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鋼女神話アサルトアイロニー  作者: ハルキューレ
海上編第一部~海賊領域~
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第十海路 戦う理由と開く扉

 食事中の読者諸君は回れ右することをおすすめします。

「俺を!」

「アタシを!」

「そしてウチを!」

「「「なめんじゃねぇぞ、海賊風情が!」」」


 その怒りに、決意に、見栄に意地に海が呼応し荒波を立てる。


「八型さん、今度こそ下げ舵いっぱい。急速潜航よ!」


 その二つの影は、白い泡に沈みゆく太陽のごとく消えていく。


「クリスタ、早く乗れ。流石に金槌かばって雷撃は無理がある」


「うっさい! 金槌で悪かったわね。とりあえず転身ザマに一発魚雷よ」


 すでに発射管扉一番は開いていた。魚雷が指示の途中に射出された。


「アイアイマム。すでに撃ってあるぜ」


 挑発的な返事に対し、あまりにも見事な手際に、ハッチを閉め終わったクリスタは舵を取りつつも感心する。


「……アンタ、ヴァルハラじゃなくて海軍に行った方がよかったんじゃないの? 向こうの方が給与いいんだし」


 事実、国際海軍ネイビーグローバルともなれば、退役後は億万長者を約束される。なにより安全だ。こんな行き当たりばったりで命のやり取りはまずしないだろう。


「……最終面接で提督に喧嘩売って追い出された」


「魚雷着弾まであと5秒」


 二人の会話に、八型がアナウンスを入れる。赤いダイシャークは、転進を完了させる。古に失われた伝説の操艦技術、敵前大回頭をクリスタはおこなったのだった。

ダイシャークの真横を、距離を見誤った砲弾が水柱を作る。


「四、三」


「アンタそれでよく捕まらなかったわね」


 軍の権力者に逆らえば、ただでは済まない。良くて無期懲役。一族もろとも極刑など珍しくもない。


「元帥に気に入られてな。実はメル友だったりする」


「二」


「……信じられない、アンタがアタシ達以外に交流があったなんて……元帥はさぞ人格者なんでしょうね」


「一、」


 ものの見事に手前の海賊船に接近する兵器に、気付くものはいない。それは白い一本の線を描き、一直線に海を渡る。


「ゼロ、着弾!」


「やめてくれよ、知らぬが仏ってあるだろ」


 真っ二つに割れ沈没する海賊船をその目に収めた鬼丸が、不敵な笑みを浮かべて振り返る。視線の先の提督は、とても満足そうであった。


「第二攻撃用意。各員一層奮励努力せよ!」


「簡単に言ってくれちゃって」




「敵ガレオン船、沈没を確認。例の六号機です。敵艦隊、混乱しています」


 観測手からの報告を受けた鮫島は、腰を抜かす。


「……なんなんだあいつらは。ふざけた野郎かと思えば……」


 ダイシャークの魚雷はあくまでおまけである。威力、命中精度、ともにお世辞にも使えたものとは言えないため、主な攻撃は水圧にも耐えらるその硬い装甲と、四機のスクリューが生み出す推進力の全てをぶつける体当たりとなっている。その際、追撃として魚雷を撃つことはあるが、このようにある程度の距離からの攻撃など前代未聞である。

 鮫島はすぐに立ち直り、操舵輪を力強く握りしめると声を上げる。


「よそ者だけにこの島守らせはしないさ……この島を守るのが、俺たちシャークフォースの誇りだ!」


 シャークフォース構成員は基本、農家や漁師である。その中から有志を募り結成されているため、誇りや使命感は一人前である。そして誰もが、この島のために戦う雄姿眩しい勇士である。


「友軍機との連絡を繋げてくれ、通信手」


 この時鮫島には、さまざまな感情が渦巻いていた。あの船の指揮官は、どれだけの戦場を潜り抜けてきたのか。あの雷撃を行った人間は、何者なのか? 


 しかしそれ以上に、彼らを信用しきってもいいのか、と。

(彼らは間違いなく一騎当千の実力者だ。しかし外から来た人間をそう易々と信用は出来ない。それにヴァルハラの人間らしいじゃないか。このまま武力で島を明け渡せなどと迫られた時には……)


「六号機、回線開きます」


 ノイズの向こうから、それは姿を現す。


「……あたり……すればなんとか……ん? おいクリスタ、回線開いたぞ」


「よくやった鬼丸。こちら六号機、指揮官もしくはそれに準ずる方、応答お願いします」


 その声は、想像以上に透き通っていた。普段の海のように、透明で穏やかで……。


「こちらシャークフォース隊長鮫島だ。まずは先ほどの一撃、お見事。そして撤退支援感謝する」


 その直後、鬼丸とクリスタは奇声を上げ頭を掻きむしり悶絶する。


「大丈夫か六号機! なにが起きた?」


 なんてことはない。八型にのせられて威勢よく名乗ってはみたものの、冷静に考えればそれはとても恥ずかしいものであった。しかし戦いの記憶がそれを塗りつぶし、事なきを得ていたところに、撤退支援という形で感謝をされてしまい、そのメッキは剥がれた。


