵船を攻撃してくれ」 


 零号機を含めた三機の活躍により、敵船の半分は海の藻屑と化した。しかし幸か不幸か旗艦パイレーツスパイトは健在である。


「言われなくてもやってやるさ」


 アルタが荒々しく答えながら、また一隻沈める。しかしその機体には、多くの傷が見られる。

 零号機も格闘形態に移行をした。隊長機の特権だろうか、背びれが六号機のそれよりも立派だ。


「よそ者ばかりにいいカッコはさせないさ。行くぞ!」


 零号機はそのまま敵に接近している六号機の後を追う。しかしその時、


「不敬である、人類」


 その声は唐突に、そして抑揚なく発せられた。


「誰だ!」


 鬼丸の質問に、それは完結に答えた。


「我が名は機械神。人間如きが」


 気が付くと、六号機と零号機の周りを敵艦隊が取り囲んでいた。数は少ないものの、一定の間隔が保たれ隙が無い。

 次の瞬間、それらはダイシャークの脚部めがけて一斉に砲撃を始めた。


「今の被弾で出力低下。このままじゃ……」


 反撃を試みるも、抜群のタイミングで散開する敵船。


「コイツら、いつもと動きが違い過ぎる」


 海賊達に善戦を繰り返してきたカイナの英雄鮫島にはわかる。今日の奴らは、格が違い過ぎると。

 六号機、及び零号機内部では、ダメージ蓄積を知らせるサイレンと赤いランプが光り、緊張感を煽る。


「わかったか雑魚ども! これが機械神様の力だ」


 拡声器を使い声を出しているのはアズールラッシュの真横に待機している旗艦、パイレーツスパイトの先端に立つ髭を蓄えた海賊だ。


「誰だあいつ。顔だけで海賊ですって自己紹介しやがって」


 足元を行き来する海賊船に蹴りで悪戦苦闘しながらも、鬼丸はその男の姿を視界に捉えた。


「髪もぼさぼさだし髭も伸び放題じゃないあの男。機械神サマは指揮系統を強化した代わりに衛生観念を放棄したワケ?」


 どうにか突破口を見つけようと目を至るところに走らせるクリスタにも、勿論その姿は見えていた。


「所詮貴様らシャークフォースなど烏合の衆だ。野郎ども、一気に片付けちまいな」


 その声を号令として、冥府の海賊たちはいっせいにダイシャークに接近し、その機体に登り始める。


「……鬼丸、アンタ柔道とかできる?」


「有段者の介護込みで一本背負いならなんとか。流石に白兵戦とか分が悪すぎるだろう」


 凹凸が多いダイシャークの表面を、投げ縄などを利用し多くの海賊が登る。その動きは統率が取れていて、一切の無駄がない。


「まるでレンジャーね……」


 その幾何学模様にバグを探すクリスタだが、それは既に完成されていた。一点の隙もない。


「巡行形態に戻せばこいつらを海に落とすことは出来そうだが……」


 鬼丸がそう分析するのには理由がある。現在の格闘形態では相手との近接戦を想定しており、多くの部位がとがっている。接近するだけで多少のダメージが期待できる構造だが、水中では抵抗が大きすぎる。その為移動を目的とした巡行形態ではその突起は内部にしまわれる。

 鬼丸はそれを利用しようと考えたが、自身の三半規管の経験がそれに待ったをかけた。自身の経験が、鬼丸の足を引く。

 しかし、今は一人ではない。そんな鬼丸の葛藤とはまた別の葛藤を乗り越えた女は、一つの決断を下す。


「仕方……ないか」


 そう言い、クリスタはダイシャークの操舵輪に先ほどから現れていた赤いボタンを見つめる。それにはガラスケースのセーフティーロックが掛かっており、誤って押すことが無いようにされていた。