「だ、大丈夫、何でもありません。それよりここからの作戦指示を」


 必死に自身を取り戻したクリスタが冷静に質問をする。しかし鮫島はすぐには答えない。


「鮫島隊長? こちらは第二攻撃の準備は出来ています。三号機、および五号機も攻撃可能ですが……。鮫島隊長」


「一つ、質問だ」


 ゆっくりと、鮫島が聞く。


「君たちは、何故戦う。声を聞く限りまだ若いだろう。それにここは君達の守るべき場所ではないはずだ。なのになぜ、まだ前線で戦おうとする」


 それを聞かないと気が済まなかった。この男鮫島は、聞かずにはいられなかった。


「何故、とはまた難しいわね……義務、使命?」


 答えを出せずにいるクリスタに、鬼丸が呟く。


「戦わずにはいられないんだよ、俺たちは。そういう風に生きてきた」


 その言葉は、少し皮肉的な声色をしていた。


「強ければ生き残り、弱ければ死ぬ。生まれた時からそうだった。特に身寄りのない俺らなんかは」


 鬼丸、クリスタは孤児院で育てられた。両親との記憶はわずか。しかしその孤児院も人工知能の襲撃にあった。


「生き残るために死地に身を置く。あのまま死んでいたら、こんな皮肉にまみれた人生、送ってないでしょうね」


「今を生きているから、俺たちは苦しみながらも前に突っ込む。その方法を、俺たちは戦うことしか知らないんだ」


 反復するソナー音。


「生きようとするために死地に足突っ込むとか俺らの人生、皮肉にもほどがあんだろ」


 鬼丸は上を向く、そこには、鬼丸の人生最大の皮肉が、不適な笑みを浮かべてたたずんでいる。


「アタシは悪いことばかりじゃないわ。アンタと違ってね」


 髪をなびかせるクリスタを、鬼丸があざ笑う。そして小声で。


「そりゃそうだよな。戦いが激化すれば、陸戦オタクさんへの供給は止まらない訳だ」


「ナっ」


 一瞬にして顔を赤くするクリスタ。


「ナってお前、隠せてるとでも思っているのか? おめでたい奴だな」


 腕を組みクリスタを小ばかにする鬼丸、そしてクリスタは、更に顔が赤くなる。


「なるほど。クリスタさんは陸戦オタクだったのですか。どうりで」


「ん? なんかあんのか八型」


 先ほどまで黙っていた八型が会話に混ざる。


「鬼丸君、これ見てください」


 そうして六号機内部では、本部でさまざまな陸戦を品定めしているクリスタの姿が八型内部データ経由で映された。その顔は、ヴァルハラの歴史に名を連ねるほどのエリートの顔は、とてもだらしがなかった。


「い、今すぐ消しなさい八型ァ」


 その映像を、上方落語を聞いているような勢いで笑う鬼丸。そこに八型が追い打ちをかける。


「こんなのもあったりして」


 任務で暴走した陸戦を破壊したときに、目に涙を浮かべたクリスタ。Aチームメンバーはクリスタに敵への慈悲の心を見つけ、一層団結が深まった。


「しかし真実は割とレアな機体が崩れ行く様に対した感情だったとは。てかコイツが陸戦オタクなのをAチームは知らなかったのかよ。擬態って怖いな」


 以前インテリはクリスタの陸戦知識は侮れないが、何か引っかかると言っていた。インテリはあくまで道具としての評価をしているのに対して、(もっとも、インテリ本人はプログラムされたそれを愛と呼んでいたが)クリスタのそれは本物の愛である。

 煽るように笑う鬼丸が、トドメの一撃を放つ。


「極めつけはこの六号機だ。どうやらエリート様は赤い機体がお気に入りらしい。全く、可愛い趣味しちゃって」


 可愛い趣味、と言ったのは煽りからだけではない。別に誰が何を好きであろうがそれは責められることではない。ただまあ鬼丸はそこまで深くは考えていないだろう。


「……して、今スグ……」


「なんか言ったか?」

 ゆでだこのごとく真っ赤に染まったクリスタは、顔を抑えながら小さな声で呟く。


「殺して、今スグ殺して……」


「エリート様、ここに敗北!」


 悪魔のように笑う鬼丸は、雲一つない青空のような笑顔だ。

 しかしここで終わらないのがクリスタという女である。

 白く小さな握りこぶしを作り、壁に横鉄を入れるクリスタ。その音に、鬼丸は驚き跳ね上がる。

 ゆっくりと鬼丸が振り返るとそこには、天使のような笑顔を浮かべたクリスタがいた。握りこぶしが似合わない。

(誰だコイツ)