 その目はどこか儚く、何かを諦めていた。


「鬼丸、ゴメン。十秒だけ耐えて」


「え? 今なんて言った? まさかお前」


 鬼丸の問いを無視したクリスタはその白くやわらかで小さな手を使い、セーフティーロックを解除する。その手は、震えていた。


「クリスタさん、そのボタン、巡行って書いてあるようにウチには見えますが……」


 八型の指摘通り、そのボタンには白い文字で巡行と書いてある。


「ちょ、ちょっと待ってくれクリスタ。まだまだ天気晴朗波高しですよ。今戻ったら俺もモドる」


 朝日が赤く燃える。そして鬼丸の顔は海の色に染まる。


「アタシだって……こんなところでアンタと心中なんてゴメンよ。そんな下らないこと言えるなら余裕そうね。安心したわ」


「やめろクリスタ!」


 鬼丸の叫び虚しく、その体を海に適応させていくダイシャーク。掴む場所やロープの支点を失った海賊たちは次々海に投げ出されていく。

 次に彼らを待ち受けていたのはダイシャークの変形時に生まれた大波であった。


「いくら海が貴方たちの庭だからって、不意討ちには反応できないみたいね! まさかこんな生死を分ける境界線<ボーダーライン>で河童の川流れが見られるとは思ってもなかったわ! 綺麗な犬かきだこと!」


 相変わらずの皮肉だが、皮肉なことに、対象の海賊達はそれどころではなく、そしていつもなら反応をしてくれる鬼丸は……。


「二、三、五、七、十一……」


「今時素数数える人っているんだ。そういえば五年前に五十五個目、判明してたわね。今戻してあげるからちょっと待ってて」


 意外と知的な側面を鬼丸に見たクリスタは、関心しつつダイシャークを格闘形態に戻す。しかし操作に気を取られているクリスタは気が付いていない。鬼丸の素数表が十一以降更新されていないことに。

 そのころには波に飲まれていた海賊達も体勢を立てなおしていた。


「あと何回巡行形態にするつもりだクリスタ」


 やっとの思いで意識を持ちなおした鬼丸がひじ掛けを強く握り声を絞り出す。


「多分これで最後だと思うわ。安心して」


 その会話の震源地に再び群がろうとする無数の海賊。しかしこの後、体力を消耗した彼らに、再び災難が訪れる。

 彼らに襲い掛かる第二波は零号機によるものだった。彼らも海賊達を振り払うため変形を繰り返していた。クリスタ達と違う点は慣れからくる多少の雑さだ。その操作は荒々しく、先程のものより特段大きな波が押し寄せる。


「これでも、喰らいやがれ」


 あえて波を起こし変形を繰り返す零号機の奮闘により、多くの海賊たちは海岸へと泳いで逃げた。しかしそこには士気旺盛な島民たちが、捕縛用ロープを用意し漂流者たちを歓迎している。前門の虎、後門の狼ならぬ、前門の鮫、後門のカイナ島観光協会の皆様である。


「よぉ。散々好き勝手暴れてくれたな海賊ども。早速名所めぐりと洒落込もうぜ」


 屈強な農家や漁師たちによって案内されるそこはカイナ島名所が一つ、中央にある地下牢だ。この島に住む悪ガキは皆一度、ここにお世話になる。そして親はこの施設を脅しに子供たちを教育する。


「なんとも物騒な……東北のなまはげ的役割もどうやら担っているみたいですね……」


 海賊達の行き先を鮫島に尋ねたところ、このような返答が帰ってきて困惑が隠せない八型である。


「まあかく言う俺もあそこにはしょっちゅう世話になってな……。そろそろいいだろう。本隊を叩くぞ。ついてこい皆」


 先陣を切りアズールラッシュに向かう格闘形態の零号機。その隣には、朝日と見まごうほど鮮やかな、紅の巨人。


「赤い朝日は沈まねぇ」


「青い海に沈む青い機体、さぞ綺麗でしょうね。ここで沈みなさい」


「「機械神! 覚悟!!」」


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