 そう心の中で思った鬼丸の顔には、緊張が走り、汗が流れる。しかしそれは流し損である。


「大ッッ体、こんな恥をさらしたのは海賊と鮫何とかのせいよ! 別にアタシが陸戦オタクなのは事実だし、コイツの態度に一々腹立てるほど他人でもないし」


 顔を怒りに染めてそう言いながら鬼丸の頭を足で踏みつけるクリスタがいた。


「あ、てめえクリスタ行儀悪いぞ」


鮫何とか、とは多分鮫島のことだ。鮫島が質問をしなければ、この話題は持ちあがらなかっただろう。


「鮫何とかって俺のことか? そっちで何があったか知らないが……」


 通信で聞いてくる鮫島の反応から、この騒動の内容は外に漏れていないようだ。


「あー、何となくミュートにしておきました。ほめてください」


 八型のファインプレーで、クリスタのメンツは保たれた。


「……貴方がいてよかったわ。八型。礼を言うわ」


 溜息に次ぐ溜息。彼女はそれにより冷静さを取り戻す。


「と、とにかく今は海賊の対処を考えましょう。鮫島さん、なにか指示はありますか? 」


「信じていいのか……」 


 ゆっくりと口を開く鮫島。それを聞いた零号機の乗組員全員は声を上げた。


「隊長! それはあまりにも危険です。奴らは我々の制御下に置くべきです」


 一人が声を出す。それに反論するものは誰もいない。そしてこのやり取りは鬼丸やアルタたちにも聞こえていた。


「いいご身分だな。おい兄ちゃん、こんな奴ら放っておいていいんじゃないか?」


「う~ん、でも任務だしなぁ」


「君は……任務なら絶対順守なのか……?」


 再び重い口を開いた鮫島。彼はまだ、迷いを捨てきれていないようだ。


「そんなわけあるか。こちとら本部の監視カメラ壊して回るレベルの無法者だぞ」


「なんだと?」


 それ以前に彼は、指示には従わずクリスタを探しに行っていた。そんな鬼丸が任務を順守する人間だと疑われたこと自体、クリスタにはとてもおかしく思えたようだ。


「少し心外ね。コイツがまるで優等生みたいなイメージを持たれるの」


「酷くないかそれ」


「というかアレ、アンタが壊したの?」


「正確にはコルセアだ」


 そしてそのクリスタもまた、無法者の一人だ。


「……そうだな。君達を信じよう」


 少し考えた後、鮫島は決断した。


「隊長。それはあまりに危険です」


 隊員がまた声を大きくあげる。他の隊員は沈黙をもってその意見に賛同する。


「いいか、お前ら」


 鮫島は立ち上がり、口を開く。


「この状況、彼らの援護なしでどうにかできると思うか?」


「そ、それは……」


 誰もが口を紡ぐ。そこに、鮫島が追撃を加える。


「それにな、俺も昔よく夜の校舎の窓ガラスを割って回ったもんだ。似たもの同士ってことだ」


 その顔は、不適な笑みを浮かべていた。


「鬼丸、都合がいいのは承知している。その上で頼みたい」


 都合がいいのは承知、その上で彼は、恥を忍んで頭を下げた。


「ともに戦ってくれ。この島を、守ってくれ」


 下げた頭に答えないほど、鬼丸の男は小さくはない。


「だとよ。どうする? リーダークリスタ」


 首を曲げ、伺いをたてる鬼丸。その対象は髪をかき上げ、優雅に答えるクリスタ。


「アタシ達はもともと、貴方たちを支援するためにここに来ています。共にこの島を守りましょう」


「はぁ~、お前ら物好きにもほどがあんだろ」


 アルタが呆れた声を出す。その後、彼は力強く声を荒げる。


「面白れぇ! ここまでのバカは清々しいな! おまけに海賊の言葉を疑いもしねぇ。キャプテンの知り合いじゃなきゃ助けてないがな」


 ここまで鬼丸とクリスタは、アルタたちの言動に疑いを掛けなかった。しかしそれは単に二人がこの異常事態の連続のせいで、感覚がマヒしているだけであった。


「鬼丸、アタシ達、不用心にもほどがないかしら?」


「仕方ないだろ忘れてたんだからだから」


 口をとがらせ少し強い口調で言い返す鬼丸は手を叩く。


「とにかくこれで一致団結だな」


 その言葉を合図とするかのように、敵船からの砲撃が一層激しくなった。弾幕と言うにふさわしい密度だ。


「各機散開して回避せよ。これ以上の被害はゴメンだ。タイミングを見て攻撃に移れ」


 鮫島の指示に、残存戦力は回避運動を始める。

 至るところに作られる水柱。そこは一時的に神殿のような風景になる。


「クリスタさん、取り舵いっぱいです」


 六号機はヴリュンヒルド八型のサポートがあるため勿論被弾はしない。しかし……。


「防戦一方ね。鬼丸、魚雷どうなってる?」


 その柱が消滅する時に生み出された波によって、大きく揺れる。


「すまないクリスタ、問題発生だ……」


 前を向いて小さな声で告げる鬼丸。その声は、何かを抑えているようだった。


「何? 発射管扉開かない?」


 揺れに耐え、なんとか姿勢を維持しているクリスタが聞く。しかし扉は開いている。


「そうじゃねぇ……」


 そう、扉はとっくに開いていた。荒れた海面すれすれで、大きく揺れ動くダイシャーク。そ

う、揺れているのである!


「船酔いで口からアレが出そう……」


 そう、扉はとっくに開いていた。

